
給与未払いによる教職員のストライキ、寮の老朽化、相次ぐ生徒の転校......。幾多の困難を乗り越えた和歌山南陵高校の3年生18人が、ついに卒業式の日を迎えた。在校生ゼロという異例の卒業式で、彼らはどんな思いを胸に旅立ったのか。
※文中敬称略
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■バスケ部は6人で全国大会出場の快挙
「校歌斉唱」のアナウンスとともに、つかの間の静寂が訪れる。厳粛な雰囲気が漂う中、イントロが流れる。
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「イェ〜、イェ〜、イェ〜♪ ワカヤマナンリョウコウコウ、進め〜♪」
その後もレゲエ調のリズムに乗って、「一歩前へ」「泥だらけのスニーカー 履いて旅しようぜ」「夢掴め 今今今」など、一般的な校歌とはまったく異なる歌詞が展開される。これはコントでもなんでもなく、実在する校歌なのだ。
この「レゲエ校歌」を採用したのは、和歌山県の私立高校・和歌山南陵である。昨年7月に開催された夏の全国高校野球選手権和歌山大会では、和歌山南陵が勝利した直後に同校の選手たちがレゲエ校歌を熱唱。紀三井寺球場のバックネット裏は、笑っていいのかわからない奇妙なムードに包まれた。
野球部主将の渡邊蓮はこんな実感を口にしている。
「最初に校歌を聞いたときは『えぇ?』って感じだったんですけど、歌う練習をしていたら『歌詞がめちゃくちゃいいわ』と思うようになりました。唯一無二の僕らにしかない校歌なので、歌えてよかったです」
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和歌山南陵とは、いったいどんな学校なのか。その実態を知れば、きっとほとんどの人間が衝撃を受けるはずだ。
全校生徒18人。その内訳は野球部10人、バスケットボール部6人、吹奏楽部2人。運動部は試合ができるギリギリの人数だが、バスケ部はなんと2024年度のインターハイ、ウインターカップと全国大会に出場しているのだ。
2022年度は全校生徒が約150人いたのだが、その時点で大幅な定員割れ。経営が悪化し、教職員の給与や関係各所への支払いが遅延・滞納するようになった。2022年5月には教職員がストライキを断行。そんな状況に不安を覚え、転校する生徒が激増した。
唯一の女子生徒である西菊乃は、「夏休みが明けて学校に来たら、クラスメイトがごそっと転校していてビックリしました」と証言する。
学校経営陣は行政から再三にわたる指導を受け、ついには生徒募集停止措置命令という重い処分が下った。つまり、新入生が入ってこない。その状況が2年も続いた。
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それでも18人の生徒は転校することなく、和歌山南陵にとどまった。バスケ部主将の二宮有志は「6人で全国大会勝ったらカッコよくない?」と部員たちを鼓舞した。
■トイレが大洪水! 過酷すぎる寮生活
生徒たちの前に広がっていたのは、過酷な現実だった。18人中16人は、学校敷地内の寮で生活する。だが、建物は老朽化が進み、天井は雨漏りし放題。大浴場のタイルは廃旅館のように剥がれ落ちていた。バスケ部の酒井珀は苦笑交じりにこう振り返る。
「先輩たちがサンダルを履いたまま風呂場に入っているのを見て衝撃を受けました。さすがに浴槽の中はサンダルを脱いで入るんですけど、僕はいつもシャワーだけで済ませていました」
料金を滞納し、寮のガスが止められ湯が出ないため、教員が車を出して御坊市のスーパー銭湯・宝の湯まで行くこともあった。
高校1年のインターハイ予選決勝の前日には、大きな事件が起きた。バスケ部員が暮らす寮の3階トイレの天井が崩壊し、大量の水が流れ落ちてきたのだ。
