
「めっちゃカワイイ。子どもが生まれて、ようやく親の視点が持てるようになりました」
そう語るのは、水谷梨明日さんだ。現在、慶應義塾大学2年生で翻訳家、一児の母として子育てにも奮闘中。セクシー女優としての顔もあり、出産直後は“母乳もの”のAV作品にも出演し、話題を呼んだ。
「母乳ものを長年やっているメーカーの社長さんが、私の妊娠を知って『ぜひ出ませんか』とメールをくださったんです。母乳は期間限定のことだから、絶妙なタイミングでのオファー。さすがプロという感じでした(笑)」
知的好奇心に導かれるように、AV業界に身を投じ、母としての日常と両立させている水谷さん。一般的にいわれる“エリートコース”を歩んでいたものの、心の病をきっかけに脱落し、独自で異端の道を歩んできた。
「父が商社勤めだったこともあり、生まれはアメリカのボストン。1歳か2歳のころに日本に帰り、その後、小学2年生の夏に父の転勤でイギリスのロンドンに行きました」
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英語が全く分からない状態で、何もしゃべることができない赤ちゃんみたいな気分になったという。
「クラスメートとのケンカじゃありませんが、なにかネガティブなことを言われたとき、何となく意味は分かるのに、言い返せないのが悔しい。それでメキメキと英語力が成長しました。半年ほどで聞き取りができ、1年くらいで伝えることができ、2年経つと現地の子供と相違ない英語力になりました」
5年後の中学1年生時に、日本へ帰国。超難関校である渋谷教育学園渋谷中学に帰国子女枠で入学した。アメリカの大学を目指していた高校3年生のときに、初めての挫折を味わった。
「周りの子が毎日何度もエッセイを添削しているのに、集中力が続かず、私は全く書けなくて、塾のある神保町の街を彷徨ったりしていました……。結局、憧れていたハーバード大学への願書すら出せなかったんです」
意気消沈していた水谷さんは、母親のアドバイスもあり、日本の大学も受験しており、慶應義塾大学経済学部に入学。
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「その1カ月後にアメリカの大学の合否が出揃って、奨学金を提示してくれたアメリカ中西部にあるグリネル大学へ進学しました。全校生徒が1700人ほどの、エリート志向の強い学校で、学生のレベルも高く、本当に宿題が多くて、みんなギリギリで頑張っていました」
そんななかでも、大学生になったら、アメリカのカジュアルなセックス文化に参加したいと野望を抱いた水谷さん。
「私には性に対するタブー視がなかったんですね。両親から性教育を受けたことがなく、自分でエロ漫画を読んで知るしかなかったので、本に書いてあるようなことは、大人になったらみんなやるんだろうなと、勝手に思い込んでいたんです。
海外の大学に通う友達からは『何の経験もないと危ないから、セックスとは何かを知った上でセックス文化に参加しろ』とアドバイスを受け、留学前に日本で性体験を済ませて、アメリカに行きました。留学後、乱交パーティーの情報を得て、絶対に経験したいって思ったんです」
ただ、念願の乱交パーティーに参加したものの、このときは、ただ見ているだけ。その後も狭い人間関係の中で、色恋沙汰でドロドロしていくのを見て、乱交パーティーからは距離を置いていた。
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「大学生活がハードだったこともあります。就職か大学院かで迷っていた私は、ボランティアやインターンもこなしながら、課題に追われていました。でも、睡眠時間4時間という生活を1年半も続けると、心が完全に折れちゃって……、うつ病と診断されました。これはさすがにやばいということになって、大学を休学。両親と弟が迎えに来てくれて、日本へ帰国したんです」
帰国後の療養生活は2年間に及んだ。1日中、起き上がれず、エリートコースから外れてしまったという焦りや、自分には価値があるのだろうかという思いに深く悩まされた。
「狭いエリートコースから外れて、もう戻れないという気持ちにもなっていました。でも療養中、知人を通して翻訳の仕事をはじめると、私でもお金を稼ぐことができ、自己肯定感も少しずつあがりました。同時に、出会い系アプリを使ったり、夜のクラブに足を運ぶと、肩書きがなくても仲良くなってくれる仲間もできて、『君、面白いね』と言ってもらえたんです。社会的ステータスがなくても、楽しく生きていけるんだと、すごく救われました」
休学中だったアメリカの大学は退学したため、慶應義塾大学商学部に入学。再び大学生としての生活をスタートさせた水谷さんは、アメリカの大学時代から学んでいたジェンダー学や文化人類学への関心から、自身の身体を使ったフィールドワークを開始。「未知のコミュニティの生態系」を観察するため、自ら風俗店などで働き、観察していったという。
「昔の文化人類学は秘境を調査していましたが、私は自分たちの社会のなかにある知らないコミュニティを調べてみたかったんです。風俗の人がどんな言葉を使い、どんな秩序があるのかを調査していました」
水谷さんの知的好奇心は、ついにAV業界へも向けられる。乱交パーティーで出会った元AV男優のパフォーマンスに感銘を受けたことが、一つのきっかけだった。
「彼はギャラリーがいるからこそ難しい体位を見せ、空間全体を盛り上げていました。AVのセックスは、私が知っている1対1のものとは違うんだと気づいたんです。風俗と水商売は経験してるから、最後の砦はAVなんじゃないかと」
さらに、AV新法が話題になっていた時期。「人の欲とか快楽を、秩序のために制限する歴史や法律は、興味分野」だと、AV業界の裏側を知るために、自ら事務所へ応募。AVデビューを飾ったのだった。母親には、毎月受けていた性病検査の結果が実家に届いたことで、発覚したという。
「ショックのあまり、涙を流していました。でも、なぜ泣くのか分からないんです。母は『お父さんに言ったら、自殺しちゃうよ』と言っていたから、父は知っているのか、どうか……。でも、母には私が決めたことなんだから、信用してほしいって思います。
よく、『なんでAVに出たんですか』って聞かれることがありますが、その質問に、私の答えもあるんです。きっと“自分の裸を見せたくない”とか“人に笑われるのが嫌”と思っての質問だと思うんですが、私にとっては全部どうでもいいこと。それよりもAVのモザイクの向こう側の世界を知りたいとか、作ってる人に会いたいとか、やりたい理由ばかりなんです」
周囲の目を気にせず、自身の信念を貫く水谷さん。出産も経験し、一児の母として充実した日々を送るなか、親への思いにも変化が生じている。
「世の中で起きる子どもが巻き込まれるような悲しい事件を見ると、すごく辛くなります。自分が疲れておいしいご飯を作れないときとかは、親も完璧じゃなくても頑張って育ててくれていたんだなと実感しますね」
母となり、さらなる経験を積み重ねる水谷さんは、将来、子どもに対して自身の仕事をどう伝えるのだろうか。
「私から説明するというより、日常的にAV女優の友達や業界の人たちと接触させてあげたいです。彼らがいかに素晴らしい人であるかを知ってもらえれば、差別や偏見を持たずに育ってくれると思っています」
知的好奇心の赴くままに、あらゆる境界線を軽やかに飛び越えていく水谷さん。人生という名のフィールドワークは続いていく。
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