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「もう外国人に頼るのをやめにしよう!」「このままじゃ日本中に“外国人の街”ができて国が乗っ取られるぞ!」――そんな不安の声がネットにあふれている。『北海道ニュースUHB』(2月16日)が報じた内容に、多くの人が衝撃を受けたからだ。
『「もう日本の町じゃない」成長続ける”世界のニセコ”―時給高騰し人集められず…閉鎖する介護事業所も』(2025年2月16日 北海道ニュースUHB)
ご存じのように、北海道のニセコはパウダースノー目当てに世界中から外国人観光客が押し寄せている。今の季節は大にぎわいなのだが、一方で地域住民からすると頭の痛い問題も多い。
例えばこの報道によれば、スーパーで3万円のウニが並び、右も左も外国人という光景に地域住民が「活気があるのはいいけれど、もはや私たちの街ではなくなった」なんて疎外感を味わっているという。
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中でも深刻なのは、ニセコの観光関連の時給が爆上がりしたことで、他の仕事が「人手不足」に陥っていることだ。倶知安町では2024年10月までに訪問介護事業所と認知症対応型の共同生活介護施設の2つの事業所が相次ぎ閉鎖した。他の地域より単価を上げて求人を出しても応募は5年間ゼロだったという。
こういう話を聞くと、「外国人観光客などもう来るな!」とはらわたが煮え繰り返る方も多くいらっしゃるだろう。実際、SNSでは「反観光」を主張する投稿も散見される。
お気持ちはよく分かる。このままでは愛する「日本」の形が変わってしまうのではないかという危機意識も理解できる。
ただ、一方で個人的には「ちょっとマスコミがあおりすぎだなあ」という懸念もある。
●「身に覚えのない罪」まで被せられていることも……
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ニセコだけでなく、富良野、富士山、築地場外市場、浅草、金閣寺などの有名観光スポットに外国人観光客が「集中」しすぎて、地域住民にさまざまな不利益をもたらしているのは事実だ。
が、実はそこで「外国人観光客問題」として取り上げられているものの多くは、もともと日本社会が抱えていた問題や、これまで日本人観光客が引き起こしてきた問題の延長線であることが多い。
「外国人観光客は悪くない」という話ではなく、あれもこれもみんな外国人が悪いという感じで、「身に覚えのない罪」まで被せられているのだ。
分かりやすいのは、先ほどのニセコの介護事業所閉鎖問題だ。ニュースでは、外国人観光客が大挙として押し寄せたことで「賃金格差」が生まれて「従来の地域コミュニティーをゆるがしかねない事態」になったという。要するに、外国人観光客さえ来なければ、今ごろどの介護事業者も職員たちがみんなハッピーで働いているというワケだ。
ただ、これは典型的な「スケープゴート」だ。
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もともと日本の介護ビジネスは大規模化・集約化が進んでおらず、個人経営で従業員10人程度の小規模事業者が圧倒的に多い。そのため低賃金しか払えず、慢性的な人手不足に苦しんでいた。東京商工リサーチによれば、2024年の介護事業者(老人福祉・介護事業)の倒産は過去最多の172件(前年比40.9%増)。その大多数は個人経営で、従業員は10人未満だ。
倶知安町で2つの事業者が閉鎖した当時の北海道新聞を確認すると、ヘルパー数はそれぞれ5人と4人。しかも、働いているヘルパー側の高齢化も進んでいたという。
●外国人を「悪役」に仕立てるのが好きなマスコミ
冒頭の報道では、あたかも外国人観光客が大挙して押し寄せたせいで、順風満帆だった介護事業所が閉鎖に追い込まれたような「印象」を与えている。しかし実際のところ、閉鎖の大きな理由は、日本がずっと放置してきた「地域の高齢化による若者不足」「介護職の低賃金重労働」だ。
仮にニセコ町に外国人観光客があまり来ないで、日本のどこにでもある過疎化が進むのんびりとした町であっても、遅かれ早かれこの2つの事業所は閉鎖に追い込まれていたはずだ。厳しいが、これが毎年、和歌山県の人口に匹敵する約90万人が減少している日本の現実なのだ。
こういう形でもともと存在している社会問題のスケープゴートとして、外国人観光客を扱うことが実はマスコミは大好きだ。
昨今は、日本人が偏向報道の被害を受けたらすぐにBPOに申し立てることができる。一方で外国人観光客はBPOの存在すら知らないし、すぐに本国に帰るので、隠し撮りされようが、街頭インタビューをどう切り取られようが、文句を言ってくる人はほとんどいない。
