著作物を円滑に利用できる「柔軟な権利制限」に反対声明…メリットはないの?

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2016年11月17日 11:12  弁護士ドットコム

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国の文化審議会が、著作物を円滑に利用できるようにするため、著作権法に「柔軟な権利制限」規定の導入を検討している。こうした状況について、日本新聞協会など、出版・映画・音楽などの著作物に関わる7団体が10月下旬、「日本のコンテンツ産業の弱体化につながる」として、反対声明を発表した。


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この声明は、「柔軟な権利制限」規定を導入すると、「悪質な侵害行為も適法になったと誤解する『居直り侵害者』『思い込み侵害者』が増加する」「非生産的な侵害対策コストが増加することで日本のコンテンツ産業が弱体化する」「消費者に多様・優良なコンテンツを届けることができなくなる」などと指摘している。


現在検討されている「柔軟な権利制限」規定のモデルとなっているのは、米国の「フェアユース」規定とされる。声明はさらに、米国型を導入するのではなく、日本の実情にあわせた「個別の権利制限規定」を求めている。「柔軟な権利制限」規定を設けるメリットとデメリットはどういうものがあるのか。著作権にくわしい雪丸真吾弁護士に聞いた。


●著作物の利用をともなう新規ビジネスが生まれやすくなる

「柔軟な権利制限」規定を導入するメリットはなにか。


「よくいわれるメリットは、著作物の利用をともなう新規ビジネスが生まれやすくなるということです。


米国著作権法107条には以下の規定(抄訳)があります。「フェアユース」と呼ばれています。


『著作物の公正な利用(フェアユース)は、批評、論評、報道、報告、教育(教室内での使用のための多数の複製を含む)、学問、研究を目的として、複写物、録音物またはこの節に規定するその他の媒体へ複製することによる利用を含めて、著作権を侵害しないものとする。


特定の事案における著作物の使用が公正か否かの判断において、考慮されるべき要素には、以下のものが含まれる。


(1)利用の目的、性質。そのような利用が商業的性質を有するか、非営利の教育目的によるものかといった点を含む


(2)利用された著作物の性質


(3)利用された著作物全体との関係における利用された部分の量と質


(4)利用行為が著作物の潜在的市場や価値に与える影響』」


どういうところに影響があるのか。


「たとえば、グーグルに代表される検索エンジンは、検索対象の情報をサーバーに大量に蓄積していますが、著作権(複製権)侵害ではないかという疑問がありました。


日本の著作権法では、2009年改正で著作権の制限規定を新たに設けて、立法的にこの問題を解決しましたが、それまでは法的にグレーの状況だったわけです。


個別に制限規定を導入することには、どうしても一定の時間がかかってしまいますので、法的にグレーの状況が長く続くことになってしまいます。


フェアユース規定があってもグレーであることは変わらないのですが、『最後はフェアユースで戦える』という拠り所があるほうが、リスクを取って新規ビジネスを始めやすいという面はたしかにあると思います。


日本で有力な検索エンジンサービスが育たなかった一因に、フェアユース規定の欠如を指摘する論考もありますが、あながち誤りとはいえないかもしれません」


●著作権侵害事件は泣き寝入りせざるをえないことが多い

デメリットはどういうものか。


「デメリットは、まさに今回の声明が指摘する点です。特に『損害賠償請求などの訴訟で侵害対策コストを回収することは困難』という指摘は、私も強く共感します。


著作権侵害事件の賠償額は低額にとどまることが多く、見込まれる弁護士費用にまったく見合わない結果、泣き寝入りせざるをえないことが実際多くあります」


導入にあたって必要な仕組みはなにか。


「著作権法を改正して、新たな制限規定を導入することになります。


ちなみに、韓国では、2011年に著作権法を改正して『著作物の公正な利用』の規定(韓国著作権法第35条の3)が設けられました。米国著作権法のフェアユース規定に非常によく似た規定です。韓国ではすでに、米国型『柔軟な権利制限』規定が導入されているといって差し支えありません」


「柔軟な権利制限」規定の導入はされるだろうか。


「実は、日本でも2012年の著作権法改正の際、フェアユース規定の導入の機運が高まりましたが、見送られた経緯があります。今回も、権利者側の反対が強いので、導入は簡単ではないと思いますが、ひとつ追い風になる事情があります。


TPP承認を受け、著作権の保護期間が『50年から70年』に延長される可能性が高まっていますが、このことは著作権の強化につながります。一方で、米国型の『柔軟な権利制限』規定の導入は著作権を弱めるものですので、両者は相反する方向での改正となります。


権利者側・利用者側双方に取って『1勝1敗』の結果になりますので、政治的には落ち着きの良い結末です。


2011年に韓国で『柔軟な権利制限』規定が導入された際も、実は同時に70年への保護期間延長の改正がなされました。日本も同じ展開になるのかどうか、注目です」


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
雪丸 真吾(ゆきまる・しんご)弁護士
著作権法学会員。日本ユニ著作権センター著作権相談員。慶応義塾大学芸術著作権演習I講師。2016年10月、実務でぶつかる著作権の問題に関する書籍『Q&A 引用・転載の実務と著作権法』第4版(中央経済社)を出版した。
事務所名:虎ノ門総合法律事務所


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