増殖し複雑化し続ける対テロ戦争の敵

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2014年10月03日 14:51  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 アメリカがまた新しい戦争を始めた。今度の敵はイスラム教スンニ派テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)。開戦第1夜、米軍と有志連合軍による空からの攻撃は3波に及び、シリア国内にあるISISの拠点や訓練施設、物資等の供給路を攻撃した。


 だがアメリカは空爆の初めに、別な相手にも攻撃を加えていた。シリア北部アレッポ郊外の2カ所に、駆逐艦から巡航ミサイルを撃ち込んだのだ。


 標的は「ホラサン・グループ」と呼ばれるテロリスト集団だ。やはりイスラム過激派だが、小規模で知名度も低い。アメリカ政府当局が初めてこの集団に言及したのは、つい1週間ほど前のことだ。


 当局によれば、ホラサン・グループを構成するのは国際テロ組織アルカイダに所属し、アフガニスタンとパキスタンで経験を積んだ戦闘員たち。アルカイダ最高幹部のアイマン・アル・ザワヒリは彼らをシリアに送り込み、新たな戦闘員の調達や訓練、そして戦力の強化を狙っているという。内戦下のシリアは事実上の無政府状態にあるから、こうした武装勢力が活動するには理想的な環境と言える。


 しかも、ホラサンの真の任務はアメリカ本土や欧州諸国に対するテロ攻撃だという。構成員は50人程度だが、イエメンのアルカイダ系組織に属する爆弾作りのプロと合流し、爆弾製造技術を磨いてきたとされる。


 そのホラサンが攻撃を実行する段階に近づいたという情報を、アメリカ政府はつかんだ。だから、急いで拠点をたたく必要が生じたわけだ。


 アメリカはISIS壊滅作戦を強化する一方、「対テロ戦争」の当初の敵アルカイダが生み出した組織にも攻撃を加えたことになる。テロとの戦いはますます多面的になってきた。血みどろの内戦と事実上の無政府状態という不安定な環境(シリアだけでなく、アフリカやアジアの一部にもある)は、イスラム過激派の増殖に最適なのだ。


テロリストは死滅しない


 たとえどんなにアメリカがISISを弱体化させ、壊滅させようとしても、その残党は長い将来にわたって生き延びるだろう。それが冷酷な真実だ。


 シリアの複雑な現実を見ればいい。ホラサンは独立した組織ではない。彼らはシリア国内で活動するアルカイダ系組織「アルヌスラ戦線」に合流し、それがシリアでISISと勢力争いを繰り広げている。つまりアメリカは先週、ISISとその敵の双方を爆撃したことになる。


 漁夫の利を得たのはシリアのアサド政権だ。アメリカがイスラム系武装勢力をつぶしてくれるなら、アサドは親欧米系の反政府勢力つぶしに専念できる。


 状況はかくも複雑だ。アメリカ政府の判断は本当に正しかったのか?


いったいシリアで、いくつの戦線を開くつもりなのか? 介入せず、武装勢力同士の殺し合いを見守るという手もあるのではないか。


 欧米諸国へのテロを計画しているのがホラサンだけなら、なぜシリアにいるISISをたたくのか。そんなことをすれば、ISISも攻撃の矛先をアメリカや欧州諸国に向けるかもしれない。それよりも、もっと早くアサド政権を倒すべきだったのではないか。そうすればシリアが過激派の温床となるのを防げたかもしれない。


 今回のシリア空爆についても、懐疑的にならざるを得ない理由がたくさんある。まず空からの攻撃だけでは不十分で、誰かが地上で戦わねばならない。だがシリアの反政府勢力がISISに勝てる保証はない。


 ISISを本当に孤立させるためには、イラク政府が国内のスンニ派勢力から支持を取り付ける必要がある。イラクの新政権にそれができるだろうか。


 アメリカは21世紀に入ってから2つの地上戦を戦い、9・11テロの首謀者を追い回し、多数の人命を失い、巨額の資金を費やしてきた。それでもまだ当初の敵の残党に手を焼いている。


 中東の混乱・混迷は深まるばかりだ。アメリカはISISを相手に、いつまで戦う覚悟をすべきなのだろうか。



[2014.10. 7号掲載]


ウィリアム・ドブソン(本誌コラムニスト)



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  • 最初から一部の商売でしかないんだよ、対テロ戦争。
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