『フォルクスワーゲン・シロッコ』空気抵抗の小ささを武器に上位進出を狙った欧州の風【忘れがたき銘車たち】

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2026年10月14日 08:10  AUTOSPORT web

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1985年の全日本ツーリングカー選手権第3戦西日本サーキットを戦ったズームエンゲリーンシロッコ。岩城滉一、山本郁二、本間優二がドライブした
 モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは1985〜1986年の全日本ツーリングカー選手権を戦った『フォルクスワーゲン・シロッコ』です。

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 1985年にスタートしたグループA規定による全日本ツーリングカー選手権(JTC)。このJTCのオープニングイヤーに集ったエントリーマシンはほぼ国産車という様相だった。

 だが、そんななかでも各クラスにわずかながら外国車も姿を見せていた。その希少な外国車勢の1台が今回のテーマである『フォルクスワーゲン・シロッコ』だ。

 シロッコは1974年にフォルクスワーゲンが生み出した3ドアハッチバック。フォルクスワーゲン・ゴルフのコンポーネントを使いつつも、そのゴルフよりもやや上級セグメントに位置するモデルだった。なかでもJTCを戦ったシロッコは1982年に登場した2世代目で、ZOOMというエントラントから投入された。

 ローフォルムで空気抵抗な少ないシロッコのボディが富士スピードウェイや鈴鹿サーキットといった高速サーキットで有利になるであろうと考えたZOOMは、選手権への導入を決断する。

 ZOOMはJTCと同じグループA車両で競われたヨーロッパツーリングカー選手権の参戦履歴を持つ車両を入手する。車両自体はもちろんノーマルではなく、足回りはビルシュタイン製のダンパー、エンジンはマーレー製のピストンなど、グループA規定公認パーツでモディファイが行なわれ、エンジンの排気量も1803ccまでアップされていた。

 そんなシロッコは、1985年の開幕戦であるスポーツランドSUGOラウンドから戦いをスタート。すると第3戦の西日本サーキットラウンドではクラス2優勝を果たした。

 その後、シロッコは1986年もJTCに参戦し、同年の第3戦筑波サーキットでは再びクラストップでフィニッシュ。一定の戦果を残していたものの、同年限りで撤退。シロッコはJTCから姿を消したのであった。

[オートスポーツweb 2026年10月14日]

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