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リアルサウンドでもおなじみのライター・物語評論家のさやわか氏が、音楽ジャーナリストの宇野維正氏、柴 那典氏を招いて、2013年の音楽ジャンルを再総括するトークイベント『さやわか式☆現代文化論 第2回』のレポート後編。前編「今、ボカロやアイドルをどう語るべきか 音楽ジャーナリスト3人が2013年のシーンを振り返る」では、芸能と音楽の関係性についての考察から、ボカロシーンの是非、さらにはJPOPシーン全体の傾向の変化についてまで話が及んだ。後編では、最近の楽曲の傾向から、ボカロシーンの可能性についてまで、ざっくばらんに語った。
さやわか:前半ではシーン全体についての話が多かったんですが、今の音楽批評の問題として楽曲じたいに対する議論がなかなかうまく広がらない気がしています。そこで今日は音についても、もう少し話をしたいのですが。
柴那典(以下、柴):いろんなところで言ってきた話なんですけど、最近BPMが高速化しているというか、音数が多い楽曲が増えているという流れがあって。すべてのJ-POPが高速化しているとは思っていないんですけど、明らかに高密度な音楽が、ロックバンドとアニソンとアイドルとボカロに生まれている。沢山の言葉と沢山のフレーズと沢山のメロディが3~4分に入っている楽曲が増えた。
さやわか:同じことは僕もヒャダインさんから伺いました。彼はニコニコ動画で人気が出たタイプなんですが、「2分で人は飽きると言っていました。だからニコニコ動画で2分以内に動画の視聴者から面白がってもらうためには、BPMを超速くして、とにかく展開をごちゃごちゃ入れなきゃいけない。その話を聞いて何を思ったかっていうと、曲を聴く状況――場所とかメディアにカスタマイズされた曲が増えたというか、リスナーがいる場所に合わせて曲を作るようになっていて、それによってシーン全体で楽曲の方向性が生まれているんじゃないかって。
柴:なぜJ-POPが高速化しているか?という理由なんですけれど、まずアニソンの分野では、作り手でもあるfhánaの佐藤純一さんが面白いことを言っていて。89秒というTVサイズの尺の中に展開を詰めこむために試行錯誤した挙げ句、BPMがどんどん上がっていったという話で。つまり情報量を詰め込むためにテンポが上がっている。アイドルやボカロのシーンで、そういう高密度化現象が起こっています。今のアイドルの主流はグループアイドルで、ということは沢山の女の子がいっぺんに歌っている。そうするとどうなるかというと、声の情報量がなくなるんですね。つまり声に色気を乗せたり、声にフェイクを乗せたり、しゃくりあげたり、こぶしをきかせたりとか、そういう風に歌の上手さを見せる場所が少なくなる。ボカロにいたっては、そもそも基本的にフラットな声ですからね。圧倒的に歌の上手い人がスターになっている海外シーンとは大きく違う。そういうところに、逆に言えばDIVAの時代の退潮も感じていて。僕はやっぱり「宇多田ヒカルの不在」は大きいと思います。宇多田ヒカルさんはいろんな意味で天才だと思うけれど、まずあの人の声には圧倒的に情報量があるわけで。
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さやわか:なんだか話がだんだん、最初に宇野さんが仰っていた、あんまり良くない世界に近づいているような……(笑)。
宇野:マーケティングの話してるなぁって感じはするよね。芸能とはちょっと違うんだけど。高速化するポップ、高密度化するポップ? いいんだけどさ……でも大前提として、柴君はそういうの好きなの?
柴・さやわか:(爆笑)
宇野:それが問題なのよ。一音楽愛好家として、ジャーナリストである以前の良心っていうのがあるじゃない。
柴:あのね……これが、好きなんです(笑)。自分でもどうかと思ってたんだけど、聴いてるうちにどんどん好きになっていった。
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さやわか:それは鍛錬して好きになったんですか?
