高齢ドライバーの問題を認知症患者に押しつける改正道路交通法

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2017年03月21日 19:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<高齢の運転者による交通事故が多く報じられているが、今月の道交法改正で果たして事故は防げるようになるのか。「認知症への誤解や偏見を助長するだけ」と主張する外岡潤弁護士に話を聞いた>


3月12日、改正道路交通法が施行され、認知症と診断されたドライバーの運転免許を取り消すための手続きが強化された。


75歳以上の高齢ドライバーが免許証を更新する際に行われる、簡易的な「認知機能検査」に引っかかった場合は、医師の検査を受けなければならない。もし認知症と診断された場合は、免許取消しの対象となる。


また、75歳以上の高齢ドライバーが信号無視や一時不停止など、一定の違反をした場合にも、臨時で認知機能検査が行われ、やはり同様の流れとなる。


昨今、高齢ドライバーの起こした交通事故が多く報じられ、今回の法改正を必要なものと受け止める人も多いかもしれない。しかし、「このような処置は認知症への誤解や偏見を助長するだけ」との意見も一方であり、法改正に異議を唱える専門家も多い。


高齢者福祉をめぐる法律問題に特化した、法律事務所おかげさま(東京)の外岡 潤(そとおか・じゅん)弁護士に話を聞いた。


◇ ◇ ◇


――今回の道路交通法改正について、どうお考えでしょうか。


「高齢、特に認知症のドライバーによる事故を防ぐ」という目的でなされたのであれば、問題を根本的に解決する方策ではないとみています。


そもそも、認知症の診断は専門医にも難しいものとされています。認知症はせん妄やうつ病等の他の病状と混同されることも多く、またその症状については個体差が大きく、その程度は日々変動し、行きつ戻りつする流動的なものだからです。


専門外の一般的な心療内科医や精神科医であれば、なおさら正確な診断は困難なはずですが、認知症専門医は人数が少ないので、認知機能検査に引っかかった高齢者をすべて診るには、専門外の医師の手も借りるしかなくなります。


そうなると誤診も増えますし、逆に「問題なし」とされた人が事故を起こし、調べてみたら実は認知症であったというケースも出てくるでしょう。そうなると医師の診察ミスとして責任追及されかねず、ますます担い手は減ることになります。


また現実的な話として、言ってしまえば、仮に認知症の高齢者から免許を取り上げたところで、無免許で運転してしまえば何の抑止力にもなりません。


【参考記事】排気ガスを多く浴びると認知症になりやすい? カナダ研究機関の調査結果で


――問題は根本的に解決されず、しかもデメリットも目立つ法改正といえるのでしょうか。


もちろん、制度として一定の制限をかぶせ、徐々に危険性の高いドライバーに引退してもらうこと自体は、まったく無意味といえないと考えます。ですが、問題はそれが交通事故を予防するという目的を達成する最善の策とは言いがたい点です。


法的な観点から見れば、これはあくまで可能性としてですが、今回のように75歳以上の免許更新時などに、医師による認知症検査の対象となる範囲を大幅に拡大し、認知症と診断されたら未来永劫免許を剥奪されるという仕組み自体が、「憲法違反であり無効である」と主張され裁判で争われるかもしれないと思います。


「運転する権利」は、私の知る限りではまだこれを正面から認めた裁判事例等は存在しないようですが、もし裁判で争うとしたら憲法13条の「幸福追求権」か、22条1項の「移動の自由」等を根拠とすることが考えられるでしょう。


被後見人の選挙権が認められるなど、最近はハンデのある人にも出来る限りの権利を保障しようというノーマライゼーションの動きが加速しつつあるので、決して荒唐無稽な議論でもないと思います。


そもそも「認知症ドライバーは交通事故を起こしやすい」「すべての認知症の人に車を運転させるのは危険だ」という前提からして、根拠に乏しい、一律に論じることはできないはずだといった理由で、本制度の前提に異議を唱え、憲法違反を主張する人が出てくることが考えられます。


――認知症が交通事故の原因として直接に結びつくとは限らないということでしょうか。


脳の判断能力や記憶力が低下し、道を間違えたり、逆走してしまったりする危険は確かにあります。しかし基本的に自動車の運転は「手続き記憶」といわれており、いわゆる「体が覚えている」という性質のものです。


