【2010年以降の日本語ラップ名曲まとめ 進化を続ける新たなヒップホップの画像・動画をすべて見る】
しかしながら、その注目の多くは日本語ラップの中の局所的なイベント「MCバトル」に向けてのもので、楽曲について語られることはヒップホップ専門のメディアやコアなファンの間の中にまだまだとどまっています。
数少ないネット上の記事を見ると「日本語ラップのクラシック◯◯選」といった、なぜか黎明期や90年代の古い楽曲ばかりが紹介されています。
では現在の日本のヒップホップはどうなっているのか? ラップのフロウや韻の研究も進み、ラッパーもトラックメーカーも、かつての「B-BOY」スタイルを超えた新たな枠組で、さらなる発展と進化を遂げた完成度の高い楽曲がリリースされ続けています。ここでは、2010年から現在までにリリースされた日本語ラップの人気楽曲、注目楽曲を紹介したいと思います。
2010年
2000年代初頭より渋谷から頭角を現したヒップホップクルー・NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのMC・DABOさんと、元暴走族の総長で京都では知らぬ者はいない不良だったANARCHYさん、そしてKICK THE CAN CREWとしても活動し、他の追随を許さない存在感を持つKREVAさん。
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アメリカの大物プロデューサー・Ski Beatzさんのトラックを30名もの日本人ラッパーが歌い直したリミックス集「24 HOUR KARATE SCHOOL」からの1曲。
前述したANARCHYさんのほか、横浜発のヒップホップバンド・OZROSAURUSのMACCHOさん、日本語ラップ史の革命前夜を告げた名曲「証言」を残したユニット・LAMP EYEのRINO LATINA IIさん、日本で最も怖いラッパーの一人・漢 a.k.a GAMIさん(最近はコミカルな感じも人気ですが)が繰り広げる熱いマイクリレーは圧巻。
環ROYさんは、その洗練されたラップと楽曲によって、これまでヒップホップに馴染みがなかった人にも音楽を届けることに成功したアーティストです。
featuringには、2009年に「Rollin' Rollin'」という名曲を残した七尾旅人さんが参加。チルでノスタルジックな1曲ですが同時に熱さも感じる良曲。
2011年
EVISBEATSさんは、ラッパー・AMIDAさんのトラックメーカーとしての変名。トラックメーカーとして、多くのラッパーや、ももいろクローバーZにまで楽曲提供をしている彼ですが、山梨出身のラッパー・田我流さんを迎えた本曲は2010年代最高の1曲に仕上がっています。
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ヒップホップとアイドルを組み合わせたユニットは現在多く存在していますが、その先駆けがtengal6(現・lyrical school)です。
協賛企業としてTENGAがついた清純派アイドルですが、若手クリエイターユニット・NEWTRALのプロデュースのもとCDデビューし、瞬く間に話題となっていきました。DJ/トラックメイカーのtofubeatsさんが提供した本楽曲は、ユニット初期を代表する名曲です。
2012年
キング・オブ・ステージと評される日本語ラップ黎明期より活躍するRHYMESTERの1曲。
マーク・キャパニさんの「I Believe In Miracles」をサンプリングした大胆で複雑なビートの楽曲ですが、反して「決めるのは君だ!」というストレートなリリックがガツンと入ってきます。ヒップホップ精神にあふれている…!
