「ゲイとして生きる」 50代弁護士・永野靖さんが語るライフヒストリー

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2016年11月26日 10:52  弁護士ドットコム

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「自分は同性愛者というものなのだ」。東京都内で弁護士として働く永野靖さん(57)がそう気づいたのは、高校生のときだった。約40年前の日本。ゲイやレズビアンなど性的少数者への偏見が、いまよりもずっと強かった時代だ。永野さん自身にも同性愛者に対する誤解があった。「あの『薄汚い変態のホモ』と自分がイコールの存在だと気付いたときは、非常に衝撃的でした」(取材・亀松太郎)


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●「女っぽい」と言われて引け目を感じた


「ある50歳代ゲイのライフストーリー」。そんなタイトルのコラムが、今夏に出版された書籍「セクシュアル・マイノリティQ&A」(弘文堂)に収録されている。コラムの執筆者は永野さんだ。幼少期から中年期までの「ゲイとしての歩み」を振り返り、そのときどきの苦悩と葛藤を率直につづった。



小学生のころの永野さんは「おとなしい男の子」だった。男子の乱暴な遊びに入っていくことができず、仲の良い女子とよく遊んでいたという。そのため、同級生から「こいつ、女みてえでやんの」とはやされたり、近所のおばさんから「靖君は変わっているのね」と言われたりした。



周りから「女っぽい」と言われることに強い引け目を感じていた永野少年は、中高一貫の男子校への入学を機に「男らしくなろう」と決意する。言葉づかいをできるだけ男言葉に変え、座り方やカバンの持ち方などの仕草も男っぽいものにしようと努力した。



ところが、どうしても自分のことを「俺」と呼ぶことができなかった。「無理して『俺』と言おうとしても、自分が自分でないような気がして、とても強い違和感があり、どうしても使うことができませんでした」。そして、ある日、友人と一緒に電車に乘っているときに「こいつ、俺って言わないようなあ」と言われてしまう。



「友人は軽い気持ちで言ったのでしょうが、私にとっては気にしていたことをズバリ指摘されて、足元が崩れ去っていくような衝撃でした」



●「不治の病を宣告されたような衝撃」


「俺」という一人称を口にできなかった永野さんは、思春期になっても女性への性的関心が生まれなかった。同級生が女性のヌード写真を見て喜んでいても、何が面白いのかさっぱりわからない。その一方で「自分が同性愛者だ」とは夢にも思っていなかったという。



ところが、都内の書店でゲイの集まりのチラシを目にしたとき「自分は同性愛者なのだ」と気付いたのだった。そのときの動揺について、永野さんは「セクシュアル・マイノリティQ&A」のコラムで次のように記している。



「不治の病を宣告されたような衝撃でした。自分は、あの『変態性欲者』である同性愛者なのですから」



自分が同性愛者であることには気づいたものの、当時の永野さんに同性愛の正確な知識はなく、他の同性愛者と知り合う機会もなかった。「自分の胸の中にしまって生きていくしかない」。そんな諦めとともに、高校・大学時代を過ごした。



光がまったくなかったわけではない。ある日、雑誌でゲイ活動家の大塚隆史さんのエッセイを読み、ゲイの存在を肯定していく運動や「カミングアウト」という言葉を知った。「ゲイであることは別に異常でも変態でもなく、性のあり方の一つなんだと書かれていて、本当に救いでした」と、永野さんは振り返る。



雑誌には大塚さんの連絡先も記されていた。だが、手紙を出す勇気はなかったという。「同性愛に関する正確な情報がないから、自分で偏見を内面化してしまっていたんですね」



●暗闇に「一筋の光」が差し込んだ瞬間


そんな永野さんが、ようやく自分以外の同性愛者と初めて出会ったのは、銀行マンとして働いていた26歳のときだ。勇気を振り絞ってゲイの権利を考える団体「IGA日本」に連絡を取り、ミーティングに参加してみたのだ。



「そこにはどこにでもいるような『普通』の人たちがいました」。それまで真っ暗闇の中を一人で歩いてきた自分に、一筋の光が差し込んできたように感じられたという。その後、永野さんは「動くゲイとレズビアンの会(アカー)」という別の団体に参加し、ゲイとしてのライフストーリーを若いメンバー同士で語り合うようになる。



「女っぽいとバカにされたり、俺という一人称を使えないことに悩んだりという共通の経験を持つメンバーもたくさんいることがわかり、私一人ではないことを知ってとても気持ちがいやされたことを今でも鮮明に覚えています」



このようにして永野さんは、同性愛という自分自身の性のあり方を少しずつ受け入れ、自分にとって楽な言葉遣いや仕草を取り戻していった。



それから約30年がたち、性的少数者をめぐる状況は大きく変化した。同性愛などの情報はインターネットで容易に入手できるようになり、新聞やテレビでもLGBT関連のニュースが大きく報じられるようになった。だが、まだ社会には性的少数者に対する偏見や無理解があると、永野さんは指摘する。



「私自身がそうであったように、同性愛者自身が、世の中の偏見を内面化して、自分をネガティブに捉えてしまうことがあります。『同性愛は恥ずべきことではなく、自分自身の性のあり方なのだ』と少しずつ受け入れていくプロセスは、いまも多くの人が通る道なのではないかと思います」



●性的少数者のためのガイドブックを出版


永野さんは現在、ゲイであることをカミングアウトし、弁護士として、性的少数者の権利擁護に取り組んでいる。LGBT支援法律家ネットワークの仲間たちとともに、性的少数者が直面する法律問題について解説するガイドブック「セクシュアル・マイノリティQ&A」を世に送り出した。



さらに永野さんは、性的少数者への偏見や差別をなくすために、行政機関や企業の行動を促す法整備が必要だと考えている。



「行政機関や企業がLGBTへの差別や偏見をなくすための行動を積極的に取っていくことによって、職場でLGBTへの理解が進めば、カミングアウトする人が増えるでしょう。そうすれば、周囲の人たちも『LGBTというのは特別な存在ではないんだ』と気づくようになります」



永野さんはこう話す。



「そういう理解とカミングアウトの好循環の起点となるのが法律です。LGBTに対する理解を促進し、差別を解消するための法律を作って、行政機関や企業に法的責務を課していく。そのようにしてLGBTに対する無理解、偏見、差別をなくすための行動を促すことが、とても重要なのだと思います」


(弁護士ドットコムニュース)


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