インバウンド需要に沸いている日本。観光地はもちろん、大きな都市ではどこに行っても外国人の姿が目に入ってきますが、日本に住み、インフレ&物価高の影響を大きく受けている日本人からすると「日本の何がそんなに良いのか?」と疑問に思ってしまいますよね。
そこで、すこし日本にゆかりのある外国人に「日本の印象」を聞くことで、我々が忘れかけていた日本の素晴らしさに改めて気づくことができるかもしれません。
今回お話を伺ったのは、タイのバンコクに住んでいるナタサック・シタプラディットさん(44歳)。日本へ餅粉を輸出する会社を経営する一方で、日本食に魅了され北海道名物の“あの料理”がメインのレストランを経営しています。
◆日本人の親切心とおもてなしが人生観を変えた
現在の会社はナタサックさんのお父さんが創設したそうです。せんべいや切り餅に加工される餅粉の輸出を行っていて、日本との取り引きがあることから、お父さんは頻繁に日本へ行っていました。ナタサックさん自身も13歳の時、初めて来日。以来、50回以上日本へとやって来ています。
「今ならグーグルマップがありますから、どこに行くにも簡単です。しかし、昔は人に直接聞くしかありませんでした。日本に行くと誰もが親切で、英語がうまく話せないと、目的地まで連れて行ってくれるんです。これには感動しましたね」
お店やレストランに行っても、おもてなしの心を感じたそうです。
「どこに行っても、暖かく笑顔で丁寧に迎えてくれます。日本人のおもてなしの心に出合ってから、私の生き方や考え方は変わりましたね」
あまりに日本人の精神性に影響を受けたせいで、ついお辞儀が癖になってしまっているそうです。
「お辞儀は、日本人の相手に対する尊敬を表す素晴らしい方法だと思います」
◆「どこにもゴミがない!」清潔さに驚き
また、日本に来て驚いたことは、その清潔さだったそうです。
「街を歩いていても公園に行っても、どこにもゴミが見当たらないし、ポイ捨てをする人もいません。タイだとあちらこちらにペットボトルや食べ物の容器が散らばっているのですが……」
大学卒業後、ナタサックさんはお父さんの会社の経営に携わるように。27歳の時には、日本で研修を半年間受けたことがあります。
「父の会社のパートナーである会社さんの工場で、製造工程や品質管理など様々なことを学びました。その工場の清潔さにびっくりしました。ゴミがないのはもちろん、どこもピカピカ。製造を終えた後の徹底した掃除の仕方を見て、その理由に納得しました。決して手を抜かないという気持ちを、みんなが持っているからなんですね」
しかし、最近困っていることが一つあるとナタサックさんは言います。
「ゴミ箱がないんです! 以前は路上や駅、バス停でもゴミ箱がありましたが、今はぜんぜん見ません。だから、ゴミを持ったままウロウロすることがよくあります。不思議なのは、それでも、やはりゴミが全然落ちていないんですよね。日本人の皆さんはどうしているんでしょうか?」
◆“思い出の味”は立ち食いのきつねそば!
日本に何度も来ているナタサックさん。当然、日本料理をいろいろ試していますが、その中のお気に入りはというと……。
「もう好きな料理があり過ぎて選ぶのが難しいんですが、“思い出の味”という意味では、きつねそばです」
きつねそば! 一体、なぜなのでしょう?
「上にのった油揚げの甘くてしょっぱい感じが堪らないんです(笑)。それに七味唐辛子をたっぷりかけます。タイには甘い・しょっぱい・辛いをミックスさせた料理がいろいろあります。だから、私たちの口に合っているんです。研修期間中、駅の立ち食いそばで本当に毎日食べていたので、当時を思い出す懐かしい味なんです」
また、ナタサックさんは居酒屋も大好きだと言います。
「料理はもちろんのこと、あの楽しく生き生きとした雰囲気が良いんです。居酒屋も日本らしいおもてなしの心を体現している場所ですよね。“いらっしゃいませ!”や“ありがとうございました!”と大きな声が飛び交っていて」
◆タイ人の憧れの地・北海道「雪が見てみたい」
2013年に観光目的での日本への渡航にはビザが不要になって以来、タイ人インバウンド客は激増。2019年には約130万人とピークに達しました。コロナ禍で激減したものの、2023年には約100万人まで回復しています。そんなタイ人に人気の場所の一つが北海道。
「常夏のタイでは、当然、雪が降ることはありません。ですから、私たちは雪に対して強い憧れを持っているんです。人工降雪機を備えたスノードームがウリの遊園地もあるくらいです」
ナタサックさんもまた、子供の頃から北海道へ行ってみたいと夢見ていました。
「実際に北海道で雪を見た時は、その美しさに言葉が出ませんでした。ただ、あまりの寒さにホテルの中へすぐ逃げ込んでしまいました(笑)。その後は窓からずっと雪を眺めていました」
また北海道は様々な美味しい名産品や料理で有名。ホッケ、カニ、ホタテ、ウニ、トウモロコシ、味噌ラーメンなどなど。そんな中、ナタサックさんが出合ったのが豚丼でした。
◆豚丼の専門店をタイにオープン
「炭火で焼いた豚肉に独特のソースをかけたその味に魅せられました。同時に“これはタイでウケる!”と直感しました。訪れた店が知人の経営するところだったので、職人さんからタレのレシピなどを教えてもらい、それをタイで再現するべく頑張りました」
現在、バンコクには約2600店の日本食レストランがあり、ラーメンやカレーはもちろん割烹から鰻まで食べることができます。そんな状況の中、ナタサックさんはバンコク市内に豚丼の専門店「Hokkaido Yakidon」を昨年(2024)6月にオープンさせました。ButadonではなくYakidonとしたのは、タイでYakitoriやYakinikuが浸透していて、顧客に分かりやすいと思ったからだそう。アソークというビジネス街にあり、サラリーマンやOLで連日賑わっています。
「日本料理店であふれているバンコクですが、意外にも、豚丼の専門店はなかったんです。もっと豚丼がタイで広まっていくといいなと思っています」
インタビューが終わると、ナタサックさんはお辞儀をして見送ってくれました。日本人の心を理解する彼らしい行動でした。
<取材・文/梅本昌男>
【梅本昌男(海外書き人クラブ)】
バンコク在住のフリーライター。タイを含めた東南アジア各国で取材、JAL機内誌スカイワードやアゴラなどに執筆。観光からビジネス、エンタテインメントまで幅広く網羅する。NHKラジオなどへの出演も行っている。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。