年末年始の風物詩、全国高校サッカー選手権大会。今年も晴れ舞台の全国行きを決める都道府県予選のニュースが入ってきている。そうしたなか、毎年あの"絶対王者"に決勝で敗れ、全国行きを阻まれ続ける悔しい思いをしているチームがある。青森県・八戸学院野辺地西の姿を追った。
【監督はチームを率いて20年】
八戸学院野辺地西高校。高校サッカーに詳しい方なら、その校名を耳にしたことがあるかもしれない。青森山田高校の1強時代が30年近く続いている青森県内で、着々と力をつけてきた彼らは、昨年まで7年連続で全国高校サッカー選手権予選の決勝へと勝ち上がっているが、7年連続で青森山田に負け続けてきた。
「年明けに突然、野辺地西で校長をされていた高校時代の監督から『ウチのサッカー部の監督と教員を探しているんだ』という連絡が入ったんです」
今からちょうど20年前のことを笑顔で振り返るのは、八戸学院野辺地西を率いる三上晃監督。当時27歳だった指揮官は、故郷の青森を離れて仙台でサラリーマン生活を送っていた。
職種は業務用スピーカーの営業。東北6県の代理店を車で飛び回る日々を過ごしていたが、唐突な恩師からの誘いに心が揺れる。
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「迷いましたけど『今が青森に帰るタイミングなのかな』って。『自分が育ててもらったサッカーでいろいろな人に恩返ししろということかな』と思って決めました。面接はなかったですし、履歴書もあとから出しました(笑)」
2004年4月。三上はいきなり監督という立場で高校サッカーの世界に足を踏み入れた。
もともとは光星学院高校(現・八戸学院光星高校)の出身。2年時の選手権では青森を制して全国大会のピッチにも立っている。だが、久々に帰ってきた故郷では、すでに黒田剛監督(現・FC町田ゼルビア監督)が束ねる青森山田が圧倒的な地位を築き始めていた。
就任当初はスタッフも部長とふたりのみ。翌年にはいきなり県ベスト4まで勝ち上がったものの、そこから先にはなかなか進めず、部員も思うようには集まらない。初めて選手権予選で4強の壁を越えたのは、就任10年目の2013年。決勝の相手はもちろん青森山田。0−8の完敗だった。
2014年も決勝まで勝ち上がり、0−6で敗戦。以降の2年は準決勝敗退が続いたが、2017年からは一度もファイナル進出を逃していない。
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振り返れば絶対王者の牙城を崩しかけた年は、確かにあった。2018年の決勝は初めてゴールを奪い、1−2の惜敗。その年の青森山田は全国制覇を達成する。
最もアップセットに近づいたのは2019年。この年高円宮杯プレミアリーグ王者に輝いた青森山田にPK戦までもつれ込む激闘を演じながら、最後は力尽きた。さらに2022年にも大接戦を繰り広げ、延長後半に決勝点を献上して1−2で敗れたが、その差がかつてほど大きなものではなくなっていることは間違いない。
【部員たちは大半が"打倒・青森山田"を志して入学】
先輩たちの雄姿は、後輩たちにも小さくない影響を与えている。
「山田とPK戦を戦った時の野西(八戸学院野辺地西)の試合をテレビで見ていて、『カッコいいな。僕もここで頑張りたい』という気持ちと『山田を倒したい』という気持ちが強くなって、いろいろなチームから声は掛かったんですけど、野西一択でした」。今年のチームでセンターバックを務めている3年生の田村蓮琥は、2019年のチームに憧れてこの学校の門を叩いた。
2年生ながらボランチのレギュラーを任され、来季は中心選手としての活躍が期待されている阿部莞太も、2022年のチームを見て八戸学院野辺地西を進路に選んだという。「最初はいくつかのチームと迷っていたなかで、自分が中3の時の選手権の決勝を会場で見ていて、メッチャ興奮したんです。それで『野西に行って山田を倒したい』と思って、ここに入りました」
