不思議なメトロがスタジアムへ走る - 森田浩之 ブラジルW杯「退屈」日記

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2014年07月01日 16:40  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 決勝トーナメントの最初の試合をブラジルが戦う日、リオデジャネイロのコパカバーナビーチに近いメトロの駅からは、カナリア色のユニフォームを着た地元ファンがあふれ出てきた。コパカバーナの砂浜にはFIFA(国際サッカー連盟)が主催する大規模なパブリックビューイング「ファン・フェスト」の会場が設けられていて、みんなそこへ向かう。通りはたちまち「ブラジル! ブラジル!」というコールと、黄色い人波で埋まっていく。


 ブラジルの試合は午後1時キックオフ。僕は夕方5時からの別の試合をリオのマラカナン・スタジアムで見ることにしているから、ファン・フェストでブラジルの試合を最後まで見るわけにはいかない。どこかテレビのある店で昼ごはんを食べながら前半を見終えたあたりで、スタジアムへ向かおうと思っていた(マラカナンはなにしろ大きいから、メトロの駅からスタジアムの自分の席まで行くのにかなり歩く。それに試合直前に行くと、ゲートで手荷物検査を待つ時間が長くなってしまうのだ)。


 ところが、食事をする店がなかなか見つからない。席が空いている店があっても、入ろうとすると「ごめんごめん、いま閉めるところなんだ」と言われてしまう(たぶんそう言っているのだと思う)。ショッピングモールなら大丈夫じゃないかと思って行ってみたが、どの店もすでに閉まっているか、閉める準備をしている。まだ正午を過ぎたばかりだ。ブラジルの試合が行われるこの土曜日に、どうやらリオの街は最初から事実上の半休を決め込んでいたようだ。今日はブラジル中がそんな感じなのだろう。


 住宅街を歩き、テレビがあって営業している店をやっと見つける。ピザをひと切れもらい、試合を見る。


 ブラジルが前半18分に先制するが、チリも32分に追い着く。前半が1−1で終わったところで、僕はマラカナンに向かう。そのとき恐ろしいシナリオが頭をよぎる。もしもブラジルがこの試合に負けたりしたら、カナリア色に染まっているリオの街はどうなってしまうのだろう?


 メトロに乗る。マラカナンで行われるのは、コロンビアとウルグアイの南米対決だ。ホームは黄色いユニフォーム姿のコロンビア人と、カナリア色のシャツを着た地元っ子であふれている。ウルグアイのファンは少なめのようだ。電車が入ってきたときの様子は、こんな感じ。


 1次リーグで全勝して勢いのあるコロンビアのファンは、電車の中で「ポロポーロポーロポッポ! ポロポーロポーロポッポ!」と、ひっきりなしに歌っている。この大会で何度か耳にしたメロディーだが、あれはなんて言っているのだろう。


 電車は15分ほど走り、マラカナンの駅が近づいてくる。そのとき、おかしなことに気づく。このメトロは何かが不自然な気がしていたのだが、その理由がわかった。客の出入りがほとんどないのだ。みんなマラカナンを目指しているから、誰も途中で降りない。そして今はブラジルの試合の最中だから、ほとんど誰も乗ってこない。


 マラカナンの駅に着く。予想どおり自分の席のゲートまでずいぶん歩かされた。スタジアムに入ると、ロビーのテレビがブラジルの試合を映している。1−1のまま延長だ。先ほど頭をよぎった恐ろしいシナリオが現実味を帯びてくる。だが、ブラジルはPK戦でなんとかチリを振り切った。


 続いて行われたマラカナンの試合では、コロンビアが今の勢いをそのまま発揮して2─0でウルグアイを下した。コロンビアがワールドカップでベスト8に進出するのは初めてだという。あのコロンビアがこれだけ素晴らしいチームを手にしてようやく突破できた壁を、日本が打ち破るのは簡単なことではないのだなと再認識させられる。


 マラカナンから帰りのメトロに乗る。コロンビアの人たちは、もちろん黄色いシャツ姿で歌いまくっている。コパカバーナのあたりに着く。昼は地元ブラジルのファンでいっぱいだった街が、今はコロンビア人の歓喜にあふれている。


 食事をしてメトロの駅に戻ると、コロンビアのファンがまだ次々と押し寄せてくる。準々決勝で対戦することになったブラジルのサポーターとすれ違うと、彼らは軽いあいさつをしている。言葉はわからないが、中身は想像がつく。「3─0でコロンビアだ!」とコロンビア人が言い、「チッチッチ、何言ってんだよ」とブラジア人が返す。そんなたわいのないやりとりなのだろうけど、それをできることがうらやましい。


 この日は黄色に染まったリオのメトロ。マラカナンで決勝が行われる日には、何色に染まるのだろう。




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