水はトイレと廊下をつなぐ段差を越え、3年生部員の部屋まで浸水してきた。バスケ部員は先輩たちから厳命を受け、ドライワイパーやブラシをかき集めて深夜まで水かきに追われた。
学校側の食事提供業者への支払いが滞ったため、一時期は寮の食事も粗末なものだった。朝食は菓子パン1個とパックジュースのみ。夕食も質素なメニューで、寮生は具なしの味噌汁をすする羽目になった。
野球部のエース・松下光輝は、「親から送ってもらったカップラーメンを毎日食べていました。あれがなかったら、たぶん死んでるっすね」と明かす。
■入学者は14人もそれでも一歩前へ
和歌山南陵の生徒たちは逆境にもめげず、学校生活を送った。風向きが変わったのは、2024年4月。新たな理事長として甲斐三樹彦が就任したのだ。
就任直後、学校を訪れた甲斐は、生徒たちと対面すると土下座をしたという。
「ここまでよく頑張ってくれた。大人の都合で、せんでもいい苦労をさせてしまって、本当に申し訳なかった」
甲斐はかつて南陵の学校法人の営業部長を務めていた時期もあったが、前経営陣に進言しようとしたところ放逐されている。その後は大分県で経営コンサルタントを務めていた。53歳の甲斐は「火中の栗を拾うどころじゃない」と苦笑交じりに当時の実情を明かした。
「直近の経理状態を調べようとしたら、決算書が2期分もない。行政から届いた指導書はすべてスルーしている。教員の不当解雇など裁判を50件以上も抱えている。聞いている話とは全然違うやん、と頭を抱えました」
生徒募集停止の措置命令を解除させるため、甲斐は金策に走り回った。学校の滞納金は2億7000万円まで膨らんでいた。おまけに毎月1500万円の赤字が積み重なってくる。
甲斐を支えていたのは、「せめて普通の高校生活を送らせてやりたい」という在校生への思い。そして、「教育界を変えたい」という功名心もあった。「レゲエ校歌」の導入を決めたのも、甲斐である。「言ってしまえば、売名行為ですよね」と甲斐は笑う。
レゲエ校歌は大反響を巻き起こし、和歌山南陵の名前は瞬く間に全国区になった。さらにバスケ部の快進撃も重なり、さまざまなメディアで取り上げられた。
2024年11月29日には、ついに生徒募集停止の措置命令が解除される。翌年度からの生徒募集が可能になり、経営再建に一筋の光が見えたのだ。甲斐は「学校に魅力があれば、人もお金も集まる」と、意気軒昂に語る。
2025年3月2日、和歌山南陵の体育館で卒業式が催された。黒い遮光カーテンは穴だらけで、薄暗い照明の下に17人(1人欠席)の生徒たちが入場する。在校生はゼロ。卒業生が座るパイプ椅子は間隔を広く空け、大胆にスペースを使っていた。
壇上に立った甲斐は生徒や保護者に向けて涙を流し、「申し訳ございませんでした」と謝罪。そして、生徒ひとりひとりに語りかけた。
「(川口)力叶、いつか教員になって、南陵を助けてくれ」
「(藤山)凌成、おまえは生徒と学校の間に立ってくれて、助けられたのひと言やわ」
卒業式ということは、当然ながら校歌の斉唱もある。しかし、場内に流れたのは管楽器による「式典バージョン」の校歌。演奏はOBや知人の呼びかけに応じて集まった約20人のボランティアによって行なわれた。
卒業式に出席した「レゲエ校歌」の制作に携ったアーティストの横川 翔は「本当に校歌になったんだなって。僕らも自信になりました」と笑った。
バスケ部の藤山は卒業式後、笑顔でこんな感想を語ってくれた。
「理事長がひとりひとりにメッセージを贈ってくれて、ウルッときました。いろいろとありすぎましたけど、最後にみんな笑顔で卒業できたので、率直に楽しかったです」
甲斐たち経営陣や教職員には、学校再建に向けた高いハードルが待っている。卒業式時点で、新年度の入学予定者は14人のみ。それでも甲斐の理念に共鳴して、さまざまな支援が集まりつつある。
和歌山南陵は「一歩前へ」進めるのか。道は続いていく。
取材・文/菊地高弘 撮影/牛島寿人