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真剣に青森制覇を目指す上で、チームも次のフェーズに入りつつある。「県内の選手で勝ちたいなというところにも少し限界を感じて、2年ぐらい前から県外の選手を入れています。今の1年生は県外の子が10人ぐらい来てくれていますし、来年も東京、神奈川、埼玉、栃木、秋田、宮城といろいろな地域から来てくれる予定です」(三上監督)。県外の遠隔地出身の選手も含めて、今では全部員の約半数は寮生活を送っているという。
昨年の選手権予選決勝では1年生ながらスタメン起用され、全国優勝を果たした青森山田の圧力を肌で感じたGKの喜村孝太朗は東京都出身。「もともと野西自体は知らなかったんですけど、話を聞いたら結構山田と接戦の試合もしていて、勝つチャンスもあると聞いた時に、不安より楽しみのほうが強かったので、『青森に行って山田とやりたいな』って思いました。特に県外から来ている人たちは、『山田に勝って全国に行きたい』という気持ちの強い子が多いですね」。
やはり近年の部員たちは大半が"打倒・青森山田"を志して、八戸学院野辺地西へと入学してきている。
【青森山田は「ライバル」「目標」「やりがい」】
とはいえ、青森山田の壁はとにかく高い。「それこそ今の高校生は生まれた時からずっと山田が全国に行っている状況ですからね。まあ強いですよ」という三上監督の言葉を待つまでもなく、ここ10年の成績を見ても、世代最高峰のプレミアリーグで3度の日本一を勝ち獲り、選手権では4度も全国制覇を経験。高校年代最強と言って差し支えない彼らの存在を、八戸学院野辺地西の選手たちはどう捉えているのだろうか。
昨年からレギュラーを務め、何度も県制覇を懸けて青森山田と対峙してきたキャプテンの堀田一希は『ライバル』だと言いきった。「常に山田を意識してできていることは大きいと思っています。山田を倒さないと新しい景色は見えないですし、全国にも行けないわけで、自分たちにとって山田はライバルだと思います」。
過去の青森山田との対戦時にはひとりでチャンスを作り出すなど、大きな存在感を発揮していた3年生フォワードの成田涼雅は『目標』というフレーズを口にする。「日本一を獲っている山田が青森にいるからこそ、それを目標としてみんなでやってきていますし、そこを倒して歴史を変えることに意味があると思っているので、山田がいるから自分たちも成長できるとプラスに考えて、ずっとやってきています」。
20年間にわたって青森山田と対峙し続けている三上監督の言葉が印象深い。「みなさんからは『他の県に行けば全国に出られる力はあるよ』と言われます。そう言ってもらえるのはすごく嬉しいんですけど、やっぱり青森県は青森山田という存在を抜きにできない県じゃないですか。だから、子どもたちには『日本一のチームがこんなに身近にいる県なんてほかにないぞ』と言うんですよ。そういう面では彼らの存在はポジティブな要素ですし、自分のなかでも『やりがいがあるな』とは思いますね」。
【今年度の新人戦は1点差で敗戦】
1年前の2023年11月13日。ちょうど1週間前の選手権予選決勝で、青森山田に0−9と大敗を喫していた八戸学院野辺地西は、新チームで戦う初めての大会となる県新人大会の決勝に挑んでいた。
もちろん相手は青森山田。試合は後半14分に先制点を奪ったものの、最後はアディショナルタイムの失点で逆転負け。またもや勝利には届かなかったが、チームにはこの試合から確かな自信が芽生えていく。
「僕が指導してきた21年間のチームで最強だったのは、山田とPK戦まで行った2019年のチームなんですけど、今年のチームはあの時と似ているんです」(三上監督)
かつてないほど真剣に絶対王者の背中を追い掛ける八戸学院野辺地西の冒険は、この時、静かに幕が上がっていた。
後編「ついに選手権県予選決勝へ 八戸学院野辺地西の冒険」につづく>>