
葬儀中に亡き父の姿を確かに見た。
【写真】才能あふれる作道雄監督。次はどんな作品を手掛けるのか
坂東龍汰と西野七瀬が初共演した映画『君の忘れ方』(DVD&Blu-ray発売及び配信中)には、作り手である作道雄監督(34)の実感がこもっている。
幼少期の喪失体験
婚約者の美紀(西野)を事故で亡くした昴(坂東)、夫を事件で亡くした昴の母(南果歩)、死んだ妻と会話する男(岡田義徳)。喪失を抱えた者たちが心の奥底に封印した悲しみと向き合い、生きようとする姿を描く。
物語冒頭。結婚式のために用意していた美紀の写真が突然、遺影の形に切り抜かれていく。受け止めきれない現実を前に泣くことすらできない昴は途方に暮れる。
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作道監督は「物語の出発点は僕自身の経験が大きいです。小学校1年生の時、父親が末期ガンで他界しました。病気がわかってから3、4週間でほぼ急死のような形でした。その瞬間に家族は放り出されたというか、心の準備すらできずに大切な物語を失った。これが自分にとって人生最大の喪失体験で、いつかこの気持ちを映画として描いてみたいと考えていました」
茫然自失の昴の前に突如として現れる美紀。それは幻影なのか、それとも幽霊か。ふとした瞬間に姿を現す美紀は言葉を発することなく、ただひたすらに昴を見つめ続ける。
「父のお葬式の時、参列者の方々が並ぶ一番後ろから僕を見つめる父親がいたような気がしました。それを僕はいろいろな人に『パパがいた!パパがいた!』と訴えていたようです。親戚の人には、笑い話、あるいは涙ぐましい話かのように語られましたが、僕としては今でもどのように父が見えていたのかハッキリと覚えています」
亡き父を思って号泣
作道監督のもとに、制作会社からグリーフケアをテーマにした映画を作って欲しいという依頼が届く。グリーフケアとは、死別の悲しみを当事者同士で語り合うことで心を癒していこうとする試みの一つ。喪失の物語を形にしてみたいと願っていた作道監督にとっては待望の企画…のはずだった。
ところが脚本開発に3年もの時間がかかってしまう。大衆に理解されやすそうな余命ものであったり、観客の涙をストレートに誘うような物語であったりを構想していったが、どうしてもしっくりとこなかった。
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突破口を探しあぐねている時、父の死後開かずの間のようになっていた実家の父の書斎を整理する機会があった。そこで作道監督は、大学教授だった父の教え子たちによる追悼の寄せ書きを初めて目にする。
“作道先生は旗のような存在でした。誰もがそこに集まって来る。その旗はこれからも消えることはありません”
亡き父の人柄に直接触れたかのような感覚が全身を貫いた。気が付いたときには声を上げて涙する自分がいた。
「思い返してみると僕は20年くらい父親のことで泣いたことがなかった。だから勝手に自分は悲しんでいないんだと思っていました。でも実際は喪失という悲しみに蓋をしていただけだった。目の前が真っ白になって景色もすべて吹き飛んで、抑え込んでいた感情を放出するかのように息が出来なくなるほど号泣しました。悲しみもありながら、どこか嬉しいという感情も混ざり合って上手く言語化できないけれど、この経験や自分の思いをそのまま脚本に落とし込めばいいんだと腹を括った」
喋らない西野七瀬
当事者としての経験や感覚をダイレクトに盛り込んだ脚本は俳優たちの琴線を震わせた。坂東、西野のほかベテランの南果歩や津田寛治、岡田義徳が作道監督によるオリジナル脚本に惚れ込んですぐに手を上げた。
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主人公・昴、いわば作道監督の分身的キャラクターを演じたのは、これが映画単独初主演となる坂東だ。
「自分の気持ちを嘘なく素直に出せたと思えたのは坂東さんのお陰です。撮影中の彼は情緒不安定になるくらい自分の事を追い込んで、喪失の悲しみや戸惑いを体現しようとしてくれた。完成作を観た時に僕が伝えたかったことはこれなんだとグッときました」
セリフのほとんどない、出演シーンも少ない挑戦的な役柄を引き受けた西野の感性にも脱帽した。
「セリフもない役をよくぞ引き受けてくれたなと。脚本を読み込む感性の鋭さも素晴らしく、西野さんは美紀を昴が呼び込んだ幻影だと理解して美紀としての意志のなさを落とし込んだ演技を見せてくれた。瞬きをしなかったり、絶妙にゆらゆらとしたり。西野さん持ち前の可愛らしさが幻影として画面に映り込んだ時、強烈な個性に変わるのも凄い」
劇場公開はひと段落したが、ソフト発売に加え配信もスタートしている。気になる次回作について作道監督は、今後も自身の命題として“喪失”をテーマにした新しい物語を紡ぎたいと考えている。
「今回の作品はこれまでの自分の映画の知識をフルに活かして、勉強の成果発表のような形で丁寧に作りました。次回作はもっと大胆に作ってみたいと思います。喪失というテーマを本作でこじ開けてみたことで自分の中でも広がっていくような感覚がありました。喪失感というのは、人だけではなくて、たとえば時間にも僕は持っていると最近気付きました。過ぎ去った時を思ったりすると僕はとても切なくなる。その感性に対して忠実なものを作っていきたい。“喪失”というテーマをどこまで追求することが出来るのか?僕自身も楽しみです」
(まいどなニュース特約・石井 隼人)