匿名通信「Tor」による殺害予告、法的に解決できる? 仮面女子・神谷さんが被害

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2017年02月19日 10:13  弁護士ドットコム

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ブログで殺害予告を受けているとして、アイドルグループ・仮面女子の神谷えりなさん(25)が2月6日、都内で緊急会見を開いた。神谷さんは、「このままでは芸能活動を続けていくのが怖い」「ここ数日間、不安で不安で仕方がないです」などと、涙ながらに心境を語った。


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神谷さんによると、書き込みがあったのは1月下旬ごろ。公式ブログのコメント欄に、「首を絞める」といった、具体的で詳細な殺害予告が書き込まれていたという。警察に被害届を提出したものの、「Tor(トーア)」という匿名通信を使った書き込みのため、犯人の特定が難しく、捜査が行き詰っているそうだ。


神谷さんは「Torを使えば、殺害予告がし放題、野放し状態ということになる。一日も早く国内外の法整備が整い、匿名ツールを使った犯罪でも犯人が特定できるようにしてほしい」とも語っている。


Torとは一体何なのか。また、法整備をすればTorを使った犯罪は防げるのだろうか。インターネット関連事件を専門に扱う田中一哉弁護士に聞いた。


●日本では捜査手法の蓄積・共有が進みつつある

ーーTor利用の通信では、なぜ発信者にたどり着けないのか?


一言で言えば、発信者の「IPアドレス」を知ることができないからです。


インターネットに接続しているすべての通信機器には、IPアドレスという識別番号が付けられています。このIPアドレスと、それが使われた日時さえ分かれば、発信者を特定することが可能です。


しかし、Torを使った通信では、IPアドレスが、他人のIPアドレスに偽装されてしまいます。そのため、通常の特定手法では、Tor悪用者の捕捉は著しく困難になります。


ーーこれまで発信者の摘発に至ったことはあるのか?


発信者の特定がまったく不可能というわけではありません。日本では、2013年に逮捕者が出たのを皮切りに、和歌山、愛知、東京、京都、静岡などでTor悪用者の摘発が相次いでいます。これらはIPアドレス以外の情報から発信者を特定したものと見られ、Torについて捜査手法の蓄積・共有が進んでいる様がうかがい知れます。


Torは通信経路を確立する際、特徴的な動作をしますので、プロバイダに残された通信記録の内容によっては、「ある時刻にTorを使っていた者」を識別することができます。このような情報を他のメタデータと照らし合わせることで、一定程度、悪用者を絞り込むことが可能と思われます。


●法律で「ログ保存期間」などを定めることが有効だが…

ーー神谷さんは「法整備」を訴えている。どんな法整備があれば、解決が可能だろうか?


1つ考えられるのは、プロバイダが保存すべき通信記録の内容を法定することです。現在、多くのプロバイダにおいてはIPアドレスとタイムスタンプしか記録していません。


そのため、TorのようなIP偽装ツールが使われると、たちまち発信者の特定に支障が生じます。ですが、IPアドレス以外の情報、たとえば接続先などについて保存義務が課されれば、Tor悪用者を特定する有力な手掛かりになるでしょう。


2つめは、通信記録の保存期間を法定することです。この点については、総務省のガイドラインがありますが、法的拘束力はありません。そのため、多くのプロバイダでは3カ月程度で記録を消去しているのが現状です。


Tor悪用者の特定には、通常の手法よりも大量のデータの解析が必要になりますので、現状よりも長期間の保存義務を課すことが不可欠です。仮に、発信者の特定に資する情報について、相当長期間、通信記録を保存すべき旨が法定されれば、Tor悪用者の検挙はさらに増えていくでしょう。


なお、アメリカでは、FBIがTorネットワーク上でマルウェアを散布し、悪用者のブラウザに感染させて、発信元を特定するという手法を使っています。従前の方法ではTorに対応できないことが明らかになれば、日本でも、このような捜査手法の導入が検討されるかも知れません。


ーー法律で定めることで弊害は生じない?


上記のような通信記録の蓄積には、通信の秘密との絡みで議論が予想されます。プロバイダが保存する情報が増えれば増えるほど、悪用者の特定は容易になりますが、その一方で、個人のプライバシーに対する脅威も高まっていきます。


自分がどんなウェブサイトを閲覧したか、ブログにどんな記事を投稿したかといった情報が、知らず知らずのうちに記録される社会は、多くの人々にとって住みやすい場所ではないでしょう。ログの量は「多ければ多いほど良い」というわけではないのです。


●Torは本来、政府や企業からプライバシーを保護するツールだった


残念ながら、Torについて、我が国では負の側面が強調されがちです。しかし、Torは元来、インターネット上で個人のプライバシーを保護する目的で開発されました。そして、未だ通信の秘密が保障されていない国々では、Torはなくてはならないツールとなっています。


このような有用性は、ネット上での政府や企業によるトラッキングが懸念される現在、先進国に住む私たちにとっても重要なものです。Torに対する規制を考えるにあたっては、このような有用性に対しても、十分目を向ける必要があるでしょう。


(弁護士ドットコムニュース)



【取材協力弁護士】
田中 一哉(たなか・かずや)弁護士
東京弁護士会所属。早稲田大学商学部卒。筑波大学システム情報工学研究科修了(工学修士)。2007年8月 弁護士登録(登録番号35821)。現在、ネット事件専門の弁護士としてウェブ上の有害情報の削除、投稿者に対する法的責任追及などに従事している。
事務所名:サイバーアーツ法律事務所
事務所URL:http://cyberarts.tokyo/


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