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2025年03月09日 12:10 ニコニコニュース
限定公開( 22 )
「ボカロ好きな人って陰キャが多いイメージなんですが皆さんのところではどうですか?」
とあるインターネット掲示板に書き込まれたこの質問。
「そんなことない!」と否定する意見もあれば「たしかにそうかも……」と自信なさげに肯定する意見など多くの反響が寄せられていました。
たしかにボカロ曲はJ-POPに比べると、どちらかと言うとネガティブな歌詞が多い……気がする。そうした歌詞に日陰を好む人々が多く共感しているということだろうか。
しかし、ボカロ曲の歌詞はネガティブだと先入観で決めつけていいものなのか!?
日本のボカロ文化を牽引してきた存在である初音ミクも、今年2025年の夏で誕生から18年を迎える。
新興ジャンルとはいえボカロ曲という音楽も、その中で様々な変遷を辿ってきたハズ。
何事も先入観で語るのは良くない。
本記事では、平成から元号の移行期となる直近約10年間で「ボカロ楽曲における歌詞の内容」がどのように変わってきたかを、計算機科学の視点から牽引してきた関西大学・山西良典教授にお話を伺ってきた。
山西教授は計算機科学を応用して「トレーディングカードゲームにおける『切り札』の戦略の研究」「イラストの眼のハイライト位置に関する数学的な研究」といったエンタメ・ポップカルチャー分野の研究を数理的に分析するエキスパートだ。
ボカロ曲における歌詞の近年の変遷傾向を、一般大衆曲(J-POP)の歌詞との違いについて数理的な根拠をもって語ってもらった。
多くの人々がボカロ曲に対してうっすら感じている「ボカロ曲の歌詞って暗いよね」という印象は単なる先入観に過ぎないのか、ぜひ今回の調査結果を踏まえてアップデートしてみてほしい。
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取材・執筆:曽我美なつめ
編集:トロピカル田畑
話者:関西大学総合情報学部 教授 山西良典
データ作成・分析:関西大学大学院総合情報学研究科 横井優
──山西先生は、エンターテインメントやポップカルチャーにまつわるトピックを研究されていると聞いています。さっそく聞いてしまうのですがボカロ曲って平成から令和で歌詞の変化はあるんですか?
山西:
それがですね……ボカロ曲はJ-POPのような大衆音楽と比べて歌詞で歌われていること、つまりトピックには大きな変化がなく一貫して同じ内容を歌い続けています。
ーーなんと、てっきりボカロジャンルの隆盛にあわせて変化があったのかもしれないと思っていましたが……。
山西:
そうですね。先に結論を言ってしまいましたが、順を追ってお話しますね。ボカロ曲の歌詞における傾向の経年変化や、大衆的な楽曲との歌詞傾向の違いについてお話できればと思います。
まず今日のお話の大前提を説明すると、今回の調査対象は「2024年3月時点における、2003年〜2023年の各年の再生数上位50曲、計550曲」となります。
もちろん楽曲はすべて、VOCALOIDほか音声合成ソフト歌唱版がオリジナルとなるもののみ。つまりAdoさんの「うっせぇわ」などは今回集計対象外となりますね。
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──「うっせぇわ」を対象外にしたとしても……ボカロ曲の歌詞は人のネガティブな面にスポットを当てたものが多い印象を持っています。
山西:
そうした印象は、どの視点からボカロ曲の歌詞を切り取るかで傾向や見え方はやや変わってきますね。
まず今回は550曲のボカロ曲をフレーズ単位に細分化し、約6900件のフレーズでどんな言葉が歌詞によく用いられているかを調査しました。
歌詞内容のラベリングやカテゴリ化には、「BERTopic」や「LLM」といった技術を活用しています。
専門的な話はさておき……それらを使ってボカロ曲で歌われている言葉を細分的に仕分けた際、実はこの10年間ずっと「love」や「愛」をテーマとする曲が一貫して多い、という結果が出ているんです。
