
【写真】トム・クルーズ、司会の関根麻里の目を見つめて握手
本作は、トムとイニャリトゥ監督がタッグを組んで贈る、地球規模の大惨事エンターテイメント。利益しか頭にない傲慢な石油会社CEOディガー・ロックウェルの欲深い行動によって、なんと“地球の大陸半分が水没する”という前代未聞の大ピンチが到来。自らその尻拭いをするよう命じられたディガーが巻き起こす大混乱を描く。
■ディガー誕生の舞台裏
トム・クルーズ(以下、トム):まずこの場に立ち会えること、そして私が心から尊敬するアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督と共にここにいることを、本当にうれしく思います。
26年前に彼の初監督作『アモーレス・ペロス』を観て以来、ずっと一緒に仕事をしたいと思っていました。彼はこの作品に9年間取り組み、私は2018年から関わりました。出演者やスタッフは最高峰のメンバーです。アレハンドロが手掛ける作品は、これまで読んだ中でも最も独創的なものでした。そんな映画の制作に参加できたことはこの上ない喜びでした。そして今、この映画が完成してみなさんにお届けできることを心からうれしく思います。温かく迎えていただき心から感謝します。本当にありがとうございます。
アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督(以下、イニャリトゥ監督):みなさん、こんにちは。トムと一緒にこの場に立ち、みなさんとこの喜びを分かち合えることを、大変うれしく思います。日本は私にとって夢のような場所です。『アモーレス・ペロス』では東京国際映画祭で賞をいただき、若かった私の人生を変えてくれました。
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トムが言った通り、最高の俳優、最高のキャスト、最高のプロデューサーに恵まれ、この非常にリスクの高い映画に賭けてくれたスタジオに感謝しています。本当にありがとうございます。
――それでは、トムさんへの最初の質問です。「このような役を演じるのに40年かかった」とおっしゃっていた、ディガー・ロックウェルという独創的なキャラクターをどのように作り上げていったのでしょうか?
トム:今まで見たこともないような脚本だったので、私は監督を見て「一体どうやってこんなアイデアを思いついたの?」という顔をしたんです。彼は間違いなく並外れた映画監督であり、アーティストとしても唯一無二の存在です。人間としても、アーティストとしても心から尊敬しています。
キャラクターは、制作を進める中で徐々に形作っていきました。監督がイメージを示してくれて、そこから自分なりのやり方を模索していきました。
まず最初にしたことは、監督のアイデアや夢、細部に至るまでのすべてを理解することでした。その上でどこに貢献できるのかを考えました。
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撮影現場では、一度立ち止まり、少し時間を取ることもありました。映画制作の1秒1秒を心から楽しみたいと思ったんです。セットを眺めて、私たち俳優がアレハンドロが成し遂げたこと、彼が創り出したものを心から称賛できるようにしたかったんです。
――イニャリトゥ監督にお伺いします。最終的にこの物語にたどり着くまで、どのような道のりがあったのでしょうか?
イニャリトゥ監督:私と最初の共同執筆パートナーであるサビーナ・バーマンは、9年ほど前から、自分たちが感じていたある種の違和感について話し合い始めました。私たち全員が、現実から切り離され始めているという感覚です。実際に見たり経験したことと、それについて語られていることに隔たりがあると感じ始めたのです。
それぞれが異なる現実を持ち始め、語られる現実に振り回されていた。そこで最初のアイデアは、この映画のタイトルを「bla bla bla(何とかかんとか)」にすることでした(笑)。言葉には現実の認識を変えてしまう力がある。そのことを知っているのは物語を語る者たち、偉大な指導者たちです。それは善人であろうと悪人であろうと同じです。言葉は私たちを鼓舞し、現実への架け橋にもなりますが、認識を破壊する武器でもあります。それこそがディガー・ロックウェルの得意分野なのです。そこから物語を作り始めました。複雑なテーマだったので実現するのに9年かかりました。物語に引き込んでくれる力強いキャラクターを構築する必要があったからです。それが始まりでした。
――9年もの歳月を経て、ディガー・ロックウェルが誕生したんですね。
トム:この映画を観ると、その構成と展開に目が行きます。アレハンドロが時間と空間を巧みに操っているのです。この映画を構造的に見ると、これまでに類を見ない作品だと感じます。そして細部へのこだわりや音楽など、あらゆるところに彼の職人技が光っています。
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視覚的な表現にも膨大な時間を費やしました。大画面で観るとフレームの奥行きがまるで3Dのように感じられるほどです。監督はこのフォーマットが物語や登場人物の感情をどのように引き立てるかを理解しているんです。
私はこれまで幅広いジャンルの映画を作ってきました。『卒業白書』のような初期の作品も含めて、さまざまな作品について話題にしてもらえています。とても恵まれていると感じています。評価してもらえるのは本当に光栄なことですが、私たちは賞や興行収入のために映画を作るわけではありません。観客のために映画を作っています。作品が時代を超えて生き続け、その時代を映し出し、映画を通じて人間性を反映してくれることを願っています。その一端を担えることは、私にとってこの上ない光栄です。
この映画は観るたびに新しい発見がある作品です。私の友人はこの映画を3回も4回も観てくれて、その芸術性の高さに驚いています。今の時代にこうした作品を作れたことは本当に特別なことだと思います。
■メイクにかかる時間は6時間!
