現職校閲者による『校閲ガール』最終回レビュー すべての地味にスゴイ人へ

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2016年12月08日 20:01  KAI-YOU.net

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現職校閲者による『校閲ガール』最終回レビュー すべての地味にスゴイ人へ
2016年10月5日、日本テレビ系にてスタートした連続ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』。

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話題作への出演が続く女優・石原さとみが、ドラマの題材としてはなじみの薄い「校閲者」を演じることでも話題の本作。12月7日に放送された最終回では、悦子、幸人、森尾がそれぞれの道を歩み出す。

本記事では実際に新米校閲者として働く筆者が、実際の業務内容の紹介や現場の実情、業界に対する愚痴を交えつつ、前回に引き続きドラマの見どころをレビューする。



文:結城紫雄

どうして校閲者になったんですか?


雑誌『Lassy』での校閲作業が編集長・亀井(芳本美代子)の目にとまり、ファッション誌企画のプレゼンを任された悦子(石原さとみ)。

夢のLassy編集部への異動に情熱を燃やす悦子だったが、時を同じくして作家・本郷大作(鹿賀丈史)に盗作疑惑が浮上する。プレゼンの準備に追われつつ、本郷の潔白を証明するため奔走する悦子だったが──。

以上が最終回、10話のあらすじ。開け未来への扉ーっ!



Lassy編集部員・森尾(本田翼)から「先輩(悦子)に異動の話が来てるよ!」と言われ有頂天の悦子。校閲者として働く筆者からすると少し寂しい感じがしなくもないですが、悦子はファッション誌編集者を目指して7年3ヵ月。このチャンスに燃えるのも当然です。

話は変わります。最近ドラマの影響で、筆者も「校閲者」として取材していただくことが何度かありました。あるとき「どうして校閲者になったんですか?」と聞かれ、答えが浮かばず返答に詰まったのですが、ふと思い出したことがあります。筆者は中学生時代、『月刊宝島』(宝島社)という雑誌の企画「VOW」の愛読者でした。



VOWとは「街のヘンなモノ」を投稿する読者ページで、今でいうネットの「面白画像まとめ」のような役割を担っていました。そこで多くを占めていたのが「誤植ネタ」。新聞や雑誌、看板の誤植を見つけて投稿するというもので、同企画のファンだった筆者も誤植を見つけてはせっせと投稿に励んでいました。

誤植でキャッキャと喜んでいた自分が、十数年後に血眼で誤植を探すサイドになるとは因果なものです。

本郷大作、盗作疑惑?




話は戻って、突如浮上した本郷大作の盗作疑惑。あるWeb小説サイトの管理人が「自分の作品と酷似している」と、発行元である景凡社に謝罪と単行本の回収を要求してきたのです。そして「12月5日までに当該本の販売中止・回収を行なわない場合、盗作行為をマスコミにリークする」とも。奇しくも5日は、悦子のLassyプレゼン当日でもありました。

しかし、本郷作品の初校が校閲部に届いたのは、Web小説が公開されるより前のこと。つまり、「ゲラが何者かに持ち出され、内容がコピーされて、出版前にWebにアップロードされたのでは」と推理する校閲部メンバー。Web上の小説と本郷の作品との「突き合わせ(照合)」を行ない、「初校・再校・念校のどの時点のゲラが盗作されているのか」を探ります。



その結果、本郷が友人と行った旅行中にゲラがコピーされたことが判明。犯人を見つけるため「同行した友人の名前を教えてください」と言う文芸編集・貝塚(青木崇高)に、本郷は「友人を疑うことはできない。要求をのみ、作品は回収してくれ」と頑として譲りません。

態度を硬化させる本郷に一度は引き下がる貝塚。しかし本郷はひとり密かに、目星をつけていた作家志望の友人・岩崎(本田博太郎)宅を訪れます。本郷の姿を見てすべてを悟った岩崎は、「順風満帆なお前な人生に、何かしらの汚点を残してやりたくなったんだ」と告白。



「俺は作家になるという夢を叶えられなかった。夢を叶えられる人間は、お前みたいに才能と運のあるごく一部の人間だけだ」と吐き捨てる40年来の友人に、こっそり本郷の後を尾けていた悦子、貝塚、幸人が見守るなか、本郷はこう語るのでした。

