『カルテット』松たか子の歌声が心にしみる理由 能地祐子が“歌手としての魅力”を探る

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2017年03月07日 22:33  リアルサウンド

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Doughnuts Hole

 1月からスタートしたTBS系ドラマ『カルテット』。放送中の物語は今、まさにクライマックスを迎えようとしているところなので、ここで内容を詳しく記すのは自粛させていただくけれど。偶然に出会った4人の男女が結成した弦楽四重奏団“カルテットドーナツホール(QDH)”が、冬の軽井沢を舞台に繰り広げる大人のラブ・ストーリー×ヒューマン・サスペンス。とびきりせつないラブ・ロマンスでもあり、軽妙なユーモアがはじけるコメディでもあり、それぞれの秘密が少しずつ明らかになってゆくミステリーでもあり、静かな日常を引き裂くサスペンスでもあり……。松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平。4人の役者が紡ぎ出す人間模様は、彼らが劇中で演じる主人公たちによって奏でられる弦楽四重奏曲のように美しく、複雑で、優しくて、哀しい。


(関連記事:椎名林檎は“大人と嘘”の物語『カルテット』をどう彩る? 主題歌「おとなの掟」を読む


 そんなビタースウィートな大人のドラマをより一層盛り上げているのが、番組限定ユニット“Doughnuts Hole”として主演の4人が歌うエンディング・テーマ「おとなの掟」だ。椎名林檎書き下ろしによる、刹那な曲調とドラマチックな展開が印象的なナンバー。ドラマ同様、昨今なかなかお目にかかれぬ上質な大人のポップ・チューンだ。名匠・斎藤ネコ率いる弦楽カルテットをはじめ、ヒイズミマサユ機、田村優弥、井上雨迩らが構築する強力な音世界をバックに、不穏さと艶やかさがなまめかしく交錯。まるで劇中の4人の関係性を暗示するかのような、もうひとつの物語を描き上げてゆく。ドラマの中では歌詞のない旋律だけで会話を交わすように楽器の音を重ねる彼らだが、この主題歌は歌声の“四重奏”。そして松たか子の歌声の役割は、やっぱり劇中と同じく第一ヴァイオリンだ。


 弦楽四重奏は、いわばバンド・サウンド。時に穏やかに寄り添い合い、時にスリリングに反発し合う4つの楽器が織りなすアンサンブル全体が主役だ。けれど、そのアンサンブルの渦からふっと浮き上がってくる第一ヴァイオリンの音色が楽曲のアウトラインを鮮明にし、情景を形作ってゆく。ここでの松たか子の歌声は、まさにそんな感じ。


 ああ、松たか子の声にまた会えた。


 その歌声が聞こえてきた瞬間、不思議な懐かしさに包まれた。もちろん『カルテット』を見ていれば、ドラマの中でさんざん“真紀”がセリフとしてしゃべる声を耳にする。にもかかわらず、エンディングに流れてくる声は久々に聴く“松たか子”の歌声。いや、このユニットでの歌はちょっとだけ真紀が混じっているかな。真紀のような、たか子のような。境界線をゆらゆら揺らいでいる気もするけれど。だけど、やっぱり松たか子の歌声だ。乾いた土に水がぐんぐん吸いこまれるように、彼女の歌声が心にしみてくる。いやぁ、こんなに自分が“たか子ロス”だったのかと気づく。それもそのはず。このドラマ、松たか子にとっては2012年の『運命の人』(TBS系)以来の連続ドラマ出演。と同時に、こうしてテレビから流れる歌手・松たか子の歌声をじっくり味わうのも実に久々のことなのだ。


 彼女が歌手としてデビューを飾ったのは1997年。以来、女優業と並行して放ったのは、オリジナル・アルバム9作、シングルはすでに20枚以上。全国コンサート・ツアーも4度行なっている。声優/歌手として参加したディズニーアニメ映画『アナと雪の女王』から生まれた「レット・イット・ゴー〜ありのままで〜」の特大ヒットもあった。テレビ番組やイベントで他のミュージシャンたちとのコラボで歌声を聴かせてくれる機会もあれこれあった。けれども、ゲスト参加作などを除くと、真っ正面から歌手として向き合った作品としては、今回の「おとなの掟」、2015年3月に配信のみでリリースされた「笑顔を見せて」以来ということになる。この曲も2009年のアルバム『Time for Music』以降の新作ということで話題になったのだから、ファンとしては心も渇いて当然だ。


 元気になる歌。包み込んでくれる歌。遠い場所に連れて行ってくれる歌……。魅力的な歌声にはいろんなタイプの魔力がある。松たか子の場合はどれだろう。どれにもあてはまるような気がするけど、たぶんどれにもあてはまらない。悲しい時に聴けば優しく寄り添ってくれる声に響く。楽しくてたまらない時には、ちょっと遠くから一緒に歌ってくれるように聴こえる。気がつくと、そこにいてくれる歌声。


 女優だから? 確かに。シリアスな演技だけでなく、コメディエンヌとしても抜群のセンスを発揮する松たか子。天然ボケのかわいい女にも、腹黒い美女にもなる。女優としては、そういう真っ白なキャンバスのような才能を発揮する彼女だけに、お芝居のみならず、歌の世界でも曲の主人公になりきるスキルはハンパないに違いない。でも、ちょっと違うのだ。ちょっとだけ違う感触がある。「歌手」というアイデンティティを彼女が纏う時、そこには女優として何かを演じている時には欠片も見せなかった“松たか子”がふっと浮かび上がってくる瞬間があるのだ。それがたまらない。


 真紀とたか子を行き来しながら、劇中の仲間たちとともにとびきりドラマチックな物語を歌い綴る「おとなの掟」。歌手・松たか子のファンにとってこの上ない久しぶりのうれしいプレゼントだ。(文=能地祐子)


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  • 「真冬のメモリーズ」とか「ごめんね。」とか好きです。松さんの声は歌ってても台詞を言っていても自然と心に響いて来て心地が良いです。
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