
市場に並ぶ野菜たち。夏の長雨や少雨の影響が、品薄や品質低下となって市場を直撃(写真提供/小林青果)
日本列島を襲った豪雨で、特に深刻なダメージを負ったのは農家だ。せっかく植えた作物が濁流に流され、すべてパーになる......そんな悲鳴を上げる農家が続出している。
そして、この被害は秋の野菜の価格高騰にもダイレクトにつながるようだ。どの野菜がどのくらい値上がりするのか、農家や仲卸など産業の中核にいる人たちを徹底取材した!
【ニンジン畑の悲劇】
水浸しになったニンジン畑を救うため、ホースの片側を畑に入れ、もう片方を100m先の池まで延ばした。ポンプを回し、畑から池に排水する。2日ほどたつと池の水位はあと5�僂任△佞譴襪箸海蹐泙脳紊�った。そのすぐ隣には民家がある。
「これ以上排水するとウチに水が来る。もうやめてくれ」
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住民に懇願され、今度は50mほど先の側溝へ水を送った。
「今度は『マンホールから水があふれそうなのでやめてほしい』と言われて諦めました。1週間たっても、まだ水が引かなかったんです」
記録的豪雨の被害に連続で見舞われている千葉県。冠水した道路を歩く人たち
千葉県八街(やちまた)市で「米田ファーム」を営む米田将之氏はそう語る。水の下には、芽を出したばかりのニンジンがある。早く水を抜かなければ、根が窒息して枯れるが、ポンプでの排水も許されない。畑は逃げ場を失った水に囲まれていた。
最初の被害は、8月13日の夜だった。翌14日にかけ、千葉県内で線状降水帯が発生。八街市では20時頃に1時間降水量約110�个魑�録し、気象庁から「記録的短時間大雨情報」が発表された。深夜0時を過ぎても120�个肪�する猛烈な雨が降り続いた。
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種まきを始めたのは、その5日前。計48万粒をまき終え、発芽を待つ最中の被災だった。
「ニンジンは発芽したら半分は成功といわれる。強い雨に地面を叩かれると土が硬くなり芽が出なくなるので、発芽まではかなり神経を使います」
その日の雨は、想定をはるかに超える強さとなり、激しい濁流が畑を削った。傾斜に沿って、まいた種も土と一緒に流された。一方、土が積もった場所では種が厚く覆われ、芽を出せなくなった。
えぐられた畑をならし、トラクターで再び畑を起こす。種代など30万円程度の追加経費を払って、40万粒をまき直した。
その後、ニンジンはしっかり芽を出したが、9月上旬、立て直したばかりの畑を2度目の大雨が襲う。今度は畑の一部が完全に池になった。「9月上旬を過ぎると、そこから種をまいても冬の収穫期に間に合わない。諦めざるをえなかった」という。
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農業気象学を専門とする九州大学大学院の廣田知良教授は、「植物が水没に耐えられるのは長くても2、3日。土の中が過湿状態になれば酸素が欠乏し、根が養分を吸えなくなります。生育初期のニンジンは数時間でも厳しい状況になる」と解説する。
千葉県の特産品である落花生も度重なる豪雨でダメージを負った。写真は雨で土が流され畑の上に露出し、変色してしまった落花生
被害はニンジンだけではない。千葉県大網白里市のネギ農家は、根元が水に浸かった畑を見つめながら「気温が上がれば腐敗が進み、青々と育ったネギは、とろけてなくなる」とうなだれた。
前出の米田ファームでも、傾斜のある畑で土が削られ、土中の落花生の実が地上に露出。落花生の実は外気に触れて日光を浴びると、「緑色に変色して売り物にならなくなる」。本格的な収穫を前に、産地は減収を覚悟している。
千葉県の集計では、8月豪雨と9月上旬の大雨による農作物被害は、ニンジンの冠水が約30ha、ネギは50ha近くに及び、被害エリアは八街だけでなく、複数の秋冬野菜の主力産地へと広がった。
この産地の傷痕は、小売価格へどう跳ね返るのか。
東京・大田市場の仲卸「大治(だいはる)」の本多諭(さとし)社長がこう語る。
「現在、東京市場に流通しているニンジンの大半は北海道産や青森県産。これらが順調に出荷されているため、足元の価格は平年を下回る安値で推移しています。ですが、主産地が切り替わる9月後半以降に主力となる千葉県産が、豪雨被害の影響でどう動くかを注視しています」