「夢が叶わなかった」って言ったな? お前、結婚式で泣きながら言ったよな、「家族を持つことが夢だった」って。夢はいくつあってもいい。全部いっぺんに叶えようなんて、虫がよすぎる。俺は仕事を手に入れた代わりに、家族を犠牲にした。今必死にそれを取り戻そうとしている。『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』10話 本郷の台詞より

作家という華々しい職業に就き、一見順風満帆に見える本郷。しかしそんな自分でさえ、ひとつの夢のために諦めたものがあると本郷は告げます。ここまでご覧になった視聴者の方は、本郷が当初目指していた純文学では芽が出ず、「エロミス」で新境地を開拓したことを思い出した人もいるでしょう。

それを聞いた悦子も「全部いっぺんに手に入れようなんて虫がよすぎるのかも」と、校閲業務とLassy異動の間で揺れる自分の心境を見つめ直すのでした。



ドラマで頻出した「ゲラ」の語源は意外にも


再び話は変わります。ほとんどの視聴者の方は、本ドラマで「ゲラ」という言葉を初めて知ったのではないでしょうか。筆者も校閲事務所に入社して初めて知りました。



この何語かよくわからない言葉、語源ははるか昔ギリシャ・ローマ時代、地中海で使われていた「ガレー船」。多数のオールを使用するため、奴隷が漕ぎ手を担っていたという説もあります。

そしてまだ書籍が活版印刷で作られていた時代、活字を並べた木枠を船に見立てて「ガレー」と呼んでいました。これが変化したものが「ゲラ」。なんとも風流なネーミングですね。


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本とは(改めて例えるまでもなく)文字通り、幾千もの文字たちを乗せ大海原に挑む「船」としての役割を古来より担っていたということがわかります。

作家や編集者が「ガレー船に乗って勇ましく戦う戦士」だとするならば、校閲は戦史に刻まれることなくせっせとオールを動かす漕ぎ手のようなものでしょうか。

河野悦子は編集ガールになれたのか?




盗作の疑いは晴れたものの、問題解決に注力しすぎてプレゼンの準備がまったくできなかった悦子。翌日、Lassy編集長にチャンスをふいにしたことを謝罪しますが、編集長は「異動じゃなくて、企画を見てみたいって思っただけなんだけど……」と困惑顔。

実は、ファッション誌編集部への異動話は森尾と悦子の早とちりで、悦子は今まで通り“地味な”校閲部で働くことに。浮かれていないで「事実確認」をしておくべきでしたね。



一方、モデル業を辞め作家一本に絞ることになった幸人(菅田将暉)は、無事新作ノンフィクションを上梓。さまざまな「地味にスゴイ」職業にスポットを当てた渾身の一作は、悦子との出会いをきっかけに生まれたもの。

ちなみに文芸編集・貝塚はブログ本からエロミス、ノンフィクションに児童向け雑誌と、なんでも担当しているので、地味にめちゃくちゃ敏腕だと思われます。



「なんとなく」入ったLassy編集部で自分の居場所を見つけた森尾、悦子との出会いやモデル業を通して作家として新たなステージに踏み出した幸人。そして当初の憧れとは違う環境で、日々全力で奮闘する悦子。

地味な「校閲」という職業をテーマに、「与えられた環境で、いかに楽しくポジティブに生き抜くか」を、さまざまなキャラクターを通して描き出した全10回。堂々の大団円にて完結です。



『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』オンエア決定以降、全話にわたってレビュー記事をお届けした本連載。全11回、ご愛読いただきありがとうございました。

読者の方々、そして本連載のため尽力してくださったすべての“地味にスゴイ!”人たちへ、感謝をこめて。



今週の校正ギア!


鉛筆削り「TSUNAGO」(中島重久堂 / 税込1,620円)

鉛筆の先とお尻を特殊な形状に削ることで、短くなった鉛筆同士をジョイントできる画期的な鉛筆削り。



1,620円という鉛筆削り界ではかなりの高級品ですが、鉛筆を文字通り「最後まで」使いきったときの達成感は得も言われぬものがあります。2015年度グッドデザイン賞受賞。
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