
献身的に義親の介護をして、最後には「楽しかった」と笑顔で語れる関係。それは一見、介護の理想形のようにも思えます。しかし今回のケースに限って言えば、実子である義姉にとっては、その明るさが鋭い刃となって胸に刺さってしまったようです。
『義母の介護を「楽しかった」と言ったら、義姉から「非常識」と怒られてしまいました』義母と同居している専業主婦の投稿者さんは、これまで義母の介護を一手に引き受けてきました。義母とは親友のように仲がよく、日々の世話も「新鮮で楽しい」と感じていたのです。外部のサービスを適切に使うこともありましたし、二人でドラマを一緒に見て、会話を楽しんだりすることもありました。だからこそ見舞いに訪れた義姉から「介護は大変だったでしょ」と労われた際、迷わず「毎日がすごく楽しかったですし、いい思い出になりました」と笑顔で返しました。
しかしその瞬間に義姉の表情は一変。「人の親の介護を楽しいなんて非常識だし、偽善者っぽい。不愉快だし、あなたのそういうところが嫌い」と、耳を疑うような早口で罵倒し、最後には舌打ちをして去ってしまったのです。
旦那さんが仲裁に入ってくれましたが、姉弟は激しい喧嘩に発展。姉弟の縁すら危うい状態になってしまったのです。よかれと思って伝えた「楽しかった」という言葉が、なぜここまで義姉を逆撫でしてしまったのでしょうか。感謝されるどころか絶縁寸前まで追い込まれ、どう謝罪し、どう和解すべきかわからず、投稿者さんはただ困惑しています。
嫉妬?後悔?義姉の感情が爆発したのは
義姉から投げかけられた「偽善者」という言葉。これを聞いて傷つかない人はなかなかいないでしょう。しかしママたちは、その過激な言葉の裏にある義姉のコンプレックスを鋭く指摘しました。
『親の介護を押しつけた相手が親と楽しい時間を過ごしていたと知って、ヤキモチを妬いて癇癪を起こしてるだけじゃない? 自分は何もせず嫁任せ。本当は大変なことも多々あったはずなのに、その大変さを出さないでくれた。感謝しかないはずなのに』
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『人任せにしてしまった後ろめたさ、介護しなかった後悔みたいな気持ちもあるんじゃないかな。自分ができなかったことを楽しんでやったということに、嫉妬みたいな感情があると思う』
『厳しく口うるさい母親に対して「私は娘だからいいけど、お嫁さんとは絶対うまくいくわけないわ」って思ってたとして、嫁にはいい顔して円満だった。それで嫁から楽しかったとか言われたらモヤつくだろうね』義姉は心のどこかで、自分が親から逃げたことへの負い目を感じていたのかもしれません。だからこそお嫁さんである投稿者さんが「大変だったけれど頑張りました」と苦労を滲ませてくれれば、「苦労をさせてごめんね」と謝ることができたでしょう。しかし投稿者さんから返ってきたのは「楽しかった」という眩しすぎる全肯定。これが義姉には「私はあなたと違って、お義母さんと心が通じ合っていました」というマウントに聞こえてしまった可能性も否定できません。
「楽しかった」にモヤッ。過去形がよくなかった?
一方で投稿者さんの言葉選びに違和感を覚える声も、無視できません。特に義母がまだ存命であるにもかかわらず、すべてを「過去の話」のようにまとめてしまった点が、実子の逆鱗に触れた可能性があります。
『「楽しかった」は身内からしたらいい気持ちはしないね。すでに亡くなる前提の会話が失礼なのよ。亡くなってないのに、「お義母さんいい人だったわね……」と面と向かって言ってるのと同じくらい失礼』
『「いい思い出になりましたよ」って過去形の言い方が最悪。義母さんはまだ生きておられるのに、もう亡くなったかのように言うのは実子に対してあまりにもひどい』
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「義母と過ごせた時間」が楽しかったのでは
しかしもちろん投稿者さんが「楽しかった」と思えたのは、投稿者さんが冷淡だったからではありません。むしろ外部サービスを適切に使ったり、義母とドラマの感想を言い合ったりと、精神的な交流を大切にできたからこそです。実子はどうしても「昔のしっかりしていた母」とのギャップに苦しみますが、お嫁さんは今の義母をそのまま受け入れられる強みがあるのでしょう。
『似たような言葉を選ぶとしたら、「介護ができて幸せでした」かな。「義母の介護が楽しかった」のではなくて、「義母と過ごした時間が楽しかった」ということのほうが大きいんじゃない?』
『充実した日々を過ごせました、みたいに言ったほうが心証はよかったかもね』
『私も介護はしんどくなかったな。残り少ない時間こんな時間をもらえて幸せだなと思ったよ』最終的に投稿者さんは、義姉と対話して和解することができたようです。介護を担うお嫁さんが幸せであることは、被介護者である義母にとっても最高のギフトだったでしょう。しかしその「幸せ」を実子と共有するときは、少しだけ言葉に配慮する必要があったかもしれませんね。「楽しかった」を「穏やかな時間を過ごせました」に、「思い出」を「これからも大切にしたい時間」に言い換えたらベターだったとママたちはアドバイスをしました。
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しかし実子にとって親の死は、人生で最も感情が揺れ動く瞬間。お嫁さんがもつべきは、介護の実績だけでなく、実子の「置いていかれたような寂しさ」や「何もできなかった罪悪感」をそっと包み込むような、一歩引いた言葉のクッションだったのかもしれません。
「お義母さんと一緒にいられて、私は救われました」。そんな風にひと言を添えられたら、善意が憎悪に変わる悲劇は防げたとの意見も見受けられました。和解を遂げた投稿者さんのように、最後は「お義母さんのために」と手を取り合える関係を目指したいものですね。
文・motte 編集・いけがみもえ イラスト・猫田カヨ