食品スーパー「アキダイ」の秋葉弘道社長もこう話す。
「北海道産のニンジンは間もなく流通の終期を迎える。その後、大雨被害を受けた千葉県産の出荷が間に合わず、産地の切り替え期に出荷量に深い谷間ができる。10月中旬から後半にかけて、ニンジンの小売価格は現在の1.5倍程度、あるいはそれ以上に跳ね上がる可能性が高い」
長ネギも同様に秋以降の関東産への切り替えが遅れ、「冬の安値は期待できない。この時期なら通常は3本150円程度ですが、今後は200円を超え、250円程度まで上がるのではないか」とみる。
【レタスの窮状】
「3週間も畑に消毒ができないのは、絶望的です」
千葉県のような激しい水害こそ免れたものの、長雨と深刻な日照不足にじわじわと追い詰められていたのが、長野県の葉物野菜だった。八ヶ岳の東麓に広大な農地を抱えるJA長野八ヶ岳。この時期に出回る夏秋レタスは長野県産が全国シェアの約6割、その大半を担うのが同管内だ。
9月中旬の取材に、JAの担当者は厳しい状況を語った。夕立が多かった8月に続き、9月も台風や秋雨前線の影響による断続的な雨が3週間も継続。まさに今、収穫と出荷の最盛期を迎える重要な時期に、畑は長雨と日照不足にさらされていた。
「薬剤をまいても、すべて雨で流されてしまう。軟腐病や、べと病(カビが原因で植物に起こる伝染性病害)が出ていますし、傷んでいる品も多い」
この時期、普段なら1日3万ケースを数えるレタスの出荷量が、取材当日はわずか8000ケース。前年の4分の1に激減し、「レタスの出荷価格は例年の2倍、サニーレタスは2.5倍」に高騰した。
影響は価格だけではない。
「雨が多すぎると根腐れが起き、日照不足では葉の緑色が薄くなる。水菜、ホウレンソウ、小松菜、レタス類は、太陽を浴びないとみんな『病弱な野菜』になってしまいます」
前出の秋葉社長は、売り場に届く葉物野菜の異変をそう指摘する。
「特にレタスは、外食や加工業者が値段に関係なく物を集めようとしてどうにもならない状態。私のところにも、市場から『なんとかなりませんか』と頼まれるほど物がない。やっと30ケース集めたと思ったら、すべて根腐れで使えなかったこともあります」
8月末、豪雨に襲われた福井県では、地域の広範囲にわたって道路や田畑が冠水した。写真は福井県某地の水に漬かった稲
長野県産の大減産を埋める別の主産地とされる茨城県の状況も深刻だ。
長野県産の出荷シーズンが終盤に向かう10月以降、首都圏への供給を一手に引き受けるのが茨城県西地区だ。JA茨城むつみの担当者は、「どこかのタイミングでウチの出荷がいったん止まるのではないか」と切り出した。
「少しずつ出荷し始めている今の時期は順調ですが、本当に心配なのはこの先。10月中旬から下旬にかけて、かなり品薄になる見込みです」
原因は、9月からの長雨だ。
「農家の皆さんは条件の良い畑から優先して苗を植えてきました。そのため、今は水はけの悪い畑ばかりが残っています。そこへ重なった大雨のせいで、畑には水がたまってしまっています」
近隣のレタス農家が続ける。
「低地にある農地は水が引かない状態。畑の半分以上が水没している所もあり、人も機械も入れません。辛うじてレタスやキャベツが残っている畑では、膝まで泥に沈みながら手作業で排水や消毒をしている。レタスは4日も水をかぶったままだと溶けてなくなってしまう」
生き残ったレタスも、日照不足の影響で「丸く良い玉にはならず、葉がタコ足のように広がって不格好な形」だという。出荷のピークを迎える10月中旬には、「出荷量は例年の半分程度まで減る」というのが前出のJA茨城むつみの担当者の見立てだが、この農家はさらに厳しい見通しを口にする。
「今の状況では半減どころでは済まない。水が引いて天気が回復し、今から急いで苗を植えたとしても、この産地のシーズンは寒さで作物が育たなくなる12月初めに終わる。一番大事な時期に苗を植えられなかった影響は大きく、品薄は長引くでしょう」
秋葉社長は、今後の価格動向をこう予測する。
「レタスはすでに店頭で238〜280円ですが、9月下旬以降は300円台半ば、状況が厳しければ400円近くになるでしょう。高くても仕入れざるをえない外食業者が競り合うため、サニーレタスやグリーンリーフに至っては、平年の3倍を超える400〜500円になる可能性もあります」