柴:鍛錬じゃないですけどね(笑)。高速化の話に関してはKANA-BOONというロックバンドとの出会いが大きかったかもしれないです。彼らはほとんどの曲がBPM170オーバーで、フェスに出たら一見さんの観客も含めて全員を踊らせてるんですよ。僕も実際その光景を見ているんですけど、それがかなり気持ちよかった。話を訊いたら、彼ら自身も「このテンポが気持ちいいんです」っていう風に言っていた。そういう感覚を踏まえて、ボカロの170オーバーを聴くと、ぜんぜん気持ちいいっていう発見をしたんです。
さやわか:つまりKANA-BOOMみたいなバンドが持っている構造を捉えて、同じものをアイドルとかボカロに見出す感じですよね。たしかにKANA-BOOMはジャンル的にはロック的なんだけど、ボカロやアイドルと近しい部分があって、音楽シーン全体で同じ動きがあるんだと思わせてくれる存在です。
宇野:今年インタビューした中で衝撃を受けたのはKANA-BOOMで、彼らって洋楽のバックグラウンドがほとんどゼロなんですよ。それこそはっぴぃえんどや筒美京平さんから綿々と続いてきた日本のポップミュージックの基本は、洋楽的なバックグラウンドがあって、そこから日本独自のアレンジを探求していくことだったと思うんですよね。だけど、ヒャダインさんもそうだしボカロの速いやつもそうだけど、共通して洋楽的バックグラウンドが希薄なんですよね。歌詞の面でも、たとえばクリープハイプの尾崎(世界観)くんにインタビューしててね、「この歌詞ってスミスみたいだね」って言うとキョトンとされる。だけど僕は、KANA-BOOMもクリープハイプも好きなんですよね。ただ、ボカロやアイドルソングの高速化、高密度化は頭も身体も全然受けつけない。
柴:多分、それは慣れの問題だと思います(笑)。
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宇野:でもさ、やっぱりマーケティングで速くなっていくものと、本人が速くしたくてするものでは違うじゃない。
柴:wowakaさんとかハチさんとか、マーケティング的な発想じゃなくて速くなっている人は当然います。
さやわか:ボカロはセルフ・プロデューサー的な発想はあるけれども、マーケティングというわけではないと思いますよ。ランキングを見て「速い曲のほうが人気が出る」と思った人はいるかもしれないけど、それこそ元を正せば速さに単純な快楽を感じているからこそ速くするわけで。
柴:そうなんです。誤解して欲しくないのは、速いのが正義だとは本当に思っていないんですよ。なんで僕が高速化について話すかというと、さやわかさんが言っていた「なぜ批評するか?」と同じことで、現状を説明して「今はみんな高速化している流れがあるよ」って明確に言葉にすると、それに関してのアンチテーゼが生まれるんですよね。「俺はその流れには乗らない」「俺の快楽はここにない」って思う人が必ず出てくる。むしろその人たちのために、現状を説明しているんです。
さやわか:それはつまり、現状を説明した上でどんなアーティストがいるのかという話をしないといけないということですよね。そうすれば、宇野さんみたいにボカロ全般に「ぜんぶマーケティングで速いんでしょ?」ってシーンを捉えている人にも届くと思うんだよね。
柴:でも、ボーカロイドの話で改めて言っておかなきゃいけないと思うのは、初音ミクって、やっぱり楽器なんですよ。supercellやlivetuneみたいな作曲家に「初音ミクとはなんですか」って訊くと、全員「楽器です」って答えるんですね。で、初音ミク以外にもボカロのソフトって沢山出ているんですよね。でもいまだに中心的に使われているのは初音ミクで。これは何故かというと、もちろんキャラクター人気もあるけど、実は楽器としての性能が高いんじゃないかという。テクノの世界にはローランドのTR-808という『名機』と言われるリズムマシンがあって。それに近い『名機』感があるって、渋谷慶一郎さんが言っていたんですよね。そもそもTR-808って、ドラムの音なんて全然再現できてないんです。「チッ、チッ、チーッ」って、オモチャみたいなハイハットが鳴る。で、実はこれは、佐々木渉さんという開発者の方が言っていたこととも符合していて。実は初音ミクって、あえてオモチャっぽくしようって意識を持って作っていたそうなんです。リアルな声の再現はそもそも目指してなかった。あえてトイポップっぽい方向性にしようと思って、声優の藤田咲さんを採用しているんです。だから、初音ミクもTR-808も、音の特徴として、ハイ(高域)が強いんですよね。
