
全国的に盛り上がっているかどうかはともかくも、国家的なイベント=大阪・関西万博が開幕した。石破茂首相は「ミライ人間洗濯機」に興味津々で笑みを浮かべてみせたものの、今週から“トランプ関税”を巡る厳しい日米交渉が始まるため、内心は穏やかでないはずだ。もともと睡眠時間の少ない石破首相だが、これからの90日間近く、ますます眠れない日々が続くことになる。
4月2日に米国のトランプ大統領が発表した“相互関税”で世界経済は上を下への大騒ぎとなり、株価も乱高下を繰り返している。当初は、ポーズだけだろうと高をくくっていた者もいたし、演説の日が1日早ければエイプリルフールだと見なされていただろう。だが、手法や根拠はともかくも、トランプ氏は本気だった。有言実行といえば聞こえはいいが、四字熟語ならば傍若無人に近い。
2月初旬、石破首相は国会審議の合間を縫って1泊3日の強行軍でトランプ氏に会いに行き、「日米関係の新たな黄金時代」をうたった。それだけに、政権の中には多少の楽観論もあったが、日本も例外にはならず、24%の高関税が容赦なく課されることになった。永田町には「安倍さんが首相だったら、こうはならなかった」といった、ないものねだりを口にする者もいる。
しかし、とどまるところを知らない物価高騰に加え、高額療養費を巡る右往左往や衆院1期生への商品券配布問題などで窮地に追い込まれつつある石破首相にとり、今回の“トランプ関税”はピンチではなく、むしろ数少ないチャンスだと捉えることができる。事実、少数ながら、「反転攻勢のきっかけになれば」(官邸関係者)と願う声が聞かれる。
支持率低迷の一因が異常な物価高であることは明らかだ。石破首相も何らかの策を講じたい思いはあるようだが、参院選をわずか数カ月先に控え、また本予算の成立直後に消費減税や現金給付などを打ち出せば“公的買収”のそしりを受けかねない。だが、明確な因果関係は見て取れないものの、与野党の中に「トランプ関税に対応するための経済対策の必要性」が急浮上しており、石破首相にとってまさに“渡りに船”になるかもしれない。
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一方、交渉の担当閣僚には赤沢亮正経済再生担当相が指名されたが、「総理の手駒の少なさを表している」(自民ベテラン議員)といった冷ややかな評価が多数だし、「よりによってAKR(赤沢亮正)か」とため息を漏らす官僚もいる。中には「交渉が失敗すれば総理を直撃する。ワンクッション置いた方がよかったのではないか」(閣僚経験者)と冷静に見る者もいる。
確かに「赤沢氏には荷が重すぎる」「竹やりで戦うようなものだ」だといったネガティブな指摘が多く、交渉役には茂木敏充前幹事長や斎藤健前経産相などに期待する声が強かった。のみならず、五輪担当相や万博担当相のように臨時に閣僚枠を増やし、重量級の“特命担当相”を置く選択肢もあったはずだ。少なくともその方が対米的にも国内的にも、本気度を示すことができたことは間違いない。
たとえ理不尽だろうが、今回の交渉の最終的な妥結点は各国の市場開放であり、わが国も受け身にならざるを得ない。そのため、経験や外交手腕以上に重要なのは国内における政治力だ。半世紀前の日米繊維交渉では“外交通”の宮沢喜一通産相(当時)が交渉に失敗し、後任の田中角栄氏が政治力を発揮して何とか解決にこぎ着けた。
石破首相は「総合タスクフォース」を新設し、赤沢氏と林芳正官房長官を共同議長にした。だが、果たしてこの交渉担当者、この布陣が「国難ともいうべき事態」(石破首相)に十分見合ったものだといえるのか。「オールジャパン体制」というのなら、岸田文雄前首相あたりの“大物”に入閣を求め、自民党を挙げて、いや国を挙げて、早期妥結に向けて取り組む必要があるのではないか。
就任から半年間、石破首相の政治判断にはスピード感はなく、右顧左眄(うこさべん)ぶりばかりが目立った。今回のトランプ大統領との電話会談、そして交渉担当チームの設置は素早かったが、残念ながら拙速の感が拭えず、最善から程遠い。この際、面子や自尊心を捨て、もう少し周囲に頭を下げて協力を求めるべきだったのではないか。せっかくのチャンスをモノにできなくても、それは石破首相の自業自得だが、外交にも内政にも大きな混乱をきたせば国益を損ね、退陣だけでは済まされなくなる。
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【筆者略歴】
本田雅俊(ほんだ・まさとし) 政治行政アナリスト・金城大学客員教授。1967年富山県生まれ。内閣官房副長官秘書などを経て、慶大院修了(法学博士)。武蔵野女子大助教授、米ジョージタウン大客員准教授、政策研究大学院大准教授などを経て現職。主な著書に「総理の辞め方」「元総理の晩節」「現代日本の政治と行政」など。