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明治学院大学の垣花真一郎教授が発表した論文「The Roles of Okurigana and Lexical Context in Reading Kanji Words with Kun-Reading and Their Relationship to Reading Amount」は、送り仮名と文脈が漢字の訓読みに果たす役割について調査した研究報告だ。
日本の日常生活で使われる漢字は、常用漢字と呼ばれる2136字の漢字リストに基づいており、このリストは政府が定めている。これらは小・中学校で教えられるが、大人はそれ以上の漢字の読みを丁寧に習っていないにもかかわらず読める場合がある。
それは送り仮名と語彙文脈を用いた推論プロセスが漢字の読みにおいて重要な役割を果たしているからであり、読書を通じた偶発的な学習がこれらのプロセスを促進しているのではないかと考える。
この研究では、124人の大学生を対象に、日常ではほとんど使われない希少な訓読み漢字32個を読ませる実験を行った。実験では、送り仮名の有無と文脈の有無を組み合わせた4つの条件を設定した。
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例えば「暈」という漢字を、「ピントが暈ける」(文脈・送り仮名あり)、「ピントが暈〇〇」(文脈あり・送り仮名なし)、「暈ける」(文脈なし・送り仮名あり)、「暈〇〇」(文脈・送り仮名なし)という形で提示した。ちなみに正解は「ぼ」と読む。他にも、「応援で声を嗄らす」「床に臥す」などを出題した。
結果は、文脈も送り仮名もない条件では正答率が14.7%にとどまったのに対し、両方がそろった条件では38.5%と2.5倍に跳ね上がった。これは音韻・意味的・連語的プライミング効果の3つにより、それぞれ漢字の読みを推測する手掛かりになると考えられる。
音韻プライミング効果は、音韻的に類似した語が提示されることで目標語の想起が促進される現象だ。例えば、「恥ずかしい」という語では、送り仮名の「ずかしい」が作用し、読者が漢字の読み「は」を推測しやすくなる。
意味的プライミング効果とは、意味的に関連する語が先行することで、後続の語が推測しやすくなる現象。例えば「古傷が疼く」という文では、「古傷」という語を提示することで、読者の脳内で「がいたむ」や「がうずく」といった意味的に関連する動詞を推測できる。
似たようなもので連語的プライミング効果は、頻度の高い語の組み合わせによって生じる。例えば、「顔色を窺う」では、「顔色」と「窺う」の間には必ずしも強い意味的関連性はないものの、この組み合わせの使用頻度が高いため、「顔色を」という表現から「うかがう」という読みを想起しやすくなる。
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研究ではさらに、読書習慣と漢字読み能力の関係も調査した。一般書籍と漫画・雑誌の読書量を尋ねたところ、特に漫画・雑誌の読書量が漢字読み能力と一定の相関を示した。これは漫画に“振り仮名”が多用されていることが関係している可能性がある。振り仮名を通じて語彙(ごい)や連語の音韻形式を習得することで、文脈や送り仮名から漢字の読みを推測する能力が向上するのだ。
この研究結果は、漢字教育に示唆を与える。従来の漢字学習は、個々の漢字を文脈から切り離して暗記させる傾向があったが、むしろ文脈の中で教えることの重要性が浮き彫りになった。また、教育現場では軽視されがちな漫画も、振り仮名を通じた漢字学習の有効な媒体として再評価される可能性がある。
Source and Image Credits: Kakihana, S.(2025), The Roles of Okurigana and Lexical Context in Reading Kanji Words with Kun-Reading and Their Relationship to Reading Amount. Jpn Psychol Res. https://doi.org/10.1111/jpr.12596
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2
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