
【写真】クールな表情からお茶目な笑顔まで! 中山優馬、撮りおろしショット
◆実在の事件をテーマに戯曲として書かれた思いに感銘
米ソ冷戦が激化した時代を背景に、シベリア抑留者の帰還をめぐって当時の日本社会を揺るがせた実際の事件をテーマに木下順二が書き下ろした本作は、誠実に生きたいと願った青年が苛烈な政治対立の渦へと巻き込まれ、ついには自ら命を絶つに至った事件を寓意に満ちた蛙の世界に写し取った物語。ウォーリー木下が演出を務め、矢崎広、音月桂、中村里帆、市川しんぺー、神保悟志、温水洋一ら実力派キャストが顔をそろえる。
――実話を基にした本作。出演のお話を聞かれた時のお気持ちはいかがでしたか?
中山:戯曲を読ませていただいて、すごい!と思いました。こういうお話を、例えば小説など書物として残すのではなく、はなから戯曲に、舞台上で巻き起こすための作品にしているというところに、すごく思いを感じて。舞台人としては、こんなお話に声をかけてもらったら絶対にやりたいと思いました。
――ベースとなる事件は75年近く前に起こったものですが、現代でも似たような出来事が起こっているのが、なんとも言えない気持ちになります。
中山:人間の業というのはやっぱり変わらないのかっていう気持ちになりますし、そういう意味では、永遠のテーマというものにもなってくると思います。今の時代においてもテーマになってしまうということ自体がすごく皮肉なことでもありますよね。
――今回、蛙の役だとお聞きになった時のお気持ちは?
中山:視点としてすごく面白いなと思いました。蛙の世界だからこそ、自分事としてより、もうちょっと俯瞰して物語全体を見ることができるというか。これが例えば自分の身内が経験していたらもう辛すぎて読めないとなるところが、蛙という設定にしてくれたおかげで、ちょっと俯瞰で捉えられました。
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――かなり蛙濃度が高いんですね。
中山:戯曲の中でも、我々の知能レベルではまだ人間のことはそこまで分かっていないんだ、というようなセリフがあるんです。人間という生物のあり方、人間がどう思ってこういうことをするのか、何を思って池に石を投げ込んでくるのか。その辺はいまだに全く解明されていないんだ、と。その描き方が印象に残りました。そのほかは人間として読んでも別におかしくない言葉ばかりなのですが、そういうセリフがあった時に「蛙ってこう思ってるんだな」と感じたのと同時に、人間である自分でさえ、なぜ人間が池の中に石を投げ入れたり、人のことを平気で殴れたりするんだろうと考えると分からないなと感じたんです。人間って確かに不思議な生き物だなと思ったんですよね。
――演じられる蛙のシュレは、どんなキャラクターだと捉えられましたか?
中山:悩める青年で優しいんだと思います。優しくて素直で、稀有な存在であることは間違いないと思いますね。清廉潔白で、清い存在すぎて濁りに耐えられなかったというか。
シュレみたいに生きられたらカッコいいなと思います。ただ、ロジカルすぎるので、もうちょっと楽に生きてもいいんじゃない?と思う時もある。真面目な善人ほど、そういうところに陥りやすいのかなとも思います。
――ご自身と似ている部分はありましたか?
中山:似てる部分があるのかどうかは分からないですけど、でもシュレが言っていることはすごく分かります。自分が信じたい感覚とか、自分が信じていなくても元からそこにあるもんだと思っていた絆、そういうものって当たり前に存在していると僕も思っているところがあるので。
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◆ウォーリー木下のエンタメ性あふれる演出に驚き
――演出のウォーリーさんとは今回が初めての顔合わせです。稽古が進む中での印象はいかがでしょう。
中山:ここまで蛙なんだ!っていうのがまずひとつと(笑)、ウォーリーさんが考えるエンタメの可能性、これは本当に素晴らしいと思いました。演劇からちょっともう突出してますよね。この企画を読んだ時に、この作品をウォーリーさんがKAATで!?ってなったんですよ。ということは、想像もつかないエンタメ要素が入ってくるんだろうなと思っていましたけど、ここまで想像もつかないものが入ってくるんだ!というのは、もう驚きでした。
――あらすじなどから想像するよりも、もっとエンタメな作品に仕上がっているんですね。
中山:エンタメ性が強いですし、視覚的な情報もすごく多いので、とても観やすい作品だと思います。今日も稽古を見ていて、もう笑いが止まらなくて。蛙が持つ間抜けなところや、ちょっと愚かなところ、そういう滑稽さが、人間の卑怯な部分ともリンクしてくるというか。そういう意味で、人間って愚かで笑えるよねっていう側面もあるし、こういう人間を見て笑える社会ならここからの未来もまだなんとかできるのかもしれないと思うところもある。いろんなテーマを持ったエンタメ作品になっていると思います。
◆芸能活動20周年 舞台は特別な存在「常に挑戦して喧嘩を売り続けたい」
――中山さんは今年芸能活動20周年を迎えられます。振り返るとどんな20年でしたか?
