ベトナムの港に大国が熱視線「海洋アジア」が中国を黙らせる

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2016年05月02日 11:41  ニューズウィーク日本版

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 今、西太平洋で最も熱い視線を浴びている港は、先月上旬ベトナムが中部カムラン湾に開いた国際港だろう。南シナ海に面した軍事的要衝で長く閉ざされてきたが、外国の軍艦や民間船を受け入れることとなった。


 中国、ロシア、アメリカ、日本など、世界の大国は皆ベトナムに求愛し、虎視眈々とカムラン湾に軍艦を乗り入れようとしている。ベトナムもしたたかに八方美人を演じ、誰に対してもほほ笑みを絶やさない。


 時代をさかのぼれば79年春に、中国が社会主義の弟分を「懲罰」しようとベトナムに侵攻。それと前後するかのように、ソ連はカムラン湾の租借に成功した。ソ連は中越戦争でベトナムを強く支持し、太平洋艦隊の一部をカムラン湾に駐留させた。


【参考記事】南シナ海の中国を牽制するベトナム豪華クルーズの旅


 ソ連の戦略はその後、ロシア連邦に引き継がれる。熊(ロシア)は龍(中国)と時に熱愛を演じても、太平洋方面の戦略的な拠点を放棄しようとはしなかった。


 カムラン湾の戦略的な地位が忘却された時期もあった。冷戦後の91年、対岸のスービック海軍基地をフィリピンが閉鎖して米軍が撤退。02年にロシアも撤退してからは、カムラン湾は外国に門戸を閉ざした。


ソ連が引いた隙に中国が


 米ソ2大国の対立が閉幕し、ソ連が歴史のかなたへ消えようとする。その隙を狙うかのように、南シナ海に躍り出たのが中国だ。ベトナム海軍を駆逐して、南シナ海を自国の内海にしようと主張しだした。


【参考記事】南シナ海「軍事化」中国の真意は


 見かねたアメリカはカムラン湾の「復帰」をベトナムに度々打診。ベトナム戦争という複雑な記憶を乗り越えて、11年にはついに星条旗を掲げた軍艦がベトナム人の歓迎を受けた。


【参考記事】アメリカは「中国封じ」に立ち上がれ


 ロシアもアメリカの行動を意識している。今年に入ってから、ロシアのショイグ国防相はカムチャツカ半島の軍事基地を視察。極東の軍港からベトナムを経てマラッカ海峡に至る、西太平洋の「弧」の強化を指示した。


 日本も今月、海上自衛隊の護衛艦「ありあけ」と「せとぎり」をカムラン湾に派遣。その前には練習潜水艦が護衛艦と共にスービック海軍基地を訪れていた。航行の自由作戦を実施中の米海軍への側面支援を担った演習の一環であろう。


 西太平洋の海が世界の表舞台に出たのは今に始まったことではない。「海」と「世界の近代化」との関係を分かりやすく描いた学説として、経済学者で静岡県知事を務める川勝平太の『文明の海洋史観』(中公叢書)がある。それによると、近代文明は西洋内部で自己生成したものではなく、「海洋アジア」のインパクトを受けて開花したものだという。


文明論に基づく世界戦略


 13世紀に西洋はモンゴル帝国による大陸制覇の危機に直面し、その打開に向けて16世紀から海に乗り出した。「海洋アジア」の黄金と香辛料といった豊富な物資が西洋に富をもたらし、産業革命に成功する──近代以降の歴史は西洋列強によってつくられてきたとの説を論破し、西太平洋の重要性を説いた文明史観だ。


 カムラン湾をはじめ、南シナ海紛争の本質を理解するためには、アジアを中心とした世界戦略の再認識が不可欠だ。単に「アジア回帰」というスローガンを叫んでも、文明論に立脚した戦略がなければやがては頓挫する。米民主党政権は中国の領土拡張やイスラム過激派テロ、ロシアによるクリミア併合に手をこまねいている。すべては欧米だけで問題を解決しようとし、アジアを軸とした文明論的戦略が欠如しているからだ。


 海洋アジアの要を成す日本は、西洋と共にいち早く近代化を実現し、世界秩序の構築に寄与してきた。今後も関与をやめる必要はない。カムラン湾を抱えるベトナムと友好関係を築き、その背後にあるインドシナ半島の住民とも連携を強化すべきではないか。


 日米とインドシナの強固な結び付きで海洋の波風が収まれば、東アジアの乾燥大陸に住む乱暴な「龍」も国際法を遵守しなければならなくなるだろう。



[2016.4.19号掲載]


楊海英(本誌コラムニスト)


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