――お二人が映画で一緒に仕事をするのは今回が初めてですよね。お互いにどのような印象を持ちましたか? また、撮影現場でのエピソードがあれば教えていただけますか?
トム:彼の映画が公開されると必ず観ますし、何度も観たくなる作品もあります。観るたびに新しい発見があり、魂や細部へのこだわりが感じられる。
今回、毎日彼と一緒に仕事をし、彼の芸術性やものの見方に触れられたことは、本当に幸運でした。単にセットを指揮する監督ではなく、ともにアイデアを作り上げ人生や芸術についての考えを共有してくれます。私は毎日彼の文化や人生観を吸収していました。
特にあの10分間のモノローグ。ワンカットで撮ったんです。私は4回演じましたが、彼がどうやってあれを構成したのか、本当に驚きました。
子供の頃から最高の監督たちと仕事をしてきましたが、アレハンドロも間違いなくその一人です。彼が生み出すものを毎日すぐそばで見られたことは、本当に光栄でした。言葉では言い表せないほど素晴らしい時間でした。
イニャリトゥ監督:面白い話があるんです。トムは数ヶ月前からできるだけ多くリハーサルをしたいと言っていました。私たちはどのセットも非常に慎重に、厳密に作り上げました。だからこそブロッキング(演技の配置)が重要だったのです。照明も重要でした。すべての俳優を交えたリハーサルで、作品のトーンを見極めようとしていました。
そのトーンこそがこの映画で最も難しい要素です。風刺というのは恐ろしいもので、やりすぎればシチュエーションコメディになりますし、抑えすぎれば自然主義的になってしまう。私たちはその非常に微妙なバランスを模索していたのです。
トムは太った体とメイクのディガーの姿でリハーサルすることに決めましたが、その状態になるまでに5時間か6時間もかかっていました(笑)。僕にとっては大変なことです。1日でリハーサルに使える時間は限られていますから。でも彼は話し方や歩き方、感情の表現を通して、キャラクターのあり方を探る必要があったんです。
しばらくすれば、俳優やスタッフ全員がディガーというキャラクターに慣れていきました。あのぽっちゃりしたテキサス訛りの面白いおじさん、みたいにね。ところがトムのスケジュールが合わず、リハーサルに参加できない日が数日あったんです。そしてある日、突然トム本人がセットに入ってきたんです。するとみんなトムよりディガーに慣れていたので「うわ、トム・クルーズがいる!」と驚いたんです(笑)。
撮影では、驚くほどの正確さが求められるシーンもあったと思います。例を挙げるならあのスピーチのシーン。カメラと連動して動きながら、300人のエキストラを率いるための動作、タイミング、感情まですべてを正確にコントロールする必要がありました。彼の演技に、飛行機から飛び降りるスタントで培った驚くべき正確性が発揮されたのです。それを目の当たりにできたのは素晴らしい瞬間でした。
トム:ありがとう。
■トムの役作りの鍵は「リズム」
――トムさん、このディガーというキャラクターへの理解を深めるのに特に役立ったことはありますか?