前述したtofubeatsさんは、ネットレーベル・Maltine Recordsやその周辺での活動によって頭角を現したDJ/トラックメイカーで、「水星」は彼の代表曲。
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T.R.E.A.M.主催のパーティー「田中面舞踏会」を象徴する一曲。オリジナルは田中仮雄さん&D.K.X.Oさんの2人によってラップされていますが、PUNPEEさんが参加したこのバージョンが特にヤバい。
トラックは宇多田ヒカルさん「DISTANCE」が用いられ、それぞれの距離に対する感情が歌われます。後にtofubeatsさんとokadadaさんのユニット・dancinthruthenightsらもリミックスを発表しています。
https://soundcloud.com/dancinthruthenights/local-distance
メキシコ生まれのニューヨーク帰りの日本人ラッパー・AKLOさんの名曲。本人はバイリンガルラッパーと呼ばれるのを良しとしていないものの、その迫力あるビジュアルもラップも本格派、本流という言葉が似合わざるを得ない感じです。
曲名の「RED PILL」は多分、映画『マトリックス』に出てきた、真実を受け入れる赤い錠剤のことを指しているのだと思っています(対にあるのは幻想の中で生きる青い錠剤)。
「ゆれる」の田我流さんとはまったく違った超アッパーなチューン。彼が所属するstillichimiyaの面々がなりふり構わずやべ〜勢いですげー盛り上がる。
彼らは田我流さんを含む山梨県甲府市を中心に舞台とした映画『サウダーヂ』にも出演。地方の下流社会のリアルをそのまま表現しています。
2013年
MCのハシシさんとダンス/ボタンを押す係のnicecreamさんによる2人組ヒップホップユニット・電波少女のメンバーが3人のときにつくられた名曲。
ハシシさんの内省的かつ攻撃的な性格のねじ曲がったリリックと聞きやすいHookは唯一無二。FUNKY鬚HANKさん(旧メンバー)が脱退してからハシシさんが一人で撮り直した「Munchii Bear Cookiis 2015」もとても良い仕上がりです。ネットラップを出自とする彼らですが、既存のヒップホップシーンへも侵食しつつあり、すでにその存在と実力を示しています。
https://www.youtube.com/watch?v=r4sK0NXqMO8
小学生ラッパーとして一時バズを生んだLIL-KOHHさんの兄・KOHHさんの初期の名曲。いまや現在のヒップホップシーンの前線を走り、世界のラッパーとも共演するKOHHさんですが、「JUNJI TAKADA」のようなあんまり意味のなさそうな曲からシリアスな曲まで高頻度でさまざまな楽曲をリリースしてきました。
王子の団地から這い上がった彼の成功は、まさにヒップホップドリーム。デジタルメディア・VICEの特集動画もぜひ見てほしいです。この曲じゃないですが「Fuck Swag」の「真似するのはなし だけど奪うならあり」というラインも最高。
https://www.youtube.com/watch?v=xi_HGCZxlVY
MIX CD「This Time Vol.2」からの1曲。DJ松永さんは世界で最も栄誉あるDJの大会「DMC DJ Championship」に初挑戦し、北海道チャンピオンの座を勝ち取った新進気鋭の若手ターンテーブリスト。
この楽曲では彼と親交の深いKOPERUさん、ユニット・CreepyNutsの相方であるR-指定さん、HilcrhymeのTOCさんらがマイクリレー。エモーショナルなトラックと真摯なラップが胸を打つ名曲です。
daokoさん(現・DAOKO)は、ネットラップの世界から現れたフィメールラッパー。ウィスパーボイスを駆使したラップと等身大のリリックで注目を集めています。
Jinmenusagiさんや不可思議/wonderboyさんを輩出したLow High Who?に所属し、独自の倫理観と精神世界を歌い上げます。近年文科系フィメールラッパーの台頭が目覚ましいですが、daokoさんは明らかに異質の存在感でした。「BOY」は渋谷のテーマ曲にしてもいいくらいの良曲。
サイプレス上野とロベルト吉野は、数多くのロックフェスに注目する一方で、コアなヒップホップファンの心も掴んでいる稀有なユニット。
featuringには元・ミドリの後藤まり子さんを起用しているなど、ヒップホップという音楽の拡張を常にサ上とロ吉の楽曲と活動から感じることができます。同時に「ヨコハマシカ feat.OZROSAURUS」のような土着的なレペゼンソングも出したりと、本当に変幻自在であり、ポップ。
ファンキーかつアーバンなラップで知られるZEN-LA-ROCKさんのアッパーなクラブチューン。グイグイグイ!