──「love」や「愛」ですか?それだけを聴くと、いわゆる巷のラブソングと変わらない気が……。
山西:
ここでポイントなのは、今回の結果に関しては「love」や「愛」にまつわる内容だけをラベリングしており、言葉に含まれる意味合いは考慮されていない点ですね。
「片想いのトキメキ」を歌った曲も「失恋の悲しみ」や「依存的な愛情」を歌った曲も、現状ではすべてここに一本化されているというわけです。
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その上で、先ほど仰って頂いた仮説の部分を見てみましょう。続いて約6900件のフレーズにおける歌詞の「名詞」と「形容詞」を抽出し、それらをポジティブ・ネガティブといった感情分析に当てはめてみました。
例えばポジティブな名詞だと「好き」「正解」「幸せ」、ネガティブな名詞なら「嘘」「嫌」「孤独」という感じですね。
その結果名詞に関しては、2018年以降の令和に入ってからネガティブな言葉の方が明らかに増加しています。
一方で形容詞は期間を通してネガティブなものが多めですが、令和以降はポジティブな言葉の増加傾向も見て取れるんです。
──ということは、ボカロ曲はやはり比較的「ネガティブな愛」に関する楽曲が総じて多い、ということでしょうか。こうして見ると、いわゆるボカロ最盛期と呼ばれる2007〜2008年辺りの時期以降に、それが強く現れているような気がします。
山西:
この現象変化にも当然理由や背景はあって、その点に関しては憶測レベルの話になるんですが。
社会的に起こった大きな事象、例えば2011年の東日本大震災や、2020年以降のコロナ禍なども、この変化感に多少なりとも影響を与えているかもしれません。
あるいはこの10年間で、人間ではなく機械≒ボカロが歌う事が当たり前になり、その点での真新しさがなくなった分、単純にいい曲だけを作っていても評価されにくくなって、刺激的な歌詞やセンセーショナルな内容の方がリスナーの気を引けるようになった、とか。あくまで推測ではあるんですけどね。
──人間の歌を人間ではない存在に歌わせることに意義があった時代から、それが普遍的になったゆえの変化感である、と。確かに直近のボカロ曲の歌詞は、人間のシンガーやアイドルが歌っても違和感のないものも多いですもんね。
山西:
重ねてもう一点興味深い内容としては、同時期から上記のような感情分析には当てはめ辛い「言葉遊び的なフレーズ」も全体的に増加傾向となっているんです。
例えば「アンドロメダアンドロメダ」にある<パルラパルラパルラッタッタラ>、「このふざけた素晴らしき世界は、僕の為にある」にある<ヤンヤヤンヤヤイヤ>などのような歌詞ですね。
アンドロメダアンドロメダ / 初音ミク
【初音ミク】 このふざけた素晴らしき世界は、僕の為にある 【n.k】
──こういった表現はある種「ボカロらしさ」を象徴する歌詞として、一説にはハチ=米津玄師さんの「パンダヒーロー」などが発端という話も聞いたことがあります。実際にボカロ曲全体の傾向として現れ始めたのは、そこから少し先の平成末期なんですね。
思えば最近はこのような、意味をもたない・意味の分からない歌詞も、響きをそのまま楽しむ傾向の方が総じて強いですよね、昔は言葉の意味が通じない海外の曲なんかですと、無理やり日本語を当てる「替え歌」として楽しまれていましたが……。
山西:
ニコニコ動画ではまだまだ替え歌文化も盛んですが、少し前に流行った「猫ミーム」の「Dubidubidu」や、「やりらふぃー」で有名な「Chernobyl 2017」、直近で爆発的に世界中でも流行った「APT.」なんかはまさにそうですよね。
意味不明な言葉の羅列も、かわいらしい声で節をつけられるとなんとなく愛らしいBGMのように感じるのは、ある意味で人間の脳の恐ろしい所かもしれません(笑)。
──重ねてここ10年間の変化感で言えば、ボカロ曲に留まらず音楽自体も総じて1曲の再生時間がどんどん短くなっています。そこに際しての歌詞の変化感、例えば言葉数の減少などの変化はあるんですか?