トム:こういうキャラクターの場合、まずは人間性を見つけることが大切です。僕は子供の頃からずっと、世界中を旅しながら仕事をしたいと思っていましたし、人という存在が大好きなんです。俳優として人間性を吸収し、反映させたい。僕はいつも人を見つめ、人生と向き合っています。そうしているうちに、自然と役作りが始まるんです。本能的にリズムを見つけ始める。コメディとドラマではリズムが違います。『レインマン』のリズムであれ、『卒業白書』であれ、あるいは(『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』の)レス・グロスマンのような役であれ、それぞれ異なる声があり、異なる動きがあり、リズムがある。そうやって役への入り方を見つけ、メイクを見て、声をちょっと変えてみたりして、キャラクターを切り替えていきます。
それはすごく直感的なものなんです。子供の頃から人を真似たり、キャラクターや物語を作ったりしてきました。それが僕のやり方です。そしてアレハンドロには言葉で説明するより、実際にやって見せるんです。僕がアイデアを投げかけると、彼がそれを演出してくれますから。
その瞬間、その場にいることを大切にしています。だからこそ何かが起きてもすぐに反応できるんです。
イニャリトゥ監督:トムの変化の様子を見るのは興味深いものでしたよ。彼が演じているのはディガー、カーティス、そして最後の“ディガー2”と私たちが呼んでいる3つのキャラクターのようなもので、細やかな判断の積み重ねでこれらのキャラクターを構築していく。その様子を見ることは、私にとって大きな気づきとなりました。
私は俳優ではないので、そのプロセスはまるで魔法のように感じられました。そしてトムという人物に、ある種の「捉えどころのなさ」があることに強く惹きつけられました。まるでマイルス・デイヴィスのように、言葉では説明できない、始めた瞬間に突然生まれる魔法のようなものがあるんです。
それは合理的なプロセスではなく、本能的なで心の奥底から湧き上がる感情でした。説明しようとすれば、ひどいものになってしまう。トムはある意味、46年間ずっとこれを続けてきたんだと思います。きっとそれは歩くのと同じようなものなんです。みんな「歩いている」と考えて歩いたりしませんよね。もし誰かが「どうやって歩いているのか説明してくれ」と言ってきたら、考え始めた途端に転んでしまうでしょう。それと同じように、彼も演技を説明できない。それは自然なことです。これを身体や行為そのものに一体化させている人はごくわずかです。だからトム、言葉にしようとしないで。転んでしまうかもしれないからね!もし理解したら恐怖するかもしれません(笑)。
トム:それについては考えないで(笑)。リズムを理解してるような感じなんだけど、どう説明すればいいかわからないんだ。ただ「やる」って感じで。
イニャリトゥ監督:考えるな!(笑)
トム:OK、やめるよ(笑)
■作品をきっかけに対話が生まれてほしい
――さて、トムさんは今回が日本への来訪は26回目です。イニャリトゥ監督は3回目でしょうか。
イニャリトゥ監督:もっと来ていますよ。中山道を歩いたり、娘とこの地で最高のアーティストの一人である辻村史朗さんのお宅にお邪魔したこともあります。彼の家で過ごし、粘土の作り方を少し教えてもらいました。だから何度も訪れているんですよ。
――黒澤明賞も受賞されましたね。おめでとうございます。
イニャリトゥ監督:これ以上ないほど素晴らしい賞です。すごいことです。
――お二人とも、ここ日本における映画文化の理解と発展に大きく貢献されてきました。そこで、この作品について日本の観客にはどのように体験し、楽しんでほしいとお考えですか。
トム:日本のみなさんにはこの映画の美しさや職人技をきっと評価していただけると思いますし、作品について語り合ってくれることを願っています。それが映画の素晴らしいところです。どんな内容であれ、その対話が生まれることをみなさんにぜひ体験してほしいです。
イニャリトゥ監督:その通りだと思います。可能であれば事前にあまり情報を入れずに、観に来てくれると良いと思います。この映画は、観客が物語を語るひとりになるようにも作っています。この映画は「物語を語る」こと、そして「物語の中の物語」について描いた作品です。
トム:繰り返し観るたびに、まったく違う体験ができるんです。アレハンドロの表現は本当に豊かで、2回目に観ると細部をさらに掘り下げて見ることができる。サウンドミックスにも気づいていくでしょう。トーンも非常に繊細で、構成もあの構成でなければならなかった。2018年の時点ではまったく違う構成だったんです。そこから彼がどのように発展させ、なぜそこにたどり着いたのか。みなさんにこの映画を観てほしくて、本当にワクワクしています。
■「セリフを覚えることが一番簡単」
――スピーチのシーンは、本作の見どころの一つだと思います。キャリアを振り返って、トムさんは映画の中で、これほど長いスピーチをされたことはありますか?