つまり、ほぼリスクなしで視聴者や読者の溜飲(りゅういん)を下げる「悪役」に仕立てやすいのだ。そんなスケープゴートの代表的なものが、観光地のゴミのポイ捨てや騒音問題だ。
●マナーの悪さに国籍は関係ない
テレビで外国人観光客の迷惑行為やゴミのポイ捨ての映像がよく流れているので、この問題は「外国人観光客」、特に「民度」に影響されるものだと思っている人も多いだろう。
だが、実は国籍は関係ない。マナーの良い中国人観光客もいれば、マナーの悪い日本人観光客もいるものだ。しかも、後者に関しては身内びいきで目をそらしがちだが、石を投げれば当たるほど世にあふれている。
その不都合な真実が浮かび上がったのが「コロナ禍」だ。忘れている人も多いだろうが、この時期、日本の観光地ではゴミや騒音問題が多く発生していた。
・『「制限なくなってモラルまで…」大型連休終わり海岸には“大量のゴミ”が…』(日テレNEWS NNN 2022年5月9日)
・『コロナで条例違反BBQが激増した村!今年も続々現れる違反者...注意されてもゴミを放置して帰る不届き者も』(MBSニュース 2021年8月17日)
筆者自身も、神奈川の某海岸でバーベキューを楽しんだ人々が、食べかけのゴミやワインなどの酒瓶、バーベキューコンロ、さらにはキャンプチェアなどを放置したまま、逃げるように走り去っていく驚きの光景を目撃したことがある。
言うまでもなくこの時期、日本国内には「外国人観光客」なる人々はいない。新型コロナウイルス感染防止のため、入国制限がなされていたからだ。つまり、日本全国の観光地で発生していたゴミ放置や悪質マナー違反は、日本人自身が引き起こしていたものだった。
今、ニセコで問題になっているようなことをマスコミは「外国人観光客=加害者、日本人=被害者」という分かりやすい構図で語っているが、外国人観光客が押し寄せる前に長く観光地を荒らしてきた「日本人観光客問題」を放置してきたツケがまわってきている面もあるのだ。
●かつて「世界を荒らすニューバーバリアン」と呼ばれた日本人
日本にも「旅の恥をかき捨て」という言葉があるように、昔から不届き者の観光客は問題になっていた。高度経済成長期は特にひどく、観光地の乱開発や自然破壊が問題になった。
バブル期になると、その問題がそのまま世界へ「輸出」される。当時の日本人は金にものをいわせて、世界中の観光地をわがもの顔で歩きまわって、ブランドやその土地のグルメを爆買いした。
その暴れっぷりから、米国の週刊誌『TIME』は日本人を「世界を荒らすニューバーバリアン」と評して特集を組んだ。自然保護のため立ち入り禁止となっている場所にズカズカ入って記念写真を撮り、欧州ではミサ中の教会でフラッシュ撮影してヒンシュクを買った。観光地での土地や建物の買い占めも激しく、ハワイの議会では「このままでは日本にワイキキが乗っ取られる」と日本人対策が真剣に議論された。
今、われわれが中国人観光客に対して顔をしかめていることのほとんどは、かつて自分たちが通ってきたことばかりなのだ。
繰り返しになるが、「だから外国人観光客は悪くない」などと言っているわけではない。自分たちがこれまで手を付けてこなかった問題まで、反論する機会も手段もない「外国人観光客」にだけ押し付けて、全ての災いの元のように悪印象を広めているのが、「報道機関」としてフェアではないといっているのだ。
なぜ外国人観光客への報道がフェアでないといけないのかというと、マスコミ、特に映像メディアが大衆を煽動する力があることは、ナチスドイツが証明しているからだ。つまり、偏った「外国人観光客問題」報道は、ピュアな視聴者や読者に「外国人観光客さえいなくなれば問題は解決だろ」と社会問題を単純化させて「憎悪」を煽(あお)ってしまうのである。
分かりやすいのは、スペインだ。
●「反ツーリズム」運動が盛り上がっているスペイン
今、かの国では「反ツーリズム」(反観光)運動が盛り上がっている。バルセロナなどの有名観光地では地域住民が抗議デモなどを行い、人気観光エリアで食事中の観光客に水鉄砲で水をかけたり、「観光客は帰れ」と叫んだりする人もいる。
・『観光客に水鉄砲で水を浴びせ……バルセロナ市民がマス・ツーリズムに抗議』(BBCニュース 2024年7月9日)
なぜこんなにも外国人観光客への憎悪が高まっているのか。ポイ捨てやマナーがけしからんという次元の話ではなく、根底には「なぜわれわれがこんなに貧しい生活を強いられなくてはいけないのだ」という強烈な怒りがあり、この苦境を引き起こしたのが「観光」とされているのだ。