山西:
その点で行くと、名詞・動詞・形容詞に限定しての話にはなりますが、1曲辺りの単語数自体には実はあまり変化が見られませんでした。
──なるほど。曲が短くなった一方で歌詞の単語数が減っていないということは、楽曲において歌唱以外の部分が削られている、と。イントロがなく冒頭から歌が入る、あるいはギターなどの楽器を用いたソロパートが減少しているという、音楽業界全体の変化感とも合致する結果ですね。
山西:
重ねて単語数の分析でいくと、調査期間10年間の各年人気曲における最頻出単語TOP3もまとめてみました。
明らかに特定の1曲で結果が異常値になっている年もありますが、ここからも少し面白い傾向が見えると思います。
例えば2010年代においては「愛」「今日」「世界」「好き」といったポジティブな単語の方が多く見受けられますが、2020年代突入以降は「痛い」「死ぬ」といったやや強い意味合いのネガティブな単語が散見されます。
そういった点からも、冒頭に紹介した調査結果が垣間見える気がしますね。
──2018年は「アカリがやってきたぞっ」、2021年は「ノンブレス・オブリージュ」、2023年は「よ う こ そ、 シ チ ュ ー う ど ん 銭 湯 へ !!」が異常値の元でしょうか(笑)。
ですが一方で、そういった異常値を叩き出すほど同じ歌詞を繰り返す楽曲が近年は登場し始めている、とも受け取れますね。
山西:
さらに、ボカロ曲と大衆的な楽曲との単語表現の違いを見ると、より興味深い側面が見えてくるでしょう。
ボカロ曲と大衆的なJ-POP曲両方の人気曲を同条件で見てみると、どちらにも「音楽」や「星」、「笑い」「行く」「涙」に関するトピックの歌詞が共通して多いという結果が出ています。
ただしその性質には大きな違いがあり、ボカロ曲はそれらのトピックを用いた「非日常的なテーマ」や「暗い内容」が多く、大衆的な曲は「現実世界の景色などの環境」や「ポジティブな内容」が多いんですね。
重ねてカタカナ語詞の頻出と英語詞の頻出の差異なども、ボカロ曲と大衆曲の表現の違いとしてユニークな点でしょう。
ボカロ曲では先述のような「言葉遊び的なフレーズ」の影響もあり、厳密な意味を持たないカタカナ語の歌詞が非常によく登場するのですが、これはJ-POP詞にはあまり見られない傾向です。
一方のJ-POP詞では英語を交えた歌詞表現が頻出しますが、この表現はボカロ曲の歌詞にはほとんど見られません。
これに関しては、VOCALOIDほか音声合成ソフトが原則として日本語対応の商品ばかりだから、という環境背景もおそらく要因のひとつだと考えられるのですが。
──そう言われると「確かに!」と感じることばかりですね。とはいえ英語詞に関しては、特に昨年2024年はボカロ文化が大きく世界へ進出した年でもありましたし、今後継続してチェックする事で新たに変化感が出てくるのかもしれません。
山西:
またボカロ曲と大衆曲の違いという点で、各年で扱われている同じトピックの差についても分析してみました。
「love」や「歌」、「光」といったトピックはボカロ曲・大衆曲共通で歌われていますが、その中でも年によってトピック数にどれくらい差異があるのか、という視点ですね。
ここで面白いのは、各種トピックにおいて大衆曲の方が総じて年による変動が大きく、ボカロ曲の方が変動が少ない、という点です。
わかりやすいもので説明すると、「愛」のトピックと「光」のトピックに関する曲の変動を見るといいでしょう。
これらのトピックに関して、ボカロ曲と大衆曲の割合差分は、大衆曲のトピック水位とほぼ同じ動きで推移しています。
つまり大衆的な人気曲で歌われている内容は各年によって変化があるのに対し、ボカロ曲は一貫して同じ内容を歌っている、という事なんですよね。
さらに各種トピックをまとめた図を見ると、年によって各所にトピックの山がある中、それでも2020年には複数のトピックで共通して大きな山ができています。
これはわかりやすく言うと「2020年に大衆曲でポジティブなトピックの曲が増加した」ということなんです。
こういった大衆曲のトピック変動の背景は、おそらくボカロ曲以上に先ほども触れた社会情勢による影響がありそうな気がします。
震災やコロナ禍といった大変な状況だからこそ「明るく前向きに頑張ろう」と人々を励ます曲が世間的には多く生まれ、一方でどんな社会情勢だろうと、「人間綺麗事だけでは上手くいかない」という部分をボカロ曲は一貫して担ってきた。
そのため、大衆曲とボカロ曲をポジティブな音楽・ネガティブな音楽と扱うよりは、建前の音楽・本音の音楽として定義づける方が個人的にはしっくりする気がします。
──確かに。社会情勢や風潮によって、人々の「建前」は変わってきますよね。多少無理をしてでも明るくポジティブに振る舞うことが正しいとされることもあれば、「ありのままの自分」でいることが正しいとされる時期もありますし。従来ボカロ文化は「大衆音楽のカウンター」ともよく言われてきましたが、実はそれとも少し違う位置づけなのかもしれないと思いました。
山西:
さらに付け加えるなら、些細な傾向ではありますが調査初期に「歌」のトピックについてボカロ曲の方が優位だった点も興味深く感じています。
この頃はまさしくボカロ黎明期で、先ほども述べた通り「機械が歌を歌う事」の尊さがまだあった時代でもあります。
そういった意味合いの讃歌が、当時ボカロシーンでは多く歌われていた。そんな時代背景が、この調査結果にも反映されているのではないでしょうか。
──平成から令和に渡ってさまざまな視点でボカロ曲の歌詞を分析すると、やはり多彩な変化感が随所で見受けられました。当然これから先も時代が変わる事で、ボカロ曲の歌詞もまた一段と変化する可能性は大いにありそうですね。
山西:
先ほど仰って頂いた英語詞にまつわる変化もそうですし、加えて言えばボカロ曲で歌われる内容についても、実はすでに若干変化が現れているとも言えそうなんです。
先ほどの調査グラフの2023年の箇所を見て頂くと、「love」をはじめとした一部トピックの数値が大きく下がっている=ボカロ曲の方に多く偏っている傾向が見られています。
──つまり……人間が「love」を歌わなくなり、むしろボカロ・機械の方が「love」を歌うようになっている、ということですよね?