トム:これまでとは比べ物にならないくらい長く、とても身体的な演技でした。私があちこち動き回ると、監督が「ぐるっと回って、上がって、下がっていくんだ」って(笑)。本当に楽しかったです。唯一の問題は、もう一度やりたくなってしまったことですね。監督が僕のところに来てハグをし「OK」と言いました。僕は「リテイクはないの? もう一度やらせてもらえないの?」と聞くと、「いや、もう終わったよ。撮れたから」って(笑)。確かに史上最長でしたね。
――長いセリフを覚える秘訣は何ですか?
実はセリフを覚えることが一番簡単なんです。ただ暗記すればいい。それは仕事の一部にすぎません。
本当に重要なのは、その先のコミュニケーションです。相手と何かを見つけ、一緒に探求していく。監督が指揮者ならば、私は演奏しているようなものです。そうやって一緒に何かを生み出していくことが本当に楽しいんです。
メイクをした俳優の姿もそれはそれで素晴らしい。でも本当に大切なのはコミュニケーションなんです。その「コミュニケーション」こそ、私たちが一緒に探求していることなんです。
セリフはひたすら繰り返して練習します。読みながらいろいろなリズムを試したり、セットを歩き回って舞台構成を確認したりもします。でもある程度のところまでいくともうセリフのことは考えません。
ジェット機を操縦するにせよ、バイクやレースカーを運転するにせよ、あるいは役を演じるにせよ、一生懸命やればもう何も考えなくてよくなるんです。カメラの位置も、自分がどこにいるべきかも分かっている。すべてを感知しつつ、その瞬間に没入していると、セリフのことなんて全く考えていない。キャラクターそのものになっているんです。
アレハンドロの演出は本当に素晴らしい。彼がフレームをどう捉え、俳優のためにどう演出を組み立てているのかを見ると、彼が俳優ではないことが信じられないほどです。撮影が進むにつれ、すべてのキャラクターを深く理解していく。それこそが私たちの仕事なんです。
それからスピーチのシーンについて、どうしても伝えておきたいことがあります。あのシーンの背景の一部を知ってほしいんです。
撮影時、私が18歳の頃から一緒に仕事をしてきた伝説的なスタントマンがいたんです。メイクしてあのシーンに参加してくれました。別の仕事があったのにそれを休んでまで現場に来てくれて、サポートしてくれました。彼らはアレハンドロを愛しているし、私のことも子どもの頃から愛してくれています。ただこのシーンの一員にるために来てくれたんです。
■映画を理解することは、イニャリトゥ監督の作品を理解すること
――なぜキャリアのこの段階で、イニャリトゥ監督と仕事をすることに決めたのですか? 映画監督としての彼に惹かれた点、そして実際に一緒に仕事をしてみて、いかがでしたか?
トム:『アモーレス・ペロス』を初めて観たとき、すぐに目が釘付けになりました。本当に驚かされた。あらゆるレベルでその映画を分析してみると、フレーミングや構図、なぜその演出を選んだのかが理解できました。彼はフレーム内の色彩を深く理解しており、それは非常に意図的なものでしたが、決して露骨ではありませんでした。
映画界に新しい力強い声が現れたと感じました。それ以来、彼の作品をずっと追い続けています。彼は非常にユニークな方法で映画と人間性を探求し続けているんです。
イニャリトゥ監督:ありがとう、トム。
トム:どの映画も何度も観る必要があると思います。映画を理解したいなら、子どもの頃に私が黒澤明監督や他の映画監督を研究していたのと同じように、作品と手法を理解する必要がある。
彼の職人技は極めて独特で、非常に力強い。だから彼と毎日一緒に仕事をするのが本当に楽しかった。毎日彼の創作のプロセスを見て、それを一緒に発展させていくことが楽しみでした。
そして興味深いのは、彼の人間や文化に対する理解です。メキシコ出身で、異なる文化的背景を持ちながらも、人間に共通するものを深く理解している。彼が人生や芸術を私と分かち合ってくれたことにも感謝しています。私にとっての映画作りは、単に完成させて公開することではありません。求めているのは、この経験そのもので、それが映画を作るという特権なんです。彼の友人として、アーティストとして一緒に仕事ができたことで、彼への敬意はさらに深まりました。だからこそ私は世界中を旅して、そういう場所にいつづけたいんです。
■トムがもたらした「人生のオリーブオイル」
――あなたがリハーサルのためにセットでそのキャラクターになりきっていたこと、そしてモノローグのシーンについても話していましたね。トムとこの「ディガー」を演じる中で、セットで他に何か驚いたことはありましたか?