さやわか:ボカロはそういう語られ方があまりないんですよね。もう初音ミクが発売されて5年以上経っているのに、なんか単にチャラチャラしている感じに思われていて「中学生とかが聴いてるんだろ」って思われちゃう。いま柴さんが言ったように、初音ミクについては「楽器です」と言っているミュージシャンがかなり多いんですけど、よく知らない人はそうではなくて「萌え」とかキャラクター文化みたいなカルチャーと安易に結びつけて語ってしまう。これ、どうしたらいいんでしょうね。
宇野:柴君の話はすごく良くわかるし、その通りだと思う。でもさ、みんなちょっと知名度が出てくると、生音使い始めるじゃない。ボーカリストも呼んだりとかして。結局、今の音楽シーンの価値観を転換すると思われた人たちが、既存の音楽に取り込まれていってしまう。
柴:ただまあ、それは当然の成り行きですよね。たとえばシンセサイザーやリズムマシンが登場して、テクノが誕生して、それは大きなムーブメントになったけれど、別に生音主体の音楽シーンの価値観をひっくり返したかって言うと、そうではないわけで。そういう意味では、ボーカロイドっていうのも、僕は今はまだ一つのタグでしかないと思っています。
さやわか:まだ「その楽器を使った音楽でしかない」ってことですよね。ただ、今の宇野さんの意見に補足すると、実は最初に初音ミクを使った世代の人たちのほうが生音に行きがちなんですよね。初期にやっていた人っていうのは最初バンドで音楽をやっていたんだけど、なかなか上手く行かなくて、DTMみたいなものにいきついた果てで初音ミクを使っている場合が多い。だからやがて才能が認められて、人気が出て、自由にお金や人を使えるようになったら、自然な形でバンドスタイルに戻っていく。ところがもうちょっと下の世代になると「初音ミクこそがいい」っていう雰囲気がだんだん生まれてくる。つまりさっきのBPM高速化の話なんかもそうだけど、ニコ動や初音ミクも十把一絡げにジャンルとして捉えられるものではなく、既に世代の違いが生まれ始めているんですね。言い換えるとシーンとしてはここからなのかなって感じがします。
柴:これからの世代という意味ですごく面白かったのは、横浜アリーナの『マジカルミライ』っていう初音ミクのイベント行った時のことですね。U-18の公演だったんですけど、小学生や中学生の女子が本当に沢山いる。親子連れで来てるんです。それがライヴの初体験になっている。じん(自然の敵P)のライヴでも、本当に10代ばっかりで。
さやわか:中学生がロックで衝撃を受けるみたいなことが、ボカロシーンで起き始めているっていうことですよね。そういうエピソードがあるというのは、今後が期待できそうな感じがしますよね。
宇野:でも、そういう新しい文化ってさ、ヒップホップもパンクもそうだったけど、最初はとにかくかっこよかったじゃない。そういう吸引力がないよね。かっこいいか悪いかっていうのは、音楽にとってものすごく重要な価値基準だと思うんだよね。もうね、今日は旧世代を代表してのポジショントークみたいになってきてるけど(笑)、本音でそう思うんだよ。
柴:じんさんの音楽に関していうと、これを37歳の自分が冷静に聴くとノレない部分もあるんですけど、でも、自分の心の中にいる「かつての14歳の自分」が聴くと、すごくノレるんです。熱くなる。
さやわか:たとえば自分が14歳の時に聴いていて、マジかっこいいと思ってた音楽を、今聴いたらどう思うんですか?
柴:今でも泣きそうになることはありますね。僕の14歳の時はニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」がリアルタイムで。今聴いても盛り上がる。逆に、セックス・ピストルズが全然ダメで。パンクだって言うから攻撃的なイメージを持って聴いてみたら、全然音が薄かった。たぶんメタルで育ってきたせいだと思いますね。僕の原点は高校生の頃に友達と作ってたメタル同人誌で。『鋼鉄春秋』っていうタイトルだったんですけど……。
さやわか・宇野:(爆笑)
柴:15歳のときにニルヴァーナのレビューで「キッズたちが盛り上がっているのは何故か」とか書いてました。「キッズはお前じゃねえか!」って話ですが(笑)。
さやわか:そう考えると正直、僕もわからないところがあるし、柴さんですら速ければいいってもんじゃないって言っているけれど、もしかしたら今の「キッズたち」は、ボカロ曲を聴いて単純に「速くてマジかっこいい」と思っているかもしれないですよね。つまり大人にはわからない、ある種の断絶のある文化になっている。僕がさっき今後が期待できると言ったのはそこなんですよ。あらゆるシーンがフラット化していると言われながらも、いま「ユースカルチャー」という言葉が新しい形で復古しているのであれば、それは面白いことだし、ポジティブに捉えられることだと思っています。(リアルサウンド編集部)
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