「スペインのホームレスは2012年以降で24%増えて2万8000人に達したことが政府統計で分かる。スペイン銀行(中央銀行)のリポートによると、賃貸住宅に住む人の約45%は貧困に陥るか社会から疎外されるリスクがあり、この比率は欧州で最も高い」
もちろん、都市部では多くの外国人観光客が押し寄せて家賃が上昇しているなどの問題もあるが、そもそもスペインでは貧困、移民など社会問題が山積している。
スペイン経済は観光が支えている面もあるので、外国人観光客を追い出しても何の解決にもならないどころか事態は悪化する可能性が高い。しかし、それでも人々は「外国人観光客」への憎悪を向けずにはいられないのである。
これは日本も同じだ。経済の低迷が長期化して多くの人が「貧しさ」を実感している。一方で、ニセコのような観光地では楽しそうな諸外国の人々があふれ、3万円のウニや1万円の海鮮丼を頬張っている。憎悪を向けるなというほうが無理な話だ。
今回のような「外国人観光客によって街が壊れた」報道をトリガーに、スペインのような大規模な外国人観光客排斥運動が起きてしまうのではないかと懸念している。
「外国人観光客の安全なんかより、日本人の生活や安全を守ることを優先すべきだろ」というお叱りもあるだろう。ただ、日本人の生活や安全を守ることを真剣に考えると、やはりこのような動きはよろしくない。
●日本経済を支えている観光産業
まず、これをなかなか認めたくない人が多いが、既に「観光」は日本経済にとってなくてはならない基幹産業になっている。
・『訪日客消費、年7兆円に拡大 自動車に次ぐ「輸出産業」に』(日本経済新聞 2024年6月25日)
10年前、こういう話をすると「いや、日本はものづくりで復活だ」とか「これからはロボットだ」とか笑われたものだが、この10年で訪日客消費は年換算で10倍に成長した。ここまで安定的に成長している産業は他にない。フランスやタイという観光大国を見れば分かるだろうが、地震やパンデミックがあって落ち込むことがあっても、しばらくすれば回復して、安定的に成長しているのが観光産業なのだ。
この観光産業が日本経済を支えていることが如実にあらわれているのが、2024年の訪日外国人旅行消費額だ。観光庁によれば過去最高の8.1兆円(速報値)、訪日外国人観光客数が過去最多となった10〜12月期だけでも2.3兆円に達する。
内需が7割を占める日本経済にとって、このインバウンド消費がどれほど貢献したのかが分かるのが、内閣府が2月17日発表した2024年10〜12月期の国内総生産(GDP)速報値だ。
物価変動の影響を除いた実質GDPで前期比0.7%増、年率換算で2.8%増。プラス成長は3四半期連続である。
よく「GDPがプラスになっても景気が回復した気が全くしない」という声を聞くが当然だ。個人消費はずっと冷え込んだままだ。にもかかわらず、GDPが多少上向いてきたのは、訪日外国人観光客がコロナ前の水準を上回って、観光地で景気良くカネを落としていることが大きい。
外国人観光客を日本から追い出せば、このカネはごそっと消える。個人消費の冷え込んだ日本人では地方経済は支えられない。コロナ禍のように、サービス業の廃業や失業が急増する。
だからこそニセコのオーバーツーリズムのような問題を放置してはいけない。本連載でも繰り返し述べているが、観光の一極集中は、国や自治体が主導して「ゾーニング」などで解決していく。新たな観光地や観光ルートを整備し、集客することで「外国人観光客の分散」を図るのだ。
ニセコや京都のように「右も左も外国人観光客だらけ」の場所がある一方、外国人観光客がそれほど来ていないけれど、ポテンシャルのある観光地に誘導することで、地域経済を活性化させる。
●日本人の「安全」につながる場合も
また、外国人観光客を迎え入れていったほうが、日本人の「安全」にもつながる。観光税などをしっかりと徴収し、ゴミやマナー問題などの対策費用に当てたり、違法行為や犯罪を取り締まる人員を確保し、不良外国人観光客へのペナルティーを含む法整備を進めることができる。
「外国人観光客は帰れ!」と叫び、排除を強めるだけでは、観光税も取れない。「外国人観光客」の存在を認めないことには、取り締まりの体制をつくることもできないし、違法行為などの法整備もできない。
問題を否定・排除するだけでは、その問題の解決策は生まれないものなのだ。
外国人が日本の土地をわが物顔で闊歩(かっぽ)することに、腹立たしさを感じる人が多いのも理解できる。有名観光地ではさまざまな問題が噴出しているのも事実だ。
しかし、ちょっと冷静になって「でも、それって本当に外国人観光客だけが悪いのか?」と立ち止まってみることも重要なのではないか。
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