椎名林檎『日出処』はもっと多くのリスナーに届くべき 初週売上げを受けて考えたこと

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2014年11月15日 17:20  リアルサウンド

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椎名林檎『日出処(初回限定盤A)(Blu-ray Disc付)』(ユニバーサルミュージック)

参考:2014年11月03日〜2014年11月09日のCDアルバム週間ランキング(2014年11月17日付)(ORICON STYLE)


 このコラムでは4週間に1回自分の順番が回ってきて、その週のアルバムチャートを分析して原稿を書いるわけですが、できることならこのタイミングでアルバムチャートについては書きたくなかったというのが正直なところです。「書きたいことがない」からではなく、逆に「書きたいことがありすぎる」というか、本来は冷静に分析すべきところに私情を挟まずにはいられないからです。


参考:セルフカバー集を発表する椎名林檎 作曲家としての特徴を現役ミュージシャンが解説


 自分が20年近く音楽に関わる仕事をし続けてきた根っこには「いいものは売れるはずだ」という信念のようなものがあります。だから、自分があまり「いい」と思えないものでも売れているものがあったら「いい」ところを探そうとするし、自分が「いい」と思えるものが売れなかったとしたらその理由を探します。「ミュージシャン本人にもっと売りたいという欲があったら」とか「もっと幅広く届けるための方法論をとっていれば」とか「リリースのタイミングがもうちょっと早かったら/遅かったら」とか、「いいのに売れない」理由の一部は、音楽そのものではなくミュージシャン本人やそのミュージシャンを取り巻く環境に原因があることもあります。そういう時は歯痒い思いをしながらも、(非常に)微力ながら自分が関わっている複数のメディアを通して作品の素晴らしさを世に訴えたりもするわけですが、もう今回はそういう次元ではなく、頭をガツンと殴られたような大きな衝撃を受けています。


 前置きが長すぎましたね。何について言っているのかというと、今週3位の椎名林檎『日出処』のことです。この際、3位というチャートの順位はどうでもいいです。衝撃を受けたのは初週42.638枚という売上げ。この数字は、椎名林檎名義のオリジナルアルバムとしては前作にあたる5年半前の『三文ゴシップ』の初週売上げの約3分の1、東京事変の最後のオリジナルアルバムとなった3年半前の『大発見』の初週売上げの約2分の1。「普通に近年のCD売上げの下降トレンドに沿っただけじゃないか」とか「iTunesチャートでは1位になったじゃないか」とか、いろんな意見もあるかもしれないですが、平静を装ってそんなことを言う人の首根っこをつかんでこう問い質したいですね。「あなたは本当に『日出処』を聴いたのか?」と。


 『日出処』という作品は、単に椎名林檎が5年半ぶりにリリースした5枚目のオリジナルアルバムというだけではありません。2012年2月29日、停滞著しい音楽シーンとは逆行するように、作品を積み重ねるごとにその吸引力と存在感を増していた東京事変を敢えて解散させて、椎名林檎が不退転の決意で作り上げた一大ポップアルバム。彼女自身も「“目抜き通り”を描きたかった」(『SWITCH』2014年11月号)と語っているように、この作品は約240万枚のセールスを記録した2000年のセカンドアルバム『勝訴ストリップ』以来と言ってもいい、椎名林檎が真っ正面から不特定多数のリスナーと向き合った作品なのです。ポップに振り切れているのは音楽だけではありません。これは今回あまり語られていませんが、一聴するだけでは解読困難というイメージが強いこれまでの椎名林檎の歌詞の歴史において、『日出処』における歌詞はいつになくストレートに胸を打つ表現が目立っています。気心の知れたNHKの音楽番組とテレビ朝日のミュージックステーション以外の音楽番組にも積極的に出演するなど、リリースタイミングのプロモーション活動においてもそんな「外向き」の姿勢を明確に打ち出していました。


 『勝訴ストリップ』リリース当時高校生だったリスナーも、今は30代。いくらなんでも14年間も「目抜き通り」に戻ってくるのを待ちきれなかったという人もいるでしょう。もともとそれほど数の多くないライブ活動が、近年は特に東京/大阪の大都市に偏重し過ぎていたと指摘する人もいます。今回の初週売上げの数字は、(東京事変の作品も含め)近年コアリスナー向けの企画盤のリリースが続いたことで、結果的にコアリスナー以外が削ぎ落とされてしまったことを証明することにもなってしまいました。あるいは、今回の『日出処』に至る道には、我々が住むこの世界とは別のパラレルワールドにおいて、もう一つのストーリーがあったかもしれません。もし今年6月のワールドカップで日本代表がもうちょっとまともな内容の試合をして決勝トーナメントやベスト8に進んでいたら(熱心なサッカーファンの一人として、それ以上の結果はあまりにも非現実的なので仮説としても立てませんが)、日本中で今回の10倍、20倍、30倍の大フィーバーが巻き起こって、「NIPPON」が「Let It Go 〜ありのままに〜」と並ぶ2014年を代表する曲になっていたかもしれません。リリース当時にはいろいろとくだらない横槍が入った「NIPPON」ですが、あの名曲にはそれだけのポテンシャルがあったと当時も今も自分は思っています。


 全身全霊を注ぎ込んで目を見張るような素晴らしいアルバムを作り上げた尊敬して止まないミュージシャンに関して、「でも、想像よりも売れなかったですね」という原稿を書く。そんな失礼なことはないし、それは本意ではありません。最初は数字に見て見ぬふりをすることも考えました。でも、今回の『日出処』の結果は、椎名林檎という一人のミュージシャンの問題だけではないと思うのです。椎名林檎の才能の本当のすごさは、我々のようなジャーナリストや批評家なんかよりも、同業者の才能あるミュージシャンがよく知っているはずです。そんなミュージシャンたちにとって、今回の結果は相当なインパクトがあるでしょう。そりゃあ、活動のペースが鈍ったり、活動休止が続いたりもしますよ。どうでもいい音楽が想像以上に売れても、どうでもいい音楽が想像以上に売れなくても、そんなことはどうでもいいんです。しかし、これは他でもない、あの椎名林檎が腹を括って作り上げた超傑作アルバムなのです。無力感に苛まれてばかりいても仕方がないので、最後に一言。椎名林檎のアルバムを一度は買ったことのある240万人の人たちは、もはやどんなかたちでもいいので、一度『日出処』を聴いてみてください。椎名林檎史上最高最強の椎名林檎がそこにいますよ。(宇野維正)



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  • この記事は長すぎるけど、ほんとに皆に聞いてほしい。。
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