話題作『Mommy/マミー』が映す愛と絶望と希望

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2015年04月28日 20:01  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

 強烈な磁力を感じる映画だ。昨年のカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を取っているが(ジャンリュック・ゴダールとW受賞)、そんな売り文句がなくても『Mommy/マミー』にはきっと多くの人が心をつかまれるはず。監督はカナダのグザビエ・ドラン(フランス語圏のケベック州出身)。26歳だ。


 舞台は2015年の「架空の国カナダ」。シングルマザーのダイアン・デュプレ(アンヌ・ドルバル)は、矯正施設から出てきた15歳の息子スティーブ(アントワン・オリビエ・ピロン)と一緒に暮らしはじめる。スティーブはADHD(注意欠陥・多動症)で、ときに激しく情緒不安定で攻撃的になる。


 トラブルの絶えない生活が少しずつ変わっていくのは、ダイアン親子が向かいに住むカイラという女性と親しくなってから。休職中の高校教師であるカイラはスティーブの勉強の面倒をみることになり、ダイアンの話相手になって――。


 ドランは脚本・監督・主演を務めたデビュー作『マイ・マザー』(09年)で反抗期にある少年の母への愛憎を描いた。今回また母というテーマに戻ってきたことは興味深い。「僕がもっとも愛するテーマを1つ挙げるとしたら、それはおそらく僕の母についてだ。同時にそれは母親というもの全体を指している」と、本人は語っている。


1:1という画面サイズが生む効果


思い出の日 カイラ(右)と出会い、親子2人の生活も変わっていくShayne Laverdiere / © 2014 une filiale de Metafilms inc.


 これまでもそうだったように、ドラン作品の登場人物は複雑だ。いわゆる普通の人々、ではないかもしれない。ダイアンだって言葉は悪いし(タクシーの中で息子に「子供は黙ってオナニーしてて」なんてなかなか言えない)、40代とは思えない服装だし、スティーブとしょっちゅう怒鳴り合っている。カイラも家庭に問題があるようで、ストレスからか吃音に苦しんでいる。


 ADHDやシングルマザーという要素でいえば、当事者として共感できる人は多くはないと思う。それでも脚本や演出の鋭さゆえだろう、彼らを見ていると普遍的な、誰にでもある生きにくさや惑いを抱える存在として親近感を覚えてしまう。


未来へ スティーブは世界と衝突しながら自分の居場所を探しているShayne Laverdiere / © 2014 une filiale de Metafilms inc.



 映像表現や音楽の使い方が効果的というのもあるかもしれない。ドランは本作で1対1という正方形の画面サイズを採用した。そうすると、登場人物に対してより視線がフォーカスされる。目が離せなくなる、と言ってもいい。物語としては暗く、不穏さの漂うものだが、やさしく温かい色調がかすかな希望を感じさせる。


 音楽についてドランは、映画に合わせて流すのではなく、映画の中で流れているという感覚で作ったと言っている。確かにわざとらしさはなく、特に中盤で流れるオアシスの「ワンダーウォール」は印象的。主人公たちの世界が広がっていくこと(ある仕掛けによって、文字通り「広がる」のが面白い)を象徴し、忘れられない。


 ダイアンやスティーブがちょっと騒々しいこと、近過ぎる母子の関係になじめない人もいるかもしれない。それでも一瞬流れる静寂の時や、未来を感じさせるラストにはそれを打ち消す力がある。やっぱりこの人には「スタイル」があるのだ。


 ドランは、5月13日に開幕する今年のカンヌ映画祭で審査員を務めることになっている。もちろん史上最年少。「カナダの俊英」「映画界の救世主」「アンファン・テリブル(恐るべき子供)」と言われてきたドランは、さらに一段階進むところに来ているようだ。



大橋希


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