
『アンジェントルメン』と『アマチュア』
現在、ハリウッドの2本のスパイ映画が日本で公開されている。1本は、ガイ・リッチー監督×ジェリー・ブラッカイマー製作の『アンジェントルメン』。もう1本はラミ・マレック主演の『アマチュア』で、いずれもスパイ映画としてはやや変化球だ。
まず『アンジェントルメン』は、第2次大戦中の実話がベース。チャーチル英首相の下で結成され、MI6(英国秘密情報部)の前身といわれる非公式の特殊部隊SOEのミッションを描く。機密解除された英国陸軍省のファイルに実際に記されている部隊で、007シリーズの原作者イアン・フレミングも所属していた(映画にも登場する)。近年は純粋な諜報活動を扱ったスパイ映画が少ないので、その意味では貴重だ。
ガイ・リッチーは過去にも、スパイ・アクションの佳作『コードネーム U.N.C.L.E.』(往年のテレビドラマ「0011ナポレオン・ソロ」のリメーク)を撮っていて、シリーズ化をもくろんでいたが現在まで実現していない。特別なスキルを持つ寄せ集めチームを描いた『アンジェントルメン』は、その雪辱を期した実話版、あるいは第2次大戦版といえるだろう。ちなみに、007と並ぶスパイ映画の2大シリーズ『ミッション:インポッシブル』は、映画こそトム・クルーズの独壇場だが、オリジナルのテレビシリーズ「スパイ大作戦」は『アンジェントルメン』同様にチームプレーが見どころだった。
もう1本の『アマチュア』は、CIA(米国中央情報局)に所属する分析官が主人公。エージェント(工作員)ではなく内勤というところが変化球だ。つまり肉体よりも頭脳が武器で、殺人に関しては“アマチュア”なのだ。ハリソン・フォードらが映画で演じてきた有名なジャック・ライアンもCIAの分析官という設定だが、彼の場合は現場に派遣されたり、自ら飛び出していく高い行動力によってスパイ・アクションを成立させていた。
『アマチュア』は、テロ事件で妻を殺された男の復讐劇がメインだが、そこに上司の不正の内部告発を絡めている。監督を務めたのは、ドラマ「窓際のスパイ」で注目されたジェームズ・ホーズ。こちらはイギリスのMI5(保安局)が舞台になっている。ジェームズ・ボンドの所属するMI6が国外で諜報活動を行うのに対し、MI5は国内の治安維持を目的とした組織だ。
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2大シリーズの行方

そんな2本の異色スパイ映画を経て、いよいよ5月23日から真打ちとなる『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』が公開されるわけだが、そこへ行く前に、スパイ映画について簡単におさらいしておきたい。スパイ映画は、1930年代のイギリス映画でヒッチコックやキャロル・リードによって花開いた。007シリーズは、その流れの中から60年代に生み出されるのだ。全盛期は、その60年代。一時下火になるものの90年代半ばに、ピアース・ブロスナンの5代目ジェームズ・ボンドや『ミッション:インポッシブル』の登場によって復活を遂げた。
スパイ映画は、戦中から戦後はナチス・ドイツ、冷戦期にはソ連が敵となるなど世界情勢が色濃く反映され、多様性をはじめ価値観の変化にも敏感な映画ジャンルだ。その意味で、『アマチュア』のマッチョとは真逆の主人公チャーリー・ヘラーは今の時代を映すキャラクターで、シリーズ化の可能性は十分にある。そもそもスパイ映画はシリーズ化されやすいジャンルなのだ。エージェントという肉体的にも頭脳面でも秀でた主人公とその仲間の活躍(「ルパン三世」は泥棒一味だが、イメージはあの感じ)を描くだけに、1作目がヒットすれば観客も製作サイドも続きが見たくなる。スパイ映画は主に冒険アクション系とシリアス系に大別できるが、特に前者でその傾向が強く、『ミッション:インポッシブル』と007のほかにも、『ボーン・アイデンティティー』『キングスマン』『オースティン・パワーズ』などがシリーズ化されている。
それでは、いよいよ『ミッション:インポッシブル』の最新作『ファイナル・レコニング』だが、そもそもは『デッド・レコニング PART TWO』という副題で昨年の夏に公開されるはずだったことからも分かるように、シリーズ8作目にして初となる前作の完全な続編。前作では、謎のAI・エンティティを巡って文字通りそのカギを握る“二重の鍵”の争奪戦が繰り広げられた。結局、イーサン・ハント(トム・クルーズ)は鍵を2つとも手に入れたものの、潜水艦もろとも海に沈んだエンティティの場所を知るのは因縁の敵ガブリエルだけ、というところで終わった。ロシアの潜水艦から始まってクライマックスがオリエント急行というのは、まるで007史上の最高傑作とされる『ロシアより愛をこめて』へのオマージュに思えてならない。
シリーズは今作をもって完結するといううわさもあるが、トム自身はまだまだ続編に意欲を示しているらしい。対する007も、ダニエル・クレイグの6代目ボンドが5作で完結した後、新たなボンド役がなかなか発表されず、じらされている状況が続いている。いずれにせよ、今後もこの2大シリーズがスパイ映画を引っ張っていくことは間違いない。
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(外山真也)