【今週はこれを読め! SF編】局面の動きの目まぐるしさ、物語を座標軸ごと転倒させる大胆さ

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2014年02月26日 10:21  BOOK STAND

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『オニキス (ハヤカワ文庫 JA シ 8-1)』下永 聖高 早川書房
今週はこれを読め! SF編

 第1回ハヤカワSFコンテスト最終候補となった表題作を巻頭におき、4篇の書き下ろしを加えて作られた短篇集だ。



 これで同コンテスト最終候補に残った5作品のうち、主催の早川書房が刊行を公言していた4つがすべて出揃ったことになる(正確に言うと「オニキス」は書籍化に先んじて〈SFマガジン〉に掲載済みだが)。ほかは、六冬和生『みずは無間』[受賞作]、坂本壱平『ファースト・サークル』、小野寺整『テキスト9』。前二者は本欄ですでに紹介した。それぞれに特色があるが、ぼくは「オニキス」がもっとも面白い。



 このコンテストの応募規定には「400字詰原稿用紙100〜800枚程度」とあるため、短篇と長篇が同列に審査されることになるのだが、最終候補に残ったうち短篇は「オニキス」だけだった。その短い尺のなかで目まぐるしく局面が変わる。物語進行上の場面転換というだけではなく、作品内の現実そのものが変わるのだ。自然発生する「マナ」粒子が過去と現在をつなげて物質・情報を転送し、それによって世界が書き換えられてしまう。もちろん、時間のなかにいる人間はそれに気づくことができない。しかし、マナ粒子由来の記録媒体を用いることで、現実変更前のデータを保存する技術が開発される。マチ針のような記憶保持デバイスを脳神経に施すモニターとなった由良芳雄は、現実の書き換えをレポートしていく。読んでいた小説の筋が変わる、飼っている熱帯魚の個体数が変わる、勤め先の部署が変わる、友人の子どもが生まれていないことになってしまう......。思っていた以上の頻度で書き換えは起こっているようだ。



 ひとつの書き換えは些細なことだとしても、バタフライ効果で大きく現実を動かすかもしれない。この予感にともなって、芳雄の胸中にある期待が芽生える。彼は二年前、交通事故で恋人を失っていた。しかし書き換えによってこの悲劇がキャンセルされることもありうるだろう。なにかの拍子で、恋人が死ななかった世界があらわれてくれないか。



 SFを読み慣れた読者は、これが時間改変、パラレルワールドのバリエーションだとすぐに気づくだろう。そして、主人公の期待と裏腹に疑問や不安を覚えずにはいられない。現実が不随に書き換えられているとすれば、普段通りの社会生活を送ることにどんな意味があるのか? どれほど仕事を頑張って成果をあげても、一瞬にしてチャラになってしまうかもしれないのだ。失った恋人が戻ってくる可能性もあるなら、もっと残酷な書き換えが起こる可能性もある。



 この作品の急所は、現実の書き換えがマナ記憶デバイス開発へと及ぶ瞬間だ。芳雄にデバイスを取りつけたのは敷島という技師だが、この人物がマナ技術とは関係のない職業へと書き換えられてしまう。では、芳雄がいま接続しているデバイスは、だれが手配したものなのか? ここに至って、作品世界はP・K・ディック的な色調を帯びてくる。



 しかし、おおかたの読者の予想を裏切って、物語は現実崩壊へも迷宮的パラレルワールドへも進まない。いや、物語を支えている足場があっさり外されるので崩壊と言えなくもないし、角を曲がったら思いがけないところへ出てしまった惑じもするのだけど。それは読んでのお楽しみ。しかも、意外なオチという小手先レベルではなく、物語の座標軸そのものを90度倒すような大技だ。あるいは180度、それとも360度で一周回っている?



 この大胆な物語の転調は、やはりマナ粒子の設定を用いた「三千世界」でも見られる。こちらの作品は唯一の現実が書き換えられるのではなく、そのタイトルが示すようにいくつも現実が分岐する。その並行世界のあいだを行き来するナビ----さまざまなアプリを搭載できるようになっており形状的にもスマホのイメージだ----を手に入れた青年、小泉史郎の物語だ。このナビは史郎を厄介事に巻きこむのだが、同時に死線(失えば見知らぬ世界に保証もなく放り出されてしまう)でもある。ナビのエネルギー切れをまぬがれるためには、他の世界移動者から奪いとるか、充電が可能な分岐原点世界へ赴くしかない。ただし、次元移動にはいくつかの限定条件があり、また分岐原点世界には世界移動者を捕獲するシステムが備わっている(世界移動は違法行為なので)とも考えられる。



 ナビをどう有効に用いて生き延びていくか、まさに世界を股にかけたサバイバルがはじまる。局面がくるくると入れ替わるスピードは「オキニス」以上。史郎以外にも世界移動者がいるのだが、誰が味方か敵か予断を許さない。巧妙な騙しのテクニックあり、共同戦線による戦略あり、仲間と思わせての出し抜きあり......中盤までは知略ゲームの昂奮がつづく。読者は史郎の立場に沿って読み進むのだが、やがて彼が咄嗟に取った生き延び戦略に違和感を覚える。



「オニキス」でSFを読み慣れた読者の予想をあっさりと裏切ったように、「三千世界」でも主人公に感情移入する読者の気持ちを軽々とひっくり返してしまう。分岐原点世界に到達した史郎は、そこで意外な人物と出会い(「オニキス」で敷島技師に担っていたようなトラップというか、再帰的構造がここにもある!)、それをきっかけとして物語がすっぱり転調する。呆気にとられて怒り出す読者もいるかもしれないが、ぼくは吃驚したあとに喝采した。そうきたか!



(牧眞司)




『オニキス (ハヤカワ文庫 JA シ 8-1)』
著者:下永 聖高
出版社:早川書房
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