伊東四朗が明かした引退の理由「眼、耳、脳、腰、膝…すべてが急速に退化」

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2026年10月01日 13:05  日刊スポーツ

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伊東四朗(2026年7月撮影)

喜劇役者として活躍し、タレント、ラジオのパーソナリティーとしても活動する伊東四朗(89)が、引退することを発表した。1日、所属事務所のオルテ企画と文化放送が書面で発表した。


近年は俳優としての活動も平行しながら、同局「親父・熱愛(パッション)」(土曜午後3時)への出演を中心にラジオ・パーソナリティーの仕事を続けてきた。来年6月に90歳の誕生日を迎えることで、芸能活動に終止符を打つことを決断した。


伊東は「昭和31年、高校卒業の時、希望に燃えて受けた就職試験、すべてに落っこちて失意の中、かすかに手招きしてくれた芸能界に入れて貰い何とか69年。来年の6月15日をもって90歳、いわゆる卒寿を迎えます」とし「突然ですが、卒寿をもちまして引退をさせていただきます。いい爺ィになりました。えッ? 未練たっぷりに見える? それがですね。『眼、耳、脳、腰、膝…』すべてが急速に退化。ドラマ撮影ではスタッフ、キャストに迷惑をかけることに…。これからは、観させていただき、聴かせていただきます」とコメントを発表した。


伊東の番組出演は来年6月12日が最後となる。これに伴い、番組も同日で終了する。1997年(平9)4月にフリーアナウンサーの吉田照美との共演でスタートした番組も30年の長寿番組となる。アシスタントを務める同局水谷加奈アナウンサーと3人で金字塔を打ち立てて最後を迎える。


驚異的な記憶力の持ち主で、89歳を迎えた今も生放送でリスナーを驚かせている。9月19日の放送では「自分でも、私はつくづく変な人だと思うけど、いまだに高校時代のクラスメートの出席簿をソラで言える。青木、海野、金子…。年をとって忘れることも多くなったけど、日本史の先生が毎日出欠をとって読み上げる名前は今も頭に入っている」と明かした。


「役者として記憶力は大事な商売道具」。円周率も1000桁まで暗記し、近代五輪の開催年と開催国、世界の国名など訓練して頭にたたき込んできた。


伊東は、1958年(昭33)軽演劇一座「笑う仲間」で喜劇役者としてのキャリアをスタート。3年後の1961年(昭36)フランス座にいた三波伸介さん、戸塚睦夫さんと「ぐうたらトリオ」を結成。翌年に「てんぷくトリオ」に改名してテレビ出演するようになり、昭和のお笑い界をリードしてきた。コメディアンとしての地位を固め、76年にはテレビ朝日系「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」でブレーク。番組で熱演した「電線音頭」は社会現象にもなった。


俳優としてテレビドラマ、映画出演でも引っ張りだことなった。NHK連続テレビ小説「おしん」、TBS系「十津川警部シリーズ」、テレビ朝日系「おかしな刑事」をはじめ、高視聴率作品で重要な役どころをになってきた。


◆伊東四朗(いとう・しろう)1937年(昭12)6月15日、東京・下谷(現台東区)生まれ。58年に劇団「笑う仲間」研究生。59年「石井均一座」。61年に三波伸介、戸塚睦夫とぐうたらトリオ結成。62年てんぷくトリオに改名。69年NHK大河「天と地と」。73年に戸塚さんが死去。76〜78年に電線マンでベンジャミン伊東。82年、三波さんが死去。83年NHKテレビ小説「おしん」。94〜99年NHK「コメディーお江戸でござる」。97年に文化放送「親父・熱愛」開始。97〜07年、日本テレビ「伊東家の食卓」。166センチ。血液型O。

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  • もういつ死んでもおかしくない歳よくここまで現役を続けられたもんだ(笑)かなり楽しませて貰ったし後はゆっくり温泉でもね
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