覆面音楽ユニット・CTSのプロデュースをつとめるDJ KAYAさんとの共作による本MVは、クラウドファンディングサービス「CAMPFIRE」で集められた資金でつくられており、サイバーエージェント代表の藤田晋さんも出資したことでも話題となりました。
2014年
レーベルメイトでありながら独自の道を探求し続けるAKLOさんとSALUさんの2人に加え、「BACHLOGIC」名義などでも活動する鋼田テフロンさん、キングギドラ(現:KGDR)のKダブシャインさんまで参加した豪華な曲。
MVは漫画『クローズ』的な学園抗争モノを意識してつくられていますが、爽やかな印象があるSALUさんが、キレたらまじで怖そうなキャラクターを演じきっています。というかみんな演技が上手い。何度でも見られる秀逸なMVと楽曲です。
「高校生ラップ選手権」で準優勝を果たして頭角を現したラッパー・GOMESSさんの名曲。自閉症を患った当時の情景と感情をラップで表現しています。
幻想的なトラックながら力強くラップするさまは、瞬く間に普段ラップを聴かない人にも届き、多くのメディアで取り上げられるなどして話題となりました。「My Name is GOMESS 人間じゃねえ」と歌う彼から、確かに人間の枠に収まらない迫力を感じます。
ISH-ONEさんの楽曲「NEW MONEY」を渋谷強めギャル系フィメールラッパー集団がリミックス。この楽曲に参加した実力派フィメールたちは、現在はS7ICKCHICKsとして活動しています。
流行の兆しがあった軟弱な文科系女子ラッパーとは真逆のスタイルですが、本楽曲をきっかけに一気に知名度が広がりました。ちなみに筆者はAYA a.k.a.PANDAさんが大好きです。
DJ NOBU a.k.a. BOMBRUSH!さんの「BLACK FILE THE BOMBRUSH SHOW 3」収録曲。日本におけるハスリングラップ、そしてMCバトルの第一人者である漢さんが載せるラップは「根暗、アングラ、文学系、スピリチャル(略)ポップス、ギャングスター、ネットラッパー ラップにはそれぞれの意味がある」。
超リアルハードコアな漢さんが、日本のヒップホップにおける多様性を明確に肯定している曲だという点だけでも感動しました。内容はかなり黒いけど漢さんのラップは意外にメロディアスで聞きやすいです。
2015年
2015年に突如として現れた東京ストリート発のクルー・YENTOWN。Chaki Zuluさんのハイセンスなトラックに、ドラッギーなラップが載るさまは、かつてのヒップホップのような汗臭さや泥臭さはまるで感じず、新しさの象徴のようにうつりました。
中でも「Daijoubu」はシンプルすぎるhook「大丈夫じゃねえ けど大丈夫かも」がライブで非常に盛り上がる名曲。今一番現場が盛り上がっているクルーではないでしょうか。メンバーのJunkman(現・JNKMN)さんをはじめ、アパレルブランドを展開している人もいて、みんなお洒落です。東京っぽい。
こちらもYENTOWNの楽曲。SEEDAさんが注目する気鋭ラッパーを集めたMIX CD『CONCRETE GREEN』にも収録され、SEEDAさん本人もラップを行うのですが、不穏なトラックをつん裂くような鋭いフロウがめちゃくちゃかっこいいです。
ライブで「BUSSIN!」って叫ぶとめっちゃ気持ち良いです。
サイプレス上野さんとガールズダンスユニット・東京女子流のメンバーである中江友梨さんによるヒップホップユニット。
年の差が17歳離れた世代違いのラップユニットだが、「それな!」などの若者言葉や「ポケベル」などの昔流行ったツールに言及した楽しさ満載のリリックを生み出しています。EAST END×YURIによる往年の名曲「DA.YO.NE」を意識している点もヒップホップ。
俳優/シンガーソングライター・加山雄三さんの往年の名曲をPUNPEEさんがリミックス。朗らかでとても聴きやすいラップソングですが、50年も前の曲をヒップホップとして蘇らせたPUNPEEさんの手腕の凄さが同時に伝わります。
MVの終わりには加山雄三さん自身も登場し、ラップという歌唱法にかなり興味を持っている様子がうかがえます。
2016年
幾度もオーディションに落選した経験から生まれた反骨心を原動力にラップを行う男の子アイドルグループが「マジボ」ことMAGiC BOYZ。
ストリートでのビジネスや生い立ちの不遇、挫折と成功を歌うラップとは一線を画し、学校生活を中心とした青春像を歌う彼らのラップは日本ヒップホップ史においても稀有。2名のメンバーの脱退を経験しつつも、今後の可能性は計り知れません。
多様化が極まりつつも発展を続ける日本のラップシーン。そんな状況の中で生まれたのが、ややシニカルながら俯瞰的に歌った「みんなちがって、みんないい。」。
UMB3大会連続優勝という偉業を成し遂げたR-指定さんによる他ラッパーたちのフロウの模倣までもdisっぽく聞こえてしまいますが、あくまで楽曲の内容は本心だそうです。YouTubeのコメント欄までも「このラップはあのラッパーの真似だ」といった話題で盛り上がっており、面白く計算された楽曲になっています。
http://kai-you.net/article/27224
まだまだ歴史が浅い音楽分野である日本語ラップ
他にも挙げたい曲はたくさんありますが、最近ヒップホップ聴いてないな、どんな曲があるのかな、と探すときの参考になればと思います。
「人間発電所」や「証言」、もしくは「Grateful days」といった往年の名曲ばかりがクローズアップされてしまいがちな日本語ラップですが、現在のシーンもとてつもなく高度に進化し続けています。
まだまだロックやポップスに比べると日本に根付いてからの歴史は短い音楽ジャンルですが、だからこそ実験的かつ斬新な楽曲が自由に制作され、リスナーもそれを自然と受け入れているのが日本語ラップの最も魅力的な部分だと思っています。