イニャリトゥ監督:トムが「ディガー」というキャラクターについて考える姿勢は、単なる俳優の視点にとどまりません。彼はプロデューサーでもあり、映画作家でもあるので、物語全体やその明快さについて深く考えている。私にとって本当に素晴らしいパートナーでした。
彼がセットにもたらすエネルギーはとても前向きです。時には前向きすぎる時もありますが(笑)。そして、とても寛大な人です。それは本当に素晴らしいことです。セットにはジョン・グッドマンやリズ・アーメット、サンドラ・ヒューラー、マイケル・スタールバーグという本当にすばらしい俳優たちがいて、お互いに大きな信頼が必要になるんです。
トムはほぼすべてのシーンに登場するので、ある意味、セット全体の空気を決める存在でもありました。そこで私が学んだのは、彼はよく笑い、決して恐れない。そして自分自身を笑いの対象にすることもできるということです。
セットにはいつも笑い声がありました。笑っていると何かが軽やかになるんです。それはまるで「人生のオリーブオイル」のようなもの。とても複雑なシーンを撮影している時でさえ、セットにはそんな雰囲気が漂っていました。それは誰よりも大きなプレッシャーを抱えているはずのトムから発せられていたんです。
ストレスは周囲に伝染してしまうものです。一方で幸せっだり、自信があったり、笑える状態にいる人も、その空気を周りに伝えることができる。トムはそうやってみんなに自信を与えてくれる人でした。
■挑戦することに疲れは感じない
――どの映画でも、あなたは全力を注いでいますよね。危険な挑戦や予期せぬ出来事にも立ち向かっています。今回の映画ではどのような新しい挑戦に取り組みましたか?
トム:映画もキャラクターもこれまでに見たことのないようなもので、とてもやりがいのある挑戦でしたし、本当に楽しめました。毎日撮影したテイクを見ながら、一つひとつを理解していく。それ自体が素晴らしい挑戦でした。
身体的な挑戦も、芸術的な挑戦もありました。でも、僕はそういうことに疲れを感じるタイプではありません。僕は労働者なんです。スキルを身につけ実行し、課題に立ち向かう。簡単とは言えないけど楽しんでいます。
僕は現場にいるのが好きなので、テイクの合間の時間もすばらしかったです。ただ、あのメイクは本当に暑かった(笑)。顔全体を覆っていたので、撮影中に溶けてしまわないように気をつけなきゃいけなかったんです。メイクを外すことを「ディガーダウン」、もう一度ディガーになることを「ディガーアップ」と呼んでいました。スタッフが私の膝のあたりまでファットスーツを下ろしてくれて、そこで一息ついていました。
俳優として映画のあらゆる瞬間を体感したいし、早朝から深夜まで最高のパフォーマンスを発揮したい。そうすれば一日の終わりになっても、同じくらいフレッシュな状態でいられる。
そしてついにアレハンドロと仕事をする機会を得た。それは私にとって本当に大切な経験でした。本当に、本当に多くの困難がありました。まさに二人で一緒に崖から飛び降りるようなものだったんです。「さあ、行くぞ。アレハンドロ、崖から飛び降りよう」ってね。
■現実が私たちを追い越した
――この映画の制作に9年かかったとおっしゃっていましたね。では、このように時代が変化する中で、その変化に応じて映画のメッセージやトーンをどのように調整されたのでしょうか?
