【今週はこれを読め! SF編】前代未聞の軌道上テロに立ちむかう、オンラインコミュニティの天才たち

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2014年03月11日 10:21  BOOK STAND

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『オービタル・クラウド』藤井太洋 早川書房
今週はこれを読め! SF編

 糸口はほんの些細な兆候だった。流れ星の派生を予測するWebサービス〈メテオ・ニュース〉(有料購読者が200名ほどのサイドビジネス)を運営する木村和海(かずみ)が、衛星軌道上で不審な動きをするデブリ(宇宙開発にともなうゴミ)を発見する。慣性運動に従わず高度をあげているのだ。



〈メテオ・ニュース〉購読者である天文写真家オジーは、このデータを利用してセンセーショナルなガセネタ「軌道超兵器〈神の杖〉が国際宇宙ステーションを狙っている」をでっちあげる。天文のプロなら相手にしない冗談だが、人が宇宙に目を向けるきっかけになれば楽しいじゃないか。


 しかし、謎のデブリの実態はとても笑いごとではなかった。本当の危機が迫ってくる。



 2012年に自作を電子書籍で個人出版し、それを改稿した『Gene Mapper -full build-』(ハヤカワ文庫JA) でデビューした藤井太洋の、本書は第二作。ちょっと勇み足かもしれないが「21世紀版マイケル・クライトン」と呼びたくなるほどの冴えを見せつける。



 とにかく巧い。まず人物造形にメリハリがある。くだくだ説明をせず、ちょっとした仕草や台詞まわしで、その人となりや文化的背景がうかがえる。



 つぎにSF読者として見逃せないポイントは、科学技術の細部のアイデアのもっともらしさだ。Web広告の機能を巧妙に利用する新方式のネット攻撃とか、来るべき日に起動するようトロイの木馬型ウイルスを潜ませるためヒット商品を作ってしまう迂遠な戦略だとか、検索エンジンの翻訳テーブルの汚染による情報操作とか、ほとんどハイレベルなチェスの差し手のようだ。



 そして、なにより特筆すべきは今日的なリアリティだ。この特質を端的に捉えた解説を、向井淳が書いている。(「世界状況との共鳴、ハッカー精神との親和性」、〈SFマガジン〉2014年4月号に『オービタル・クラウド』刊行記念エッセイとして掲載)。引用しよう。






 


(オープンな開発スタイルが浸透した現代では)部屋に引きこもってすべてを自作する孤高のハッカーはなかなか活躍できない。むしろ、そういったオンラインコミュニティに参加し、最新技術の情報を渉猟し、またときに自分で作ったツールを公開し、必要なツールを統合してシステムを作り上げる。そうしたことが「天才性」の源泉となるのである。


 





 和海と彼のパートナーである沼田明利(あかり)はこのタイプの天才だ。オンラインコミュニティとつながりオープンなソースやネット環境を駆使して、軌道上で仕組まれているテロ計画を探りあてていく。そして、彼らの捜査に決め手を与えるのは、まったく違うタイプのもうひとりの天才テヘランの宇宙工学者ジャムシェドだ。向井エッセイでは彼をただしく「孤高の天才」と位置づけている。ジャムシェドが孤高たるのはひとえに状況によるものだ。イラン政府の情報統制によってネットから遮断され、データの沃野にアクセスできず最新ツールやソフト開発手法も利用きない。しかし、彼はネットワークの細い抜け道を綱渡りのように伝って、どうにか和海との接触に成功する。これによって、軌道上の動きがいかなる原理によるものかが明らかになる。ガセネタ〈神の杖〉などとは根本的に異なる、前代未聞の兵器が実現していた。



 軌道テロの背景には緊迫した国際情勢があるのだが、計画を主導しているのはアウトロー的なひとりのエンジニア白石蝶羽(あげは)である。その手腕はさまざまな局面で和海や明利(つまり現代タイプの天才)を出し抜くほどで、精神・肉体のタフネスも凄い。しかし、この敵役がかならずしも天才として描かれていない点に、『オービタル・クラウド』の面白さのひとつがある。ちょっとうがった見方になるが、蝶羽は天才に一歩及ばないため体制内で才覚を発揮するしかなく、しかし体制のロジックによって弾きだされ、あげく別な体制を利用して壮大な自己実現を企てる。そして、その前に本当の天才(和海や明利)が立ちふさがる。この強烈なアイロニー。



 ただし、この小説は最後に正しいものが勝つ式の単純な展開はしない。たしかに、物語上は「テロリスト」vs.「食いとめようとする側」の熾烈な知恵比べ、仕掛け比べが繰り広げられる。ところが、テーマ面をみると、テロ計画の中心にいる蝶羽と主人公たちとはかならずしも相反しているわけではない。蝶羽にとってテロはあくまで足がかりであって、本当にめざしているのはその先の"大跳躍(グレート・リープ)"----これもまた新しい技術開発環境を開くものなのだ。和海も明利が当然のように身をおいているオンラインコミュニティのオープン文化と、蝶羽が荒療治で実現しようとしている開かれた環境。このふたつがどう接続しうるか。終盤のスペクタクルが鮮やかだ。



(牧眞司)




『オービタル・クラウド』
著者:藤井太洋
出版社:早川書房
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