もちろん、結婚したからといって誰もが子どもを持ちたいと思っているわけではない。今は結婚と子どもがセットとは限らないのだ。
ともに仕事をしていこうと言った
「なんだか裏切られたような気持ちなんです」結婚して2年経つアイさん(34歳)はそう言う。3歳年上の彼と2年付き合って結婚したのだが、ふたりとも優先順位は「仕事」だった。
「仕事ばかりしていて会う時間がなかなかとれない。互いの家まで1時間くらいかかるのでいろいろ不都合だったんです。ふたりとも賃貸住宅が更新時期になったので、じゃあ、いっそ一緒に住もう、だったら結婚しちゃおうという感じで結婚しました。ひとり暮らしより経済的ですしね」
付き合っている間に、たまたま子どもの話になったことがある。彼は「子どもがいたら、自分の好きなことなんかできないよな」「家庭のために自分を犠牲にするのは気が進まないんだよね、大人じゃないと言われるけど」などの発言をしていた。
「だからそんなに子ども好きだとは思わなかったし、ふたりとも30代はとにかく仕事を思い切りしたいねという話ばかりしていたんです」
実際に結婚しても、そういう路線でいくものだとアイさんは思っていた。いや、むしろそういう路線が見えていたからこそ、彼となら結婚してもいいと感じたのだ。
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「子どもが欲しい」と言い出した彼
婚姻届を出したその週末、友だちを呼んでカジュアルなレストランを借り、気楽なパーティをした。楽しい時間を過ごして帰宅すると、彼は「こうなったら早く子どもが欲しいな」と言い出した。「はあ? という感じでしたね。彼は『子どもができても仕事に復帰すればいいじゃん』と軽く言う。産休だけじゃ復帰できないの、どれだけ体に負担がかかると思ってるの? と言うと、『うちの親戚、産休だけで復帰したよ』と。
それはスタンダードではありません、だいたい母体をどう思ってるのよと怒ると、『でもさ、結婚したんだから子どもがいないとおかしいよ』って。おかしいって何? あなたか私に原因があって妊娠できなかったらどうするのと言うと、『不妊って女性の問題でしょ』ときた」
今までそこまで詰めて話したことがなかったものの、彼の妊娠や出産へのあまりの知識のなさに、アイさんは愕然とした。
ピルを服用し始めた
初めて見るアイさんの剣幕に彼は恐れをなしたのか、それ以降、あまり子どものことは口にしなくなった。忙しい日常を送りながらも彼は黙って率先して家事をこなす。ときにはアイさんに「オレ、今日、弁当だから作っておいたよ」とさりげなく弁当を持たせてくれることもあった。「彼とのリズムが合ってきたというか、ふたりで新しい日常を作っている感じがありました。それでも妊娠しやすい時期は、仕事が忙しいと言って夜は避けていたんです。実際、結婚して1年後には、大きな仕事を任されて張り切っていたんです。そんなとき、『そろそろ本気で子どもを作ろうよ』と言いだして。
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アイさんは彼に黙ってピルを飲み始めた。だが1年経った今、このままでいいのだろうかと思い始めた。彼は37歳、そろそろ40の声が聞こえてきている。
「私が子どもを欲しくないなら、離婚したほうがいいんじゃないかと思えてきて。黙ってピルを飲んでいることを知ったら彼はきっと悲しみますよね。ピルのおかげで私は生理も楽になって、仕事も私生活も充実していますが、彼にとっては果たしてこれでいいのかどうか」
私は「今の生活が最高」だけど
あとで知られたら、彼のほうも「裏切られた」と思うだろう。どうしても子どもが欲しい夫と、いらないと思っている妻であれば、別々の人生を歩んだほうがいいはずだ。「ただ、私にとっては今の生活が最高なんですよね。彼は妊娠について、少し勉強したみたいで、『とりあえず一緒に病院に行ってみない?』とまで言い出しています。『できるものなら欲しいし、できないならこのままの生活でいい。不妊治療までしようとは言わない』と言うんですが、だったら病院に行く必要もないと私は思う。
『可能性を知りたいだけ』という彼を、どこまでごまかせるかなと考えて、そう考えることに自己嫌悪を覚えています」
どこまで腹を割って話せるのか、ピルを服用していることを言うべきか。アイさんの迷いはまだしばらく続きそうだ。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。
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