中山:今32歳なんで、もう物心ついた時にはっていう感じなんですよね。12歳からなのでもう仕事が日常というか。中学や高校の修学旅行も仕事のために途中で帰って来て、仕事が終わったらまた戻って参加する、みたいな感じでしたし。仕事をしている人生が普通の世界で、学校が特別な感じだったので。
――そんな中でターニングポイントになった作品や出会いを挙げるとすると、どんなものになりますか?
中山:ターニングポイントはたくさんありますね。15歳の時にはもうお芝居をやりたいと思っていました。その時はドラマに出た後にそのオンエアを観て、こんなもんじゃいけない!と思ったんですよね。もっとできたはずなのに!っていう後悔からスタートしたものもあるし。21〜22歳の時に初めて役者として舞台に立たせてもらったのも転機だったと思います。
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中山:やっぱり挑戦ですね。常に挑戦しているものというか。舞台に立つのが好きなので、自分の居場所にしたいんですけど、自分の居場所はここだ!っていう感じでもないんです。舞台の方が自分よりももっと上にあって、いつも追いかけ続けて、いつかたどり着くまで常に喧嘩を売り続けたい。毎日挑戦という感じで緊張もするし、その分やっぱり生きてるっていう感じもして。そんな感覚なんですよね。
――舞台の面白さは初めから感じていましたか?
中山:ありました。始まったらノンストップで、誰にも邪魔されない。リスクが高くて、スリリングな面白さがありますね。穴も開けられないじゃないですか。そんなことも含めて、みんなで綱渡りしてるみたいな感じがすごく楽しかったんですよね。ある種究極のチームプレーなんで。
――野球をやっていらしたから、そういうチームプレーの面白さがあったんですね。さまざまな作品で幅広い役柄にチャレンジされていますが、意識されてのことなのでしょうか。
中山:幅広くやっていこうというよりかは、自分の持ったことのない感情を持ちたいというのがあって。知らない自分の心に出会いたいみたいなものがあるので、こういう衝撃的なお話や、自分が生きてる中では絶対に経験しないような時代や心情にトリップできる作品に臨みたいという気持ちがあるんです。結果、幅が広がってるということだと思うんですけど、やったことないからやってみようと思っていたらそうなったっていう感じなんです。
――改めて本作の魅力を教えてください。
中山:まず戯曲としてとても素晴らしいんですね。日本語の羅列としても、会話の羅列としても本当に素晴らしいし、感情のやり取りが言葉巧みに表現されていて。キャラクター1人1人の特徴的な喋り方もすごく反映されている。
なによりも、やっぱりこれは舞台でやるべき作品なんだっていうのを、もちろん戯曲として書かれているので当たり前のことだとは思うんですけど、僕は稽古を重ねる中でまざまざと理解したというか。ウォーリーさんが演出されてKAATのでっかい舞台で、こうやって作り上げてやるべき作品だったんだ!と思いました。エンタメとして視覚的にもすごく楽しいと思います。
この戯曲が持つテーマも今の社会に合っている。全然関係のない民衆、群衆が、その渦の中の1人を追い詰めていく構造を、蛙の動物的習性として、誰かが動いたらみんなでそっちに寄っていってしまうみたいなところに反映しながら作ってるので、それが現代における、1人を追い詰める民衆、群衆にも見えてくる。そういう表現は、舞台でしかできないもの。舞台芸術とはこういうものだっていう表現がここにあると思います。
皆さん衝撃を受けると思いますし、僕も本当に早く観たいです。
――観客の皆さんからどんな反応が返ってくるか楽しみですね。
中山:僕はもう新たな形のエンタメだと思ってます。衣裳だけを見たら、シルク・ドゥ・ソレイユかと思いますけど(笑)。
いろいろなパフォーマンスがあって、僕にも「これもやるの?あれもやるの?」っていう仕掛けがたくさんあって大変なんですけど、この作品は誰も楽な人がいないんですよね。でもみんな最高に楽しく活き活きとやっている。こんな楽しい大変さにはなかなか出会わないと思います。
この作品は本当に劇場で観ていただいた方が絶対に楽しめる作品だと思うので、ぜひ劇場で観てほしいですね。
(取材・文:渡那拳 写真:上野留加)
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『蛙昇天』は、10月24日〜11月8日神奈川・KAAT神奈川芸術劇場 <ホール>にて上演。

