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「貧乏人は何を食えばいいんだ」――。ニューヨークのいたるところでため息が聞こえる。米国では卵の価格が天井知らずの上昇を続けている。2月12日に発表された1月の米消費者物価指数(CPI)によると、前月比で15.2%、前年同期比で53%と猛烈な値上がりだ。鳥インフルエンザが全米で猛威をふるい、卵の出荷が激減しているためだ。2月に入りニューヨーク市内でも鳥インフルエンザが発生し、卵と鶏肉の出荷が全面的に中止され、値上がりが止まらない。消費者の感覚では卵は1ダース10ドル(約1540円)で買うものとなり、もはや庶民の食べ物ではなくなってしまった。
1ダース10ドル(1540円)は当たり前 品薄で売り場になし
1月のCPIで卵の価格は統計を取り始めて以来の最高値を更新した。全国平均であるため価格は低いようにみえる4ドル95セント(約762円)だが、2年前に記録した最高値を上回った。米国でも卵は「価格の優等生」といわれ、広く多くの国民のたんぱく質源であることから、CPIの数字は大きな衝撃を与えている。
米農務省とコーネル大学による調査によると、ニューヨーク州内の平均価格は2月5日時点で7ドル67セント(約1181円)。前年同期比で136%増と、2.5倍に迫る異常な上昇だ。
ニューヨーク市内では8ドル(約1232円)越えは常識的となり、10ドルを超えた店もある。品不足から卵の棚に商品がない光景は見慣れたものとなった。
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こうした状況に輪をかけたのが、ニューヨーク市とその周辺地区での卵と鶏肉の取引停止だ。ニューヨーク市内で鳥インフルエンザ感染例7件が見つかったことから、ニューヨーク州のホークル知事は2月7〜14日まで、ニューヨーク市内などでの卵と鶏肉の取引停止を命じた。この間に養鶏場などの消毒をして鳥インフルエンザの感染拡大を防ぐ計画だ。
しかし、ニューヨーク市周辺の池や湖では渡り鳥のガンやガチョウが鳥インフルエンザで死んでいるのが見つかっている。1度の消毒で感染を完全に止めることは難しいとみられており、今後も取引停止が断続的に続く恐れがある。
ニューヨークでの食肉価格の相場観は、最も高いのが牛肉、次いで豚肉、最も安いのが鶏肉だ。鶏肉はモモやムネなど正肉も手ごろな価格だが、レバーや砂肝、ハツなど内臓系の肉は大きめのパックで3ドル(約462円)台で購入することができ、節約生活を余儀なくされている庶民には強い味方だ。
米国では宗教によって食べ物が制限されている市民は多い。ニューヨークにも多いユダヤ教徒は、豚肉は一切口にしない。鶏肉が高騰を始めたとしたら、食生活は一気に苦しくなりかねない。
苦悩の外食産業は「卵サーチャージ」を導入 値上げできないサンドイッチも
卵価格の高騰で、外食産業は行き詰まっている。卵は安価なメニューの中心食材となっており、安易に値上げができないからだ。
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ニューヨークに店舗はないがジョージア州に本社がある南部料理のレストランチェーン「ワッフルハウス」は、卵の価格高騰でメニュー価格の見直しを検討した。店名の通り、ワッフルが売り物のこのチェーンは、朝食メニューの人気が高く、価格を抑えないと客足は遠のく。そこで導入したのが航空会社の「燃油サーチャージ」ならぬ「卵サーチャージ」だ。卵1個あたり50セント(約77円)の「サーチャージ」をメニューに上乗せする。卵を2つ使うメニューなら通常価格より1ドル高くなる。
「ワッフルハウス」は全米で2000店以上を展開し、年間で約2億7000万個の卵を客に提供している。顧客にはあくまで一時的な措置であることをアピールしなければならず、メニューの価格を書き直すことはせず、メニューのページに「サーチャージ」のお知らせを記したシールをはっている。
「卵サーチャージ」は「ダイナー」と呼ばれる個人経営の大衆食堂にも広がり、1月中旬以降、卵1個あたり30セント(約46円)を上乗せするケースがみられるようになった。レストランの場合、この程度の価格上乗せなら、ぎりぎりの線で消費者の理解を得られているようだが、ニューヨーク市内にある「ボデガ」と呼ばれる持ち帰り専門の小規模店ではそうはいかない。
「ボデガ」は食品から生活用品まで何でもそろう小売店で、日本のコンビニエンスストアのような存在だ。店でサンドイッチなどを手作りしてくれるため、市民は毎日のように足を運び、多くの労働者はここで朝食を調達する。
最も人気のある朝食メニューは卵とベーコン、チーズを丸いパンではさんだサンドイッチで、卵価格の急速な値上がりの影響をもろに受けている。
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これまでのインフレの影響で、ブルックリンやクイーンズの貧しい地域でも、この朝食サンドイッチの価格は5〜6ドル(770〜924円)にまで上がっている。チキンオーバーライスなど他のメニューはともかく、このサンドイッチについては、50セントでも値上げしたら客は購入しなくなる、と経営者は苦悩の表情を浮かべている。
労働者側は、このサンドイッチを朝食として半分だけ食べ、残りは昼食用に取っておくという涙ぐましい節約をしている。店側はそれを知っているだけに、値上げができないという。
2022年からの流行で飼育数が急減 供給基準に戻すには長い時間必要
米国では鳥インフルエンザの流行は2022年から始まった。この数カ月、状況は一段と悪化しており、1月に殺処分された鶏は全米で1400万羽にのぼり、前月の1320万羽を上回った。これまでの殺処分により、1月初旬時点で全米の養鶏場で飼育されている鶏の数は約3億羽にまで減った。
鶏肉や卵を適正な価格で供給するには、その国の1人に1羽の鶏が必要だとされている。人口約3億4000万人の米国には約3億4000万羽の鶏が必要であるにもかかわらず、まったく足りない。現時点で鳥インフルエンザが終息したとしても、適正な飼育数に戻すのは1年以上かかるとみられている。
大統領選でトランプ陣営は、バイデン政権の物価高への無策を厳しく非難した。トランプ大統領は選挙戦で「就任初日に物価を下げる対策を講じる」と何度も繰り返していたが、ほとんど何もやっていない。そればかりか外国に関税をかけてさらなる物価高を招こうとしている。そして今度は、民主党が鳥インフルエンザを政治的な攻撃の材料にしている。
政治家があてにならないことを、改めて自覚する米国市民は多い。
(文=言問通)