
Text by ISO
Text by 齊藤大介
映画『逃げろお嬢さん』は、「推す」ことと「推される」こと、そしてそのあいだに結ばれる、人と人との関係をあらためて見つめ直す映画だ。
主人公の康太を演じるのは、King Gnuのボーカルとして活躍する井口理。そして、康太が推す元アイドルの鮎川舞子を、元乃木坂46で現在は俳優として活躍する深川麻衣が演じた。
ともに「推される」側に立ってきた井口と深川。ふたりは「推し / 推される」ことをどのようにとらえているのだろうか。
—まず、脚本を読んだときに感じた、物語や登場人物に対する印象を教えてください。
井口理(以下、井口):原作である吉田修一さんの『逃げろお嬢さん』(『逃亡小説集』所収、KADOKAWA)から少し改変されて、康太と舞子の「人と人」としての会話が増えている印象でした。これがどう映像になるのか、すごく興味がありましたね。
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深川麻衣(以下、深川):私は、舞子は何を考えているのかわからない部分もありつつ、すごく責任感の強い人なんだろうなと思いました。アイドルからタレントに転向してからも、自分のためというより、誰かのため、期待に応えるためにずっと走ってきた人なんじゃないかと。だからこそ、終盤で康太に「もっと違う生き方がしたかった」とぽつりと弱音を吐く言葉が、すごく印象に残りました。何かを掛け違えて、「こうなるはずじゃなかった」と、あの状況に立って思っているのかもしれない。
そういう状況にいるからこそだと思うんですけど、舞子には危うさや地に足のついていない感じがある。一方、康太はどっしりとそこで生活していて、頼もしいじゃないですか。車も直せるし、たぶんサバイバルでも生きていける人。そんな地に根を張っている康太との対比や、言葉のやり取りが少しずれているところも、読んでいて面白かったです。
深川麻衣。1991年3月29日生まれ、静岡県出身。初主演映画 『パンとバスと2度目のハツコイ』(18 / 監督:今泉力哉)でTAMA映画賞最優秀新進女優賞を受賞。以後『愛がなんだ』(19 / 監督:今泉力哉)、『パレード』(24 / 監督:藤井道人)などに出演するほか、『おもいで写眞』(21 / 監督:熊澤尚人)、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(23 / 監督:穐山茉由)、『嗤う蟲』(25 / 監督:城定秀夫)、『ぶぶ漬けどうどす』(25 / 監督:冨永昌敬)で主演を務める。2026年はドラマ『Tokyo middle 30』の出演だけでなく、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に選出された、映画『すべて真夜中の恋人たち』(監督:岨手由貴子)、映画『17歳のプルーフ』(監督:宝来忠昭)など、話題作の公開が控えている。
—今回が初共演ですが、お互いにどのような印象を持ちましたか。
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井口:僕も現場に入る前に、昔の深川さんの映像を一応掘っておこうと思って。見ていた映像と、現場で会った本人とのあいだ にギャップがあるのは当たり前だと思うんですけど、深川さんはいい意味でそれがあまりなくて。すごく自然体な方なんだなと思いました。
原作では、舞子がなぜこうなったのか、その経緯を回想で追っていく描写がありますが、映画ではあえて省かれているんです。それでも、舞子が生きてきた人生や、少し足を踏み外してしまったことを、深川さんは醸し出す空気で感じさせている。それがすごく素敵だと思いました。現場でも、本当にニュートラルな方だなという印象が強かったです。
深川:同じです。私も井口さんは本当にニュートラルな方だなと思っていました。
井口:深川さんも、そういう部分はどちらかというと康太寄りの方ですよね。
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深川:井口さんのお芝居には、本当に嘘がないんです。撮影前から丁寧にすり合わせて、自分のなかで腑に落ちるところまで役柄や気持ちを整理して、飲み込んでから言葉を発している。それが見ているだけでもわかりました。きっと、思っていないことは言えない方なんだろうなと。
それが本当に素敵だと思って。技術を使ってとりあえず台詞を言うことも、やろうと思えばできるじゃないですか。でも、それをしないという選択をする。しかも、すべてのシーンで、腑に落ちるところまですり合わせて、整理して、落とし込んでから言葉を発する。それは本当に実直ですし、理想的な姿だなと。時間に追われるドラマの現場などでは難しいときもあると思いますけど、やっぱりそうあるべきなんだろうなと感じました。
井口:たしかにそうかもしれないです。一方で、今回は深川さんにだいぶ頼った部分もありました。最後に深川さんの長い独白があって、その言葉を受けて僕が「守ります」と言うシーンがあるんですけど、そこは結構難航したんです。深川さんの台詞を全部ちゃんと受け取らないと言えなくて。そこで、5分くらいある台詞を深川さんが何度も言ってくださった。そのおかげで撮れたシーンでした。
深川:それでいうと、最後に警察官と鬼ごっこをするシーンは井口さんに特に助けられましたね。私がそのシーンを見ている側を撮るときには、井口さんは画面に映らないんですけど、それでもお芝居に付き合ってくださって。本当に長い距離を走るんですよ。そこで涙を流すというお芝居は、想像だけだと結構難しかったので、汗を流しながら走ってくださって、すごく助けられました。
—深川さんは実際にアイドルとして活動されていましたが、その経験は役に活きたのでしょうか。
深川:むしろ、もともとアイドルだったからこそ、またアイドルを演じることには少し勇気が要りました。撮影の時点で、辞めてから8年くらい経っていましたし。
