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まさか日本のリーダーが「ワークライフバランスを捨てる」と宣言するなんて……。
【画像】あくまで個人および総裁としての覚悟の表明であり、国民に強いたわけではない
10月4日、自民党新総裁に選出された高市早苗氏が「馬車馬のように働いてもらう。私自身もワークライフバランスという言葉を捨てる」と発言した。政治の世界での覚悟を表明しただけに過ぎないのだが、この発言は、瞬く間に広がった。よくも悪くも大きな反響があったのだ。
そこで今回は、ワークライフバランスの本来の意味合いについて解説する。部下育成やチームビルディングで悩みを抱えているマネジャーの皆さんは、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
●そもそも「ワークライフバランス」とは何か?
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今では全く珍しくなくなったこのフレーズ――ワークライフバランス。そもそも、どういう意味なのか?
ワークライフバランスとは文字通り「仕事と生活との調和」を意味する。
政府が策定した「仕事と生活の調和」憲章では、「国民一人一人がやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」を目指すと定義している。
つまり、仕事だけに人生を捧げるのではない。家庭や趣味、自己研さんなど、生活全体のバランスを考えることが重要だ、ということだ。
これは昭和時代の反省から生まれた概念といえよう。“モーレツ社員”として働き続けた結果、家庭崩壊や過労死、メンタル不調など、深刻な社会問題が頻発した。その教訓から、働き方を見直す必要性が叫ばれたのだ。
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しかし勘違いしてはならない。ワークライフバランスは「仕事と生活」の配分を「5:5」にする、という意味ではない。限られたリソースをどう配分するか。その人の生活、仕事、状況において、バランスをとっていきましょうという考え方だ。それこそがマネジメントの本質である。
仕事に7割、生活に3割。あるいは5対5。もしくは2対8――。その配分は個人の状況によって変わるはずだ。子育て中の社員、家族を介護する社員、自己研さんに励む若手社員。成長したい人はモーレツに汗をかくことが必要なときもある。それぞれが最適なバランスを見つけることが大切なのだ。
●高市新総裁の「馬車馬」発言の真意
高市氏は自民党議員に対し「馬車馬のように働いていただきます」と呼びかけ、「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます。働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります」と発言した。
この発言について、賛否両論が巻き起こっている。
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あくまで高市早苗氏の「個人」の「決意」「覚悟」であり、「捨てろ」と周囲に強要したわけではない。政治家個人の覚悟の表明だ。国難に直面する日本を立て直すため、自らを犠牲にする覚悟。それは一定の評価に値するのではないか。
「馬車馬のように働く」という表現はどうか。こちらも物議を醸している。馬車馬とは、他のことは考えず、ガムシャラになる様子を表す比喩だ。
「人は馬ではない!」
という批判もあったようだが、これはあくまでも比喩。メタファーだ。「猪突猛進」という表現を使ったら、「あなたはイノシシか?」と突っ込むのか。「鶴の一声で」と頼まれたら、「私はツルではない」と応じるのか。
本質からズレたツッコミを入れないほうがいいだろう。
●なぜ企業の上司が言ってはならないのか
いくら自民党新総裁の発言に一定の理解があったからといって、企業の上司が部下に「ワークライフバランスを捨てろ」と言ってはならない。当然だ。おさらいをしておこう。理由は3つある。
法的な問題がある
まず第一に、労働基準法の存在だ。働き方改革関連法により、残業時間の上限規制が導入された。月45時間、年360時間が原則である(月45時間を超える残業は年6回まで)。
これを超える労働を強要することはNGである。「ワークライフバランスを捨てろ」という発言は、長時間労働を推奨すると受け取られかねない。
パワーハラスメントに該当する可能性もある。部下の私生活を否定し、仕事だけに専念せよという圧力は、あってはならない。
生産性が低下する
長時間労働が生産性を下げることは、多くの研究で証明されている。疲労が蓄積すれば、ミスが増える。創造性も低下する。
優秀な人材ほど、バランスの取れた働き方を求める。特に若い世代は、仕事だけでなく自己成長の時間も重視する。
「馬車馬のように働け」と言われたら、優秀な社員から順に退職していくかもしれない。結果として、組織の競争力は低下するだろう。
多様性を否定することになる
現代の職場には、さまざまな事情を抱えた社員がいる。子育て中の社員、介護を担う社員、病気と向き合う社員。
全員に同じ働き方を強要することは非現実的だ。それぞれの事情を考えて、最適な働き方を模索すべきだろう。リーダーにはそれが求められる。
これら3つの理由から、上司が部下にワークライフバランスを捨てろと言うことは許されない。時代に逆行する発言だ。むしろ上司の役割は、部下一人一人が最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることである。
●平時と有事のマネジメント
ただし、誤解してはならない点がある。繰り返すが、ワークライフバランスは固定的なものではない。大事なのは「バランス感覚」だ。
企業経営にも平時と有事がある。重大なクレーム対応、システム障害、製品リコール。こうした緊急事態では、一時的にワークに大きくリソースを傾ける必要もあるだろう。特に、社会インフラ維持に不可欠な人たちであるエッセンシャルワーカーはバランスを取るのが難しいだろう。
ただ、これは「ワークライフバランスを捨てる」こととは違う。あくまで一時的な調整といえる。突発的な危機が去れば、また適切なバランスに戻すべきだ。
重要なのは、その判断を個人と対話を重ねて調整することだ。上司が一方的に強要するのではない。状況を説明し、協力を求める。そして事態が収束したら、きちんと代休や報酬で報いる。
これがマネジメントの基本である。目的を果たすために、リソース配分を効果的に行う。目標達成のために適切に調整する。この考え方こそが大事なのだ。
●上司が示すべき姿勢3つのポイント
では、上司はどのような姿勢を示すべきか? 以下の3つだと私は考える。
1. 部下の多様性を認めること
2. 成果にフォーカスすること
3. 自らが手本を示すこと
第1に、部下の多様性を認めることだ。全員が同じ働き方をする必要はない。それぞれの強みを生かし、弱みを補完し合う。それがチームワークである。
第2に、成果にフォーカスすることだ。労働時間ではなく、生み出した価値で評価する。短時間で高い成果を出す社員を称賛する文化も作っていこう。
第3に、自らが手本を示すことだ。効率的に働き、きちんと休む。仕事も私生活も充実させる。そんな上司の姿を見て、部下は安心して働ける。
「ワークライフバランスを捨てる」のではなく、ワークとライフのバランスを臨機応変に変えていく。その柔軟な姿勢が求められている。
●これからの時代に求められるマネジメント
日本は今、大きな転換期を迎えている。人口減少、高齢化、国際競争力の低下。これらの課題を乗り越えるには、一人一人の生産性を高めるしかない。
そのためには、全ての人が“継続して”能力を発揮できる環境が必要だ。子育て中の女性も、介護が必要な家族を抱える男性も、持病のある若者も。みんなが活躍できる職場を作る。
高市新総裁の発言は、政治家個人の覚悟としては理解できる。しかし、それを企業の上司が真似してはならないだろう。
複雑性が増している時代だ。そんな令和の時代にふさわしいマネジメントとは何か? それは、部下も上司も、すべてのメンバーの事情を考慮して、バランスよく働ける環境を作り上げることだ。
著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)
企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いでいる。
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