「東大前駅切りつけ事件」はなぜ起きたか。“教育虐待されていた東大生”が語る「異常に教育熱心な親」の実態

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2025年05月18日 16:20  日刊SPA!

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柊さん(仮名)
―[貧困東大生・布施川天馬]―
 2025年5月7日、東京メトロ東大前駅で切りつけ事件が発生しました。男の動機は「教育虐待の被害を受けた子どもの末路を、『教育熱心』な親たちに示したかったから」。東大前を選んだのも、「東大」の名を冠した駅であれば、教育虐待への注目度がより高まると考えてのことだったそう。

 ですが、同じく親から「厳しく管理されながら育った」という現役東大生の柊さん(仮名)は、「東大前で起きた切りつけ事件の犯人の訴えは、きっと教育虐待をしている親には届かない」と語ります。

 なぜ彼女は犯人の訴えが空を切ると断言できたのでしょうか。現在は親と決別する道を選んだかつての被害者に、「教育虐待」の真の問題点を尋ねます。

◆「管理」してきた親への叛意

ーー柊さんは「厳しくしつけられて育った」と伺っていますが、どのような「しつけ」があったのでしょうか?

柊さん:私は、シングルマザーの母と兄と、3人暮らしの家庭に生まれました。母は私のすべての行動を管理していて、友達と遊ぶには「今日は○○ちゃんの家に遊びに誘われているから行っていいですか」と尋ねなくてはいけなかった。もちろん、ほとんど許可はおりません。

 勉強以外の娯楽も基本的には禁止で、漫画やゲームはもちろん、小説なども買ってもらえませんでした。スマホは持たされていましたが、連絡手段としてのみ使用が許可されていて、常に使用状況が監視されていました。

 学校の調べ学習で起動すると「今は授業中でしょ?どうしていま起動しているの?」とすぐにメッセージが飛んできたことも。

 当然将来の夢なども一切持たされず、「母の言う通り、私は東大を受験して、卒業後は地元に戻ってきて地方公務員として暮らすのだ」と信じていました。

◆親は「教育虐待」とは思っていない

ーーいまは家出をして、お母さまとは「決別」されたそうですが、柊さんはご自身の経験が「教育虐待」に当てはまると考えていますか?

柊さん:「教育虐待」って、割とあいまいで、難しい言葉なんですよね。虐待には「身体的虐待」「精神的虐待」「性的虐待」「ネグレクト」の4種類があって、多分「身体的」「精神的」の虐待が、教育の名のもとに正当化される状況を「教育虐待」と呼ぶのでしょう。

 そう考えると、私は生活や進路を強制される「精神的虐待」を受けていました。

 ただ、無理やり机に縛り付けるだけが「教育虐待」じゃないんですね。親はあくまで「あなたのために勉強させてあげている」という立場なんです。私は学校の成績が良かったから、東大を「受験させてもらっていた」。親目線では「虐待」ではないんです。

ーーでは、今回の事件の犯人の言い分について、どうお考えですか?

柊さん:正直、彼の訴えでは何も変わらないと思います。犯人の主張は「教育虐待をすると、子どもがグレて犯罪者になる」でした。

 ただ、先ほども述べた通り、親は「いいことをしている」と思い込んでいるんです。自分の「教育」の結果が、悲惨な末路を辿るとは夢にも思っていない。

 あの警告が届くような人は、もともとそれが異常なことだとわかっていますから、子どもに「熱心な教育」なんてしません。ですが、子どものほうは確実に親への敵意を蓄積していくでしょう。その噴出先として、今回は切りつけ事件が起きてしまった。

◆柊さんを踏みとどまらせた“ブレーキ”

ーー教育虐待の被害者全てが犯罪者になるわけではないと思いますが、何が分岐点となるのでしょうか?

柊さん:親に対して復讐する事件はちょくちょくありますよね。私自身、親から行き過ぎた「教育」を受けてきて、親に対して害意を抱いたこともありました。

 私が踏みとどまれたのは「こんな人間のために、自分の手を汚すなんてもったいない」と感じたからです。このブレーキがなければ、正直どうなったかわかりませんし、追い詰められた結果として暴力に走る方も確実にいるでしょう。

 とはいえ、事件を肯定してはいけません。教育虐待をする親に問題があるのは明白で、そのはけ口として切りつけ行為を選ぶのは全く不適格でしょう。

 被害にあった何の関係もない方にも迷惑ですし、その命がけのメッセージが肝心の親たちに届かない点でも、全く報われません。

◆子どもに対抗策はない

ーー教育虐待を受ける子どもたちには、どんな対抗策があるのでしょうか?

柊さん:結論から言ってしまえば、現行の仕組みでは親から子どもが逃げることは不可能だと感じます。

 親は子どもをコントロールしたがるので、その閉じられた世界に介入してくる第三者が必要となるのですが、学校の先生や児童相談所では全く力が足りない。

 私も先生に相談したことがありますが、その時は「スクールカウンセラーの人に相談してね」とたらいまわしにされた挙句、「うんうん、つらかったね〜」と流されて終わってしまった。

 児童相談所も、「子どもは親と育つべき」みたいな考えが第一にあるようで、虐待を受ける子どもが実際に保護されるケースは極小です。

 子どもの時代は耐えるしかない。中学高校を卒業して、自分で資金を調達できる土台を形成できるようになったら、ひっそりと脱獄の準備を進めて、ある日突然姿を消す。これが唯一の脱出口だと思います。

 もちろん、親の支配に耐えるためには、一人の力では対抗できないでしょう。だからこそ、学校や塾など子ども世代のコミュニティ形成が重要である気がします。

 私自身も、中学の時に友達の話を聞きながら「うちっておかしいのかも」と気付くことができました。親と一緒にいたくないから、学校に逃げ込むことができた。今回の犯人は中学から不登校になってしまわれたようですが、そこが私と彼の大きな違いといえるかもしれません。

◆「教育熱心」は罪なのか?

 今回話を伺った柊さんは、親からの資金援助も受けられず、親と絶縁状態にあることから東大の学費免除制度も利用できず、たった一人でアルバイトをして学費と生活費を稼ぎながら、なんとか東大に通い続けています。

 彼女を長年悩ませた親の呪縛は、親元を離れてもなお彼女を苦しめ続けている。

 首都圏では、現在も「熱心」な親たちが子どもたちを駆り立て、中学受験に血眼になっています。ですが、彼女の姿を見ていると、本当に親がやるべきことは教育以外にもあるように思わされる。

「勉強だけしていれば、いつか幸せになれる」という虚構を追い続けた先には、深い暗闇が口を開けて待っているのかもしれません。

―[貧困東大生・布施川天馬]―

【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。著書に最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』がある。株式会社カルペ・ディエムにて、講師として、お金と時間をかけない「省エネ」スタイルの勉強法を学生たちに伝えている。(Xアカウント:@Temma_Fusegawa)

このニュースに関するつぶやき

  • 親の管理のおかげで、東大に入れたから良かったじゃないと言う人がいるかもしれないが 結果的に受験に成功したとしても、虐待の事実は変わらない。
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