ニュースサイトを見ていると、国や専門家が分析した「日本の出生率低下の理由」がまとめられた文章を目にすることがある。
恋愛のコスパが悪いとか、コロナがあったからだとか、景気が悪いからだとか書かれているのだが、当事者である私たちの中に、その理由がピンと来ているという人はどれくらいいるのだろうか。
産むのが怖いのか産みたくないのか、よく分からないけどモヤモヤする。そんな時に見つけた、脅威深いタイトルの小説。ページをめくっていくと、そこにあったのは「産める状態にある私たちの葛藤」だった。
【この本を読んで分かること】
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・産むも産まないも、決めることは難しい ・産めない男性の悩み、産める女性の悩み ・モヤモヤの先にあるいくつかの人生
■「産めるのに、産まない」を決めきることの難しさ
たとえば、なんとなく将来に不安を感じる人は多いのではないかと思う。まだ産める歳ではあるけれど、産めば一変してしまう生活。欲しくないわけでもないけれど、喉から手が出るほど欲しいのかは分からない。だけど産めば責任を持って育てていくことになるので、その覚悟が持ちきれない……周囲の友人たちからも、そんな愚痴とも取れない吐露を受ける時がある。
『私、産まなくていいですか(甘糖りりこ著・講談社文庫)』を手に取った時、完全に産まないことを選択している人の話なのだろうと思った。悟りを開いて道を決めている人の意見を聞くと変わることもあるかと思い読み始めたが、そこには予想とは全く違う方向の共感の海が広がっていた。
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第一話・独身夫婦では、絵に描いたようにおしゃれな独身夫婦の生活が描かれる。子どもを産まないことを決めていた二人だけど、ある時ふと夫が「子どもがいる人生」に後ろ髪を引かれるようになり、二人の暮らしは一変してしまう。
まず、このストーリーには私たちがモヤモヤする理由が詰まっていた。そう、今は欲しくないと思っても、今後欲しくなるかもしれない。子持ちの友人からは「子どもを産めば変わるよ」と言われ、そう聞くとたしかに、先のことなど誰にも分からないので、その可能性はあるよなとも思える。
だからこそ難しいのだ。いつ欲しくなるかは分からないけれど、身体にはタイムリミットがある。なんて不便な話なんだとも思うが、こればかりは仕方がない。
■「産む、産まない」は女性だけのテーマではない
第一話に描かれていたのは、このジレンマにモヤモヤするのは女性だけとは限らないこと。男性も、自分が産めない身体だからこそ、モヤモヤする部分があるのかもしれない。しかも男性であれば、女性よりもタイムリミットが長い。人生の後の方になっても、若いパートナーを見つければ自分の子どもを持てる可能性は高い。
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だけど、可能性が広いのも難しい。仮に結婚した後に子どもが欲しくなったとして、一度結婚した人とお別れして、若いパートナーを見つけることは簡単だとは限らないし、行動にもかなり勇気がいる。だからこそ、産めるのに産まないという決断をする女性も、産めないけれど可能性を探すことができる男性も、子どもを持つかどうかを30代のうちに決めるのは難しい。
「子どもというのはとりあえずというわけにいかない」と考えてしまうのは、私たちの真面目さゆえのことなのではないかと思う。毒親だとか離婚だとか不倫だとか、そんなテーマが日常的に飛び交うインターネットの海と隣同士の生活を送っている私たちにとって、一番の課題はきっと子どもに生まれたことを後悔させてはいけない」ということだ。
色々なことを知っているからこそ、チャレンジが怖い。子どもを心から「欲しい」と思えている人を羨ましく思う人もいるかもしれないが、第一話の中ではそんな人との衝突も描かれている。
国は必死で出生率のアップを目指し、政策を立てている。子どもを持つかどうかは、自分ごとのようで自分ごととも限らない。ただ本を読み進めながら、私たちの抱えるモヤモヤは、自分だけの思い込みではないのだと思うと、少しだけ心が安らぐ。
■幸せは「産む、産まない」で決まらない
第二話では子どもを持った人が離婚する話、第三話では再婚した人たちが不妊治療にチャレンジする話が描かれる。子どもを持つか持たないか、その選択を決断した人々のストーリーだ。
本を読んでみるともちろん、子どもがいるから幸せ、子どもがいないから不幸せだとかは語りきれないことなのだということが分かる。子どもを産めない年齢になったとしても、犬を飼うのもいいし、先進的な不妊治療だってある。養子を持つという選択肢もある。
要は、これだけある選択肢の中から「自分に最良の選択」を選び抜かなければならないことが難しいのだなあと思った。今は昔より自由になって、子どもを持たないことで指される後ろ指の数は減っているのかもしれない。
だからこそ、本気で「持たない」と決めている人にとっては生きやすい社会になったのかもしれない。だけど、福沢諭吉も“自由は不自由の中にある”と言っていた。本当になんでも選べるとなってしまうと、全てに選択と決断、責任がついて回る。
しかしどの物語の中でも、登場人物たちが必死にもがいている姿には愛おしさを感じた。どんな選択をしても大変なことはあるのかもしれないが、だからこそ私たちは、どんな決断の先にもやるべきことをやれるのではないかと思う。
それと同時に、人同士のつながりの温かさも感じられる登場人物たちの関わり方に、甘糖さんの優しさも感じられた。子どもに関してどんな選択をしたとしても、私たちは一人きりになってしまうわけではない。だからこそ一人ひとり、自分はどうありたいのかは、じっくり考えてみてもいいのだと思う。
やってみないと分からないことは、手前でいくら考えてもきっと分からない。だけど、この本はその先の“一例”を教えてくれている。人生の選択に悩んだ時、人と人のつながりに温かさを思い出したい時に、手に取ってみてほしいと思う。
(ミクニシオリ)
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