【今週はこれを読め! SF編】宇宙をゆくAI人格の眠れぬ夜。よみがえる愛が宇宙を滅ぼす。

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2013年12月10日 16:11  BOOK STAND

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『みずは無間 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)』六冬 和生 早川書房
今週はこれを読め! SF編

「第一回ハヤカワSFコンテスト」の大賞受賞作。題名の"みずは"はヒロインの名前、"無間"は仏教用語の無間地獄に由来する。



 語り手の雨野透は、宇宙探査機に人格転写されたAIだ。彗星の巣エッジワ−ス・カイパーベルトの調査というミッションを果たしたあとは、どこへ行こうが気の向くまま。地球に戻るなんてこれっぽっちも思わない。というのも、生身だったころの透は、恋人のみずはに振りまわされてさんざんな思いをしていたからだ。



 みずは。これまでSFはさまざまな毒婦・妖女を描いてきたが、彼女はそういうのとはまた系統が異なる。悪意もないし攻撃力もない。ただ、むやみにメンドクサイのである。



 たとえば透がうたた寝をしていると、上からしだれかかって甘い息を吐きながら「寝ちゃいやだよ。ひさしぶりに会えたんだもん」という。たった四日間会わなかっただけなのに。透がちょっと引くと、「お願い、嫌いにならないで」と泣く。独りよがりにふるまいながら、自分をわかってほしいと訴える。忙しい透の邪魔をしないと言いながら「ぜったいぜったい電話してね」と約束させる。一緒に食事などすると、透の食べているものを「ひとくちちょうだい」とねだる。



 そんなみずはから離れ、いま宇宙を漂う透は無為を満喫している。「愛のない毎日は自由なまいにち〜」の心境だろう。しかし、みずはが記憶の扉をあけて入ってくる。透の探査機はナノマシンを備えていて、外界から素材やエネルギーを調達して自分を改造できる。AIの機構そのもののバージョンアップも可能だ。透はプロセッサの量子チューリングマシン化とアーキテクチャの再構成を果たし、飛躍的な情報処理機能を実現した。それによって生身だったころの精神機能が甦り、夢を見はじめる。その夢にはきまってみずはがあらわれるのだ。



 とは言え、もう過ぎ去った過去だし、トラウマみたいな障害があらわれるのでもないので、透はそのまま放置しておく。そもそも人間の精神は複雑に構成されているので、記憶をさわればアイデンティティにも影響が及びかねない。



 かくして、AIの透がたどる数万光年のスケール/数十万年のスパンにわたる「宇宙の旅」と、生身だったころの透がすごしたみずはとの「日常の記憶」とが、スイッチしながら物語は進む。いっけん別個に思えた「宇宙」と「日常」が徐々にもつれていき、終局では震撼のカタストロフィに到達する。



 ニューウェイヴ全盛のとき、パメラ・ゾリーンが「宇宙の熱死」という作品を書いたが、さながら『みずは無間』はそのハードSF的変奏だ。ゾリーンは平凡な主婦の日常をエントロピー増大のイメージとを重ねあわせて描いたが、六冬和生はそれとは逆に、宇宙規模の破滅を平凡な女性のストーカー心性に結びつける。コンテスト審査員のひとり東浩紀は「究極のセカイ系とも言えるかもしれない」と評している。あるいは、グレッグ・イーガン以降のSFの潮流のなかで「さかしまの人間原理」と位置づけてもよかろう。



 読みどころは、みずはと宇宙とを短絡させる手続きだろう。AIの透は、退屈しのぎにシミュレーション生命体を作りだし疑似進化の実験を試みる。Dと名づけられたその生命体には情報を栄養として生育するが、「飢え」という概念を持たない。上質な情報がふんだんにある環境が与えられているので、むしろそれを処理・管理する技術への希求が進化をうながす。透はDを宇宙に放ち、やがてそれがいくつもの種族に分化し、それぞれが独自の発展を遂げていく。なかには、電磁力/重力によってネットワークした宇宙規模の量子コンピュータを実現した種族や、分岐する可能性世界を渡りあるく種族すらあらわれる。



 もうひとつこの作品で大きな役割を果たすのが、AIの透が遭遇した異種知性体だ。地球生命とアルゴリズムが異なる彼ら(個体/集団という概念すら当てはまらないのだが)は、平然と(人間からすれば慇懃無礼としか言いようのない態度で)情報共有ツールを透のシステムにねじこんでくる。そのツールは内部で自動展開する仕組みで、完了すればこちらは異種知性体の下部機構になってしまう。それに対抗するため、透はとっさにみずはの記憶を利用する。みずはの限りない「ひとくちちょうだい」の欲望が武器となるのだ。



 それが奏功し、ひとたびは異種知性体から逃れることができたが、それが巡りめぐってより大きな厄災を引きおこしてしまう。異種知性体そのものに悪意も敵意もないが、そこに進化を遂げたDが絡み、また、みずはの因子が発現することで、事態はインフレーション的に宇宙全体を巻きこんでいく。この暴走を描く終盤がものすごい。



 雨野透は悠久の彷徨でいくつもの宇宙の謎に出会う。しかし、この作品でいちばんの謎は、生身のときの透がなぜあれほどのウンザリ女みずはと別れずにつきあいつづけたかである。まあ、それが男女の機微というものかもしれない。朴念仁のぼくにはサッパリわかりませんが。



(牧眞司)




『みずは無間 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)』
著者:六冬 和生
出版社:早川書房
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