【MLB】「大谷翔平は60本塁打を軽くクリアできる」 伊勢孝夫が断言するこれだけの理由

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2025年03月19日 07:40  webスポルティーバ

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伊勢孝夫が解説する大谷翔平「54本塁打のメカニズム」(後編)

 昨シーズン、54本のアーチをかけた大谷翔平。後編では打球方向から大谷の打撃スタイル、ホームランへの意識を探ってみた。かつて名コーチとして名を馳せた伊勢孝夫氏の目にはどう映ったのか。

【ライト方向が圧倒的に多い理由】

── 大谷選手がホームランを放った打球方向について、何か特徴はありましたか。

伊勢 54本塁打の打球方向を調べたところ、次のような結果が出ました。レフト方向3本、左中間方向7本、センター方向9本、右中間方向11本、ライト方向24本。印象的なのは、9月19日のマリーンズ戦の50号。大谷はナックルカーブに対して、引っ張らずにレフトスタンドに放り込みましたが、あれは意図してレフト方向に運んだ打球だと思います。ただ流し打ったのではなく、ポイントをギリギリまで引きつけ強く叩いた結果、逆方向に飛んでいった打球でした。ちなみに、打たれたマイク・バウマンは今季からヤクルトでプレーします。

── 打球方向を見ると、ライトが圧倒的に多いです。

伊勢 アウトコースでもライトスタンドに持っていきますからね。すごいのは外角低めにも関わらず、ライトポール近くに運んだ打球を打ったことです。たとえばヤクルトの村上などはコースに逆らわず、レフト方向に打って数を稼いでいますが、大谷は意識が違うように思います。

── 大谷選手は引っ張る意識が強いということですか。

伊勢 それは違います。レフトとかライトとか方向を意識せず、強く叩いて遠くへ飛ばすことに集中している気がします。極端に言えば、ヒットではなくホームランを意識しているような......。もちろんチームスポーツですので、全打席ホームランを狙っているわけではないでしょうが、ヒットゾーンに落とすといった意識は薄いと思います。

 たとえばイチローがグラウンドいっぱいを使って広角に打ち分けていたのに対し、大谷はスタンドを意識してスイングしている。それがドンピシャのタイミングだとセンターに飛ぶし、ヘッドの返りが早ければライトに、逆に遅れれば左中間からレフト方向に行く。いずれにしても強く叩くことを最優先して、いかにタイミングを合わせて、自分のポイントで打つか。それがうまくいっているから54本ものホームランを打てたのだと思います。

【二刀流解禁の影響は?】

── 一方で、4月5日のカブス戦の第2号は、低めのチェンジアップを右手一本でライトポール際まで運びました。

伊勢 体勢を崩されても右手一本で運ぶあたり、常に「強く叩く」という意識があるから、あそこまで飛んだのです。あのホームランはうまさが光った当たりでしたね。

── 54本打てたのは、決して出来すぎというわけではない?

伊勢 はい。パワーと技術、そして意識が合わさって、54本ものホームランが可能になりました。ただ今シーズンは投手として試合に出ることになるので、どこまで集中して打席に入れるか。それだけに"読み"の部分を深めることで、"二刀流"でも昨シーズンに匹敵する数字を残すのではないでしょうか。

── 今後、さらにホームランを量産する可能性はありますか?

伊勢 もちろんあります。たとえば、さっき言ったように読みです。試合中、ベンチでタブレットを見る姿をよく見かけますが、自分のスイングをチェックする目的もありますが、相手投手の配球傾向を確認しているのではないでしょうか。聞くところによると、大谷はロッカールームでも常にタブレットを見て、相手投手を研究しているそうです。読みが当たってくるとボールを絞れますので、よりホームランの確率は上がると思います。60本は軽くクリアしますよ。配球を読むことで、打球方向にも変化が出るかもしれないですね。

── 二刀流でプレーして、バッティングに影響することがあるとすればどんなことですか。

伊勢 ピッチャーの練習調整を考慮したら、バッティングの練習量が減ってしまうかもしれない。そうなった時に、どう対処していくかでしょうね。大谷のことだから、当然対策は練っているでしょうが、やはり気になるのは疲労です。しっかり食べて、しっかり睡眠をとる。それしかありません。もともと大谷はしっかり睡眠をとる選手ですから、心配ないとは思いますが......。ただ彼は、そうした大変さを楽しんでいる気がします。乗り越える壁が高ければ高いほど、意気に感じるタイプ。それだけにケガだけには気をつけてほしいですね。


伊勢孝夫(いせ・たかお)/1944年12月18日、兵庫県出身。63年に近鉄に投手として入団し、66年に野手に転向した。現役時代は勝負強い打撃で「伊勢大明神」と呼ばれ、近鉄、ヤクルトで活躍。現役引退後はヤクルトで野村克也監督の下、打撃コーチを務め、92、93、95年と3度の優勝に貢献。その後、近鉄や巨人でもリーグを制覇し優勝請負人の異名をとるなど、半世紀にわたりプロ野球に人生を捧げた伝説の名コーチ。現在はプロ野球解説者として活躍する傍ら、大阪観光大学の特別アドバイザーを務めるなど、指導者としても活躍している

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