山西:
近年のボカロシーン出身となるアーティストさんたちの大衆的な活躍を見ると、歌詞の内容に関しては「大衆曲がボカロ曲化している」という可能性も否めません。
同時に、近年は従来のボカロPに見るような「匿名かつ顔出しなし」で活動するアーティストも増えています。
そういった人々の方が、これまでのボカロ曲の歌詞傾向に見られる「本音」の部分を歌いやすいのかもしれません。
ただ、私のような分野の研究者が確かな知見としてお話できるのは、数値としての研究結果のみです。
その数字の背景を読み解こうとすると、社会学など別分野の専門家の方の力が必要になるので、今日のお話はすべて推測の域を出ないのですが。
──とはいえボカロ曲のみならず大衆曲も、今後まだまだ人気曲の歌詞の傾向には数値結果としても興味深い変化が現れそうですね。
山西:
こうしてボカロ曲と大衆曲というふたつの視点で日本の音楽を見ると、ボカロ文化がニコニコ動画というネットの局所的な場所で育ったのと同じように、日本の音楽は世界から見てもいい意味でどんどんガラパゴスしているな、とも感じます。
最新の研究でも世界の人気音楽はどんどん単純化している事が明らかになっているのですが、一方で日本国内のヒット曲はそれとは真逆に、どんどん複雑化の道を辿っています。
直近の米津玄師さんやYOASOBIさん、Official髭男dismさんの曲なんかを聴くと、その傾向がものすごくわかりやすいですよね。
ですが、世界のトレンドとは完全に逆行しているからこそ、明らかな特異点である日本の音楽・J-POPを面白がって注目してくれる人も、年々世界規模で増えているんじゃないでしょうか。
──特に今年は、毎年グラミー賞を主催するレコーディングアカデミーが「日本の音楽・J-POPが世界トレンドになる」という予測を年初に発表していました。そういった機運は、このような部分とも繋がっているのかもしれません。
山西:
機械が歌うボカロ曲ですらそういった単純性・画一化の枠には収まらないんですから、そう考えると日本の音楽は面白いですよねえ。
冒頭の分析でも触れた「単語のネガティブ性・ポジティブ性」に関しても、あの結果では実はいわゆる「言葉のダブルミーニング」までは正確に判断できてないんです。
分析はあくまで言葉の表層的な意味のみで行っており、言葉の裏にある真のミーニングでのラベリングを行うことは、機械分析では未だ不可能なんですよ。
だからこそ歌詞を書く事や歌を作る事は、今後もまだまだしばらくは機械が代替できない、人間だからこそできる制作・創作活動で在り続けるのだと思いますね。
参考文献:横井優,山西良典:ボーカロイドと歌手の人気楽曲の歌詞におけるトピックの差異と変遷の分析,情報処理学会第141回音楽情報科学研究会,2024年8月
たしかに、ボカロ曲に登場する名詞は暗いイメージの単語が多い、がしかしボカロジャンルは一貫して人の弱さや孤独に寄り添い続ける本音の音楽なのだということが今回の取材でわかった。
この記事が公開される本日、3月9日はミク(3・9)の日だ。この機会にぜひ、読者の皆さんの心に寄り添い続けた“あの曲”を聞きに行ってみてはいかがだろう?
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