【今週はこれを読め! SF編】瀬名秀明「ミシェル」が凄い! 小松左京2大代表作を取りこんでさらなる高みへと到達

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2013年07月22日 17:51  BOOK STAND

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『NOVA 10 ---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)』河出書房新社
今週はこれを読め! SF編

 先週取りあげた『極光星群』は、これさえあれば前年のSF短篇の最上級品ばかりウマウマ味わえるマコトに重宝な一冊なのだが、死角がないわけではない。同書の「後記」があかすように〔読者層がかなり重なる〕という事情で、書き下ろしアンソロジー《NOVA》からの再録を避けているのだ。この措置は前回(2011年発表分/《NOVA》では『4』『5』『6』、創元アンソロジーは『拡張幻想』)からだが、今年も引きつがれ(2012年発表分/《NOVA》『7』『8』、創元『極光星群』)、おそらく来年もそうなるだろう(2013年発表分/《NOVA》『9』『10』)。しかし、作品のレベルだけを基準にすれば、《年刊日本SF傑作選》収録作の半分近くを《NOVA》発表作が埋めてもおかしくない。それほど高水準のアンソロジーである。編者----というより仕掛け人と言ったほうがふさわしい----大森望の企画実行力のたまものだろう。



 というわけで、最新刊『NOVA 10』である。600ページ超の大森......じゃなくて大盛りで12作品が収録。



 白眉は瀬名秀明「ミシェル」。『極光星群』に収録された「Wonderful World」(人間意志の多ベクトルがある臨界で相転移をして未来が決定される)の続篇だが、同時に小松左京の代表作『虚無回廊』「ゴルディアスの結び目」の設定とテーマを大胆に取りこみ、めくるめくヴィジョンへと到達する。主人公ミシェル・ジュランは音楽・言語学・理論物理の領域にまたがる天才。彼を突き動かしているのは〔物理的な秩序、あるいは宇宙の構造や現象自体のなかに音楽的なものを含めて、"意味"の構造が見出せるか〕という問いだった。ミシェルは言語学における一般相対性理論(あるいは大統一理論?)ともいうべき「一般自然言語理論」を打ちたてるのだが、その理論そのもののうちに「生命体による知覚範囲がこの単一宇宙内に閉じこめられている場合、どのような物理的計測手段をもってしても、本論の一般性(普遍性)は実証不可能である」という証明が含まれる。がーん! なんだか凄い。ちょっとゲーデルみたい。この不確定性(?)をいかに突破するかというところに、虚と実を結ぶ宇宙特異点(『虚無回廊』)や人間精神内で発生した事象の地平線(「ゴルディアスの結び目」)が関わってくる。この作品の面白さは、こうした超論理のスリリングな展開だけでない。鮮やかな描写も見逃せない。とくにミシェルが生命の根幹に関わる独自の音楽理論に基づいて作曲した楽曲を、ジーン・シンセサイザーとホロディスプレイを介して演奏する----というより環境に解き放つ----くだりは圧巻。



 瀬名作品があまりに読みごたえがあるせいで、ついつい長く語ってしまった。このほかでぼくが面白く読んだのは、まず柴崎友香「メルボルンの想い出」。仕事でメルボルンを訪れたカメラマンが不意のできごとで足止めをくってしまうのだが、なにが起きているのかよくわからない。不条理なのかディストピアなのか疑似現実なのか次元移動なのか内宇宙なのか、いかようにも読めそうだ。最初なにげなく登場したゼッケンをつけた人たちが、だんだんと存在感を増していくあたり、ぞくぞくする。



 狙ったわけではないだろうが、この巻には、心身のハンディキャップや社会的マイノリティとテクノロジーを扱った作品が並んだ。菅浩江「妄想少女」は身体的な障害を持ちながら老父の介護をつづける中年女性、森奈津子「百合君と百合ちゃん」はそれぞれに性的逸脱のある仮面夫婦、木本雅彦「ぼくとわらう」はダウン症の青年が主人公。いずれも現代社会がはらむ問題にアプローチした意欲作と評価することもできようが、同時代性ということにはあまり興味がないぼくは、むしろ人間だれしもが抱えている衝動や業がSF的シチュエーションによってあらわになっていくところに引かれた。



 残りは駆け足で。伴名練「かみ☆ふぁみ!」はイーガン的アイデアをラノベ的物語に詰めこんで愉快。山本弘「大正航時機綺譚」はタイムマシンをネタにした詐欺の顛末を軽妙な文章で読ませる。北野勇作「味噌樽の中のカブト虫」は《社員》シリーズ第5作で、会社が世界であるという感覚がジョン・バースの大学=宇宙を思わせるが、バースよりだんぜん面白い。円城塔「(Atlas)^3」は観測問題っぽい切り口のメタ現実小説。倉田タカシ「トーキョーを食べて育った」は、文明崩壊後の異形化した世界と人間を、ひとりの少年(彼もまた異形の世界観で生きている)の視点で描く。片瀬二郎「ライフ・オブザリビングデッド」は、社畜は死んでも社畜というアイロニー。ベテラン山野浩一の33年ぶりの新作「地獄八景」は、ネット文化に見立てた地獄のようす。というよりも、戯画化された死後世界によってネット文化のありようをあぶりだしていると読むべきか。



 さて、《NOVA》はこれが最終巻とのこと。コシマキには「第1期完結!!!!」とうたわれているが、はたして第2期があるかどうか。営業的なことはおくとしても、大森望はいくらなんでも仕事しすぎなのでちょっと身体をいたわったほうがいいと思う。



(牧眞司)




『NOVA 10 ---書き下ろし日本SFコレクション (河出文庫)』出版社:河出書房新社
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