値上がりの波は、ほかの葉物野菜にも広がる。
「通常100円の水菜も300円に。白菜の4分の1カットは通常128円程度ですが、今後は238円程度への値上げが確実。春菊も通常150円のところ、すでに250円まで上がっており、冬に向けて300円を超えるかも」
そして、秋葉社長が「先々の値上がりで最も気になる」というのがブロッコリーだ。
「秋冬の出荷を左右する種まきが長雨で遅れています。生育が追いつかなければ、年内は非常に高値になり、需要が高まるクリスマスの頃には、通常150〜200円が300〜400円になる可能性があります」
【ミカンは小さくなる】
東日本がやまない雨に苦しむ一方、西日本ではまったく逆の事態が起きていた。
愛媛県宇和島市のミカン農園「赤松果樹園」の5代目、赤松政紀氏がこう振り返る。
「梅雨明けから約2ヵ月、雨がほとんど降りませんでした。8〜9月は温州ミカンを大きく育てる大事な時期です」
園地の7割にスプリンクラーがある赤松氏は給水でしのいだが、灌水設備のない周囲の畑では、木そのものが枯れかけていた。実と木の共倒れを防ぐため、各所で未熟な実を手作業でむしり落とす作業が行なわれていた。
9月1日、ようやく雨が降った。最初は1�弌�2日後には11�弌7辰澆留�に思えたが、雨脚は日に日に強まり、数日で計110�个鯆兇┐拭1�の勢いが落ち着いた同月7日頃、山に入った赤松氏が目にしたのは、皮が裂けたミカンだった。
収穫を前に、皮が裂けた温州ミカン。少雨の後のまとまった雨で果肉が急に膨らみ、皮が耐えきれなくなった(写真提供/赤松果樹園)
水不足に耐えていた果実が大量の水を吸い、果肉の膨張に皮が追いつかずに裂ける「裂果」が多発していたのだ。
「一番ひどい木では、実った300個のうち50個ほどが完全に割れていました。ウチは灌水設備のおかげで、被害は全体の3〜5%で済みましたが」
ただ、設備のない畑も多く、被害の程度には差がある。今後、店頭に並ぶミカンは小玉傾向で、価格も高めに推移する見通しだ。水不足によって「糖度は非常に高い」ことが、せめてもの救いだという。
少雨の影響はミカンだけではない。福岡県の青果仲卸「小林青果」の末嶋美則社長がこう案じる。
「今後、九州向けの白菜は長野県産から熊本県産へ、大根やキャベツも九州に産地が移りますが、少雨で植えつけの遅れや生育不良が心配です。トマトも高冷地から平地へ産地が移る時期に供給が滞る恐れがあります」
9月に入り、長野県産の入荷が減ったことで、同社が扱う白菜の卸値は1週間で1玉約200円から約600円に急騰。次の産地の出荷が遅れれば、高値は長引きかねない。
「単価が高くても、量が少なければ農家の手取りは増えません。われわれ仲卸も大損することがあるし、スーパーも利益を削って売らざるをえない。それでも、消費者にとっては『高い』と映る。結局、どこも苦しいんです」(末嶋氏)
福岡県北九州市中央卸売市場内の青果売り場。豪雨や少雨による産地の被害は、入荷量や卸値を通じて食卓にも響く(写真提供/小林青果)
【異常気象は続く】
長雨と旱魃(かんばつ)に、同時に揺さぶられる日本の産地。前出の廣田教授は、こう指摘する。
「今年は、高温と降水の極端化が同時に起きています。ある地域では大雨、別の地域では旱魃になる。今後、日本ではこういった現象が起こる可能性が高くなるのではないかと思います」
廣田教授が転機とみるのは、2023年の大規模なエルニーニョ現象だ。
「その年に、日本全体でも世界全体でも、気温がまた一段上がったとみています。これまで北海道とそれ以外は気候の面で違う世界でした。ところが北海道でも暑くなり、通常どおりの作物の生産が難しくなる年があります」
農家の豪雨被害はスーパーで売られる野菜の価格にも影響を与える。今後、さまざまな品目でさらなる値上がりは必至か
今年は北海道のジャガイモやタマネギが豊作で、年内は平年より安値で推移する見込みだ。だが、その供給力も毎年保証されるわけではない。
「今年も春から大規模なエルニーニョ現象が発生しており、来年以降、海水温や気温がさらに一段上がる可能性があります。効率良く、安く、大量に作れる大型産地への集中は、災害時には致命的な弱点になる。北海道ほど生産条件が良くなくても産地を分散させておく必要があります」
今回の値上がりをしのげばよい......とはならないようだ。
写真/共同通信社 時事通信社