公共の交通機関は、他者と1つの空間を共にすることになる場でもある。そんな公共交通機関で迷惑な人物に遭遇したという経験は誰しもがあることだろう。今回は長距離バスという居場所が固定される空間での迷惑エピソードを紹介してみたい。
語ってくれたのは羽多野琴美さん(仮名・24歳)。羽多野さんによれば、「バスに乗っていて1番怖かった」体験だという。
◆隣の席に座った中年男性が…
「大学生1年生の夏休みに帰省する時のことです。出来るだけ安いルートにしようと思い、実家がある関西地方まで長距離バスで帰ることにしたんです。夜行バスにひとりはちょっと怖かったので、昼便のバスに乗ることしました」
羽多野さんが窓側の席に座っていると、出発時間ギリギリになって隣の席の乗客がやってきた。
「テカテカした素材の真っ青なシャツを着た派手な感じの中年男性でした。バスが動き出すと、『若いね。いくつ?』『仕事は何してるの?』と矢継ぎ早に聞かれました。あまり個人情報を話したくはなかったんですが、圧がすごくて、当時の年齢と学生であることを答えてしまったんです」
◆体臭と混じった香水の匂いが流れてきて…
教えてくれたお礼に、と思ったのかどうかは定かではないが、男性は自分語りを始めた。
「不動産関係の仕事をしていて、あちこちで土地や建物の売買を行っているという話でした。『マンションの売買で数億稼いだ』とか『東京の一等地に土地を持っている』とか。私はつい『お金持ちでも高速バスに乗ったりするんですね』と返してしまったんです。『俺はバスが好きだからね』とのことでしたが……怪しく思ってしまいました」
羽多野さんは、いったん会話から離れたく思い、本を読むことにした。
「そうしたら、今度はその男性は腕を伸ばしてストレッチをしはじめて……その手が私の顔のすぐそばまで来るんです。本を読んでいても視界に入ってくるので気になっていると、『ジム行ってるんだけどさ、筋トレって良いんだよ』といかに筋肉をつける必要があるか説明をはじめたんですが……その男性は小太りで、正直あまり説得力がなくて……」
長く続くストレッチに辟易していると、さらなるアプローチが……。
「今度は『暑いなー』と言いながら、シャツの胸元をパタパタしはじめたんです。いつの間にか第2ボタンまで外していて、胸元から胸毛が覗いていました。たぶん見せたかったんだと思います。体臭と混じった香水のニオイが流れてきて……正直きつかったです」
◆眠っていたら、顔を近づけられており…
男性は再び話しかけてきた。
「『君みたいな可愛い子は危ないよ。こんなに席が近かったら触ろうと思ったら触れちゃうよ。隣が俺みたいなちゃんとした男でよかったね』と言い出して、さらに痴漢にあったことがあるか聞いてくるんです。渋々『ある』と答えたら、どんな感じだったかしつこく聞かれて……」
いつまでも続く不毛なコミュニケーションに辟易した羽多野さんだったが、前日、大学の友人たちと夜中まで鍋パーティをしていたので、話が止んだところで眠気に襲われた。
「どれぐらい寝ていたのか覚えていませんが、『フー、フー』という鼻息で起きたんですが、同時に例の香水のニオイがさっきよりも強くなっていて……。怖くて目を開けられませんでした。明らかに男性が寝ている私の顔のすぐそばまで顔を近づけているんです。顔を背けるのが精一杯でしたが、それでも近づけてくるので、パニックになっていました」
◆アナウンスによって助けられる
泣き出しそうになっていた羽多野さんだったが……
「不意にアナウンスが流れたんです。『中央に座っている青いシャツの方、隣の席の方に接近するのはおやめください』って。通路を挟んだ場所に座っていた女性の乗客が運転手さんに不審な男がいると伝えてくれたんです」
隣の男は席に座り直すと、新聞をめいっぱい広げて読むそぶりをし始めた。
「アナウンスがよほど恥ずかしかったのか、ついには新聞を被って隠れているような感じでした。結局、目的地までそのままで、バス停に着くと、コートの襟を立て、顔を隠して逃げるように降りて行きました」
現在の長距離バスは席が3列で独立していて隣り合わないタイプのものがあったり、深夜バスも異性が隣り合わないように配慮されているなど、トラブルが起きないよう対策が施されている例が多い。とはいえ、妙な人物に遭遇してしまうケースもある。それだけに、もし違和感を覚える相手に出会ったら、ためらわず周囲に助けを求めることが大切だ。
<TEXT/和泉太郎>
【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め