個人的な思いとして、アイドル時代から応援してくださっている方も、きっとこの映画を観てくれる。そこで夢を壊したくないとか、当時と比較して「ちょっと変わっちゃったな」と思われるんじゃないかとか。私のことを知らないお客さんには関係のないことなんですけど、そういう気持ちが片隅にありました。しかも、1曲フルで、監督が歌詞を書いて、アイナ・ジ・エンドさんが振付をしてくださった、すごく素敵な曲が出来上がってきたので。「これは本当に頑張らないと」と、すごく気合が入りました。
—お二人とも応援される立場ですが、誰かの人生に大きな影響を与えることに、怖さを感じることはありませんか。
井口:僕はそこに対してはずっと無責任なんですよ。
深川:私も怖さはあまりなくて、プラスの気持ちしかないです。
—逆に「こういう人であってほしい」という期待に、プレッシャーを感じることもあるのでは。
深川:いまはないんですけど、アイドルだったときはありましたね。大人数のグループだと、自然と役割分担ができがちなんです。年齢もいろいろですし、この子はこういうキャラ、こういう担当、というように。本当はそうじゃない部分もあるけど、そのイメージが膨らんでいくと、「もうそういう人として位置づけられているのかもしれない」と感じて、少し怖くなった時期はありました。そういうところは、舞子にも共感できました。
深川:なので人前に立って仕事をしている方なら、この物語に共感する部分があるかもしれません。いまはSNSの怖さもあって、一部分だけを切り取られ、それを真実だと思われてしまうこともある。Instagramで発信している方なども含めて、いまは誰にでもそういう怖さがあるのかなと思います。
井口:僕もいまはまったくないです。執着もないですし。7年くらい前にはありましたけど。僕がどうというより、世の中的にネットが荒れる時代だったので。いまもそうですけどね。
だからこそ今回、山奥で携帯電話を見ずに暮らしている康太を演じて、その生き方がすごく腑に落ちたんです。僕も「これでいいな」と思える、ひとつのきっかけになりました。この現代社会で、映画を観た方にも「こういう生き方もありだな」と思ってもらえる気がします。SNSの描写もあまり入っていないんですけど、それもなかなか攻めている手法だなと思いました。たぶん監督が意識的に省いていたんだと思うんですけど、そこから感じ取れるものもあるのかなと思いますね。
—康太にとっての舞子のように、お二人自身に「推し」はいますか。
井口:僕はこれまで、あまり「推し」を作ったことがないんです。立場としては、どちらかというと推される側ではあるんですけど、「推し」という言葉はあまり好きではなくて。今回の作品は、そういう枠組みではない見方ができると思うんです。
本当に、人と人というか。みんなカテゴライズしたがりますけど、そうじゃない。この映画を観てもらって、そういう垣根をどこかで壊していただけたら嬉しいなと思っています。
深川:私も、誰かを追いかけたり、出待ちをしたりするような応援はしたことがなくて。いま夢中になっているのは、パペットスンスンと愛犬です。お金を使ってしまうという意味では、それが推しかな(笑)。
—舞子のようにファンからの言葉や反応に救われた経験はありますか。
井口:誰かを救ってやろうという気持ちで活動しているわけではまったくないんです。でも、意図せず「この曲を聴いたおかげで、違う職場に入ることができました」といったことを言ってもらえることがあって。そういうきっかけになっていると知るのは、すごく嬉しいですね。
深川:私は初めてファンレターをいただいた日のことを、いまでもすごくはっきり覚えていて。お手紙のなかで皆さんが近況を報告してくれたり、「この作品を観ました」と感想を伝えてくださったりするんです。なかなか会話を交わす機会はないので、お返事はできないんですけど、いただいた手紙を読んで「ああ、そうなんだ」と思ったりして。
写真集のお渡し会などで少しお話しできるときには、久しぶりに会ったファンの方の人生の変化を感じることもあります。「あれから子どもが生まれました」とか、当時は学生だった子が「夢を叶えて消防士になりました」と報告しに来てくれたりとか。私もここまでいろいろなことがあったけど、皆さんにもいろいろなことがあったんだなと感じられる瞬間は、すごく嬉しいですね。
—誰かを推す気持ちは、時に危うい期待や執着、所有欲に変わってしまうこともあると思います。そうならないために、応援している相手とはどのような距離で関わるのが理想だと思いますか。
井口:僕は、この映画が結構理想的だと思います。
深川:たしかに。
井口:お金を使ってもらっている立場で、あまり言えないですけど。康太はずっとライブに通っていたわけではなくて、苦しかったときに聴いていたラジオで自分の投稿が読まれて、それで救われた経験がある。その感じが清いなと思って。いろいろな応援の仕方があると思いますけど、僕は康太の在り方が好きですね。
深川:私は、アイドルとかに限らず、相手を尊重できたらいいのかなと思います。友達や恋人のように近い存在でも、近いからといって何をしてもいいわけではないじゃないですか。それに通じるのかなと。相手を所有しているわけではない。そこがひとつあれば、お互いを尊重できるのかなと思います。
—最後に、本作を通して「誰かを推すこと / 推されること」への考え方に変化はありましたか。
井口:あまり変わっていないです。というより、本当に僕の根底にあったものにだいぶ近かったという印象ですね。
深川:私も、変わったというより再確認した感覚に近いです。伊藤さんが情報解禁時のコメントで、「推す / 推される」という関係を「素敵な循環」と表現されていて、素敵な言葉だなと思ったんです。
私の友達にも、あるグループをすごく応援している人がいて、ちょうど「あなたにとって推しとは?」と聞いてみたんです。そうしたら、「栄養」と答えていて。日常のなかの癒やしだったり、生活に彩りを与えてくれたりする存在なんですよね。その応援によって、推される側も「もっと頑張ろう」と思える活力をもらっている。たしかに、それはいい循環だなと思いました。この映画を通して、その素敵な巡りを改めて感じました。