イニャリトゥ監督:この映画の脚本を書き始めた頃は、実際に起きていた出来事についていくつかメモを取っていました。そこから想像力を働かせ、現実の出来事をさらに過激なものに脚色し、風刺作品として描こうとしたんです。
ところが脚本を書き進めていくうちに、想像だったことが実際に起こり始めた。突然現実が追い越してしまったんです。架空のシナリオとして想像していたものが、恐ろしいほど短期間で現実のものとなってしまった。風刺作品を作るはずが、まるでドキュメンタリーを作っているような状態になっていました。
そこで現実から少し距離を置く方法を見つける必要がありました。この映画は時間と空間がとても重要だったんです。今の構成を採用したのは、現実から逃げるのではなく、想像を絶する速さで展開する現実から十分な空間と距離を置き、切り離す必要があったからです。
今の世界は極めて不条理でシュールであり、権力者たちはまるで風刺的な道化師のようで、すべてがパフォーマンスのように見える。そんな現実をどう語ればいいのか。私自身も分からなくなっていました。
私たちがこの物語を語る方法を見つけようとしていた一方で、観客のみなさんには、私たちの物語を理解する方法を見つけてほしいです。なぜなら私たちは今、ある意味でみんな道に迷っていると思うからです。
芸術には現実を表現すること、そしてそこから距離を置くという役割があります。それは時に無用なことかもしれませんが、映画や絵画、音楽を通して現実を見つめ直し、自分自身や社会を理解する。そしてときには自分たち自身を笑う。そのためには芸術が必要不可欠です。
だからこの映画の構成は、単に独創的なものを作りたかったからではありません。私がこの物語を語るために見つけられた唯一の方法だったのです。ある意味、必要に迫られたものです。
観客には笑って楽しんでもらいたいですが、同時に心を動かされ、自分自身を映し出してもらいたいと思います。そして私たち全員が自分自身の姿を見つけられるように。今回のツアーを通して特に感じたのは、若い世代がこの映画に強く心を動かされていることです。この映画は彼らのための作品であり、まず若い世代がこの映画を見る必要があると考えて製作しました。答えがあるわけではありませんが、そこから対話を始めるきっかけになればと思っています。
■トムがあまりにハンサムすぎるので…
――トムさんへの質問です。この映画の特殊メイクを施されたご自身の姿を初めて見たとき、どのような気持ちでしたか?また、普段のハンサムな姿とは大きく異なる自分を見て、そのまま直視することができましたか?
トム: すごく楽しかったです。「これは絶対に面白くなる」と思って、待ちきれませんでした。初期の段階では、まだ見た目を決めるのに少し時間がかかりました。開発中はドラマチックになりすぎたり、コミカルになりすぎたりする。そこで「これはコミカルすぎる」「これはドラマチックすぎる」と確認し、ちょうどいいバランスを探していったんです。
俳優としては、リハーサルをしながら身体や声、空間の使い方を理解していきます。僕は子供の頃から鏡を見ながら物まねをして遊んでいたので、鏡を見て動きを試しながら、何がコメディになり、何がドラマになるのかを探っていました。
撮影が始まると、アレハンドロがどうレンズを使い、セットの中でどう動くのかを観察する。そうすると構図も分かるし、どこで表情を見せるべきかも分かってくる。そして本番になればそういうことは全部忘れるんです。もう身体が覚えている。
実際、初めて鏡でディガーの姿を見たときは本当に面白かった。メイク室でスタッフと一緒に映像を見たり、いろんなスーツを試したりしながら、少しずつキャラクターが生きてくるのが分かりました。
アレハンドロ覚えてる?最初に彼がデザインを見せてくれて、「これが映画だ。君にはこうなってほしい。これは神だ」って(笑)。彼には恐れなんてありませんね。
イニャリトゥ監督:彼があまりにもハンサムすぎたから、罰としてハンサムじゃなくしてやりたかったんですよ(笑)。
トム:(爆笑)。
イニャリトゥ監督:だって僕みたいにならなきゃいけないんだよ?歳を取って、お腹も出てさ(笑)。
トム:二人で自分たちの見た目を笑いながら作っていったんです。本当に最高でした。
映画『DIGGER/ディガー』は公開中。