個々の事故対応を分析すれば、必ずしも「認知症であること」が直接的な原因となり引き起こされたものではないといえるでしょう。


例えば「歩行者の発見やブレーキ操作が遅れ衝突した」としても、それは単に加齢に伴う判断力の低下が原因であって、「認知症だから」ということではないかもしれません。それこそ若者であっても、睡眠不足でふらふらと走り事故を起こすこともザラにあるわけです。


――かつては「痴呆」と呼ばれていたものを認知症と言い換えるようになって久しいわけですが、差別や偏見は、そう簡単に拭い去れないのかもしれません。


同じような問題は、例えば、てんかんの患者が自動車を運転する場合にも生じます。確かにてんかんの発作が運転中に起きれば、事故を起こす危険性があります。しかし、てんかん症状を正しく申告し、薬で症状を抑えているなど、条件つきで医師の許諾のもと運転は認められる制度となっているのです。


100人に1、2人程度の発症率であるてんかんですら、このような柔軟性、リカバリーの可能性を取り入れているのです。一方で認知症というものは、加齢に伴ういわば自然な現象です。


法律というものは、権利を制約する制度や仕組みに対しては「自ら謙抑的であること」を求めます。目的達成のためになりふり構わず権利を取り上げ抑制するのではなく、他にも実現可能なより緩やかな方法があれば、それを選択しなさいとするのです。権利の抑制は最低限のものでなければなりません。


――昨年、高齢ドライバーによる交通事故が盛んに報道された時期もありました。


ただ、その全てが認知症患者によって起こされた事故ではありません。例えば昨年11月に立川で起きた事故は、83歳の女性が病院の駐車場から出るゲートのバーを突き破って20メートル以上も暴走し、向かいの歩道にいた男女に突っ込んだというものでした。


この女性は認知症ではなく、単に夜通し看病し極度の疲労状態の中、うっかりアクセルとブレーキを踏み間違えたというものだったと聞いています。そうであれば高齢だから、認知症だからということではなく、夜勤明けの医師や看護師も同種の危険があるという意味では例外ではありませんよね。


――どのようにすべきだとお考えですか。


私はアクセルとブレーキを踏み間違えない構造の自動車を開発し普及させることにまず着手すべきと考えます。


具体的には、足を使えない障害者の方のための特殊車両として、ハンドル部分にアクセルが付いている仕様の車はすでに存在します。ちょうどバイクのような構造ですが、要するに今の「アクセルのすぐ隣にブレーキがある」という間違えやすい構造を改善してくれるのであればなんでも構いません。


1つのペダルで両方の機能を兼ね備える仕組みも開発・販売されています。かかとを軸として踏み込むとブレーキ、横にずらすとアクセルになるというものですが、最終的に事故が予防できるのであればそれでもいいと思います。


その他にも急発進を検知したら自動的にブレーキがかかるような運転システムを、もっと普及させるべきです。


また、高齢者は視野が狭くなり、ブレーキの反応も遅れてしまいがちですので、路上でドライバーから見えにくい位置にいる歩行者の位置を機械的に検知して、事前に警告するITS(高度道路交通システム)の開発も急がれます。


【参考記事】もしも自動運転車が事故を起こしたら......こんなにも複雑!


事故の原因は様々であり、ときに複合的なものですが、少なくとも「認知症患者は危険なのだから一律に公道から排除せよ」という乱暴なやり方よりはましなのではないかと思います。


◇ ◇ ◇


免許証の「自主返納」制度も始まり、自治体ごとに特典も設けているが、自ら運転をやめようとする人は、なかなか増えない。運転を諦めることは、自分が年老いている事実を正面から認めることになり、辛い決断だ。若いころにはミッション車を走らせていて、運転に自信やプライドを持つ世代でもある。高齢者に対し、家族が無理に運転をやめさせようとして、関係性に亀裂が生じることもある。


この超高齢化社会では、高齢ドライバーないし認知症ドライバーを、十把ひとからげに危険視して公道から排除するのではなく、「共存」を目指す方向性を模索するほうが、長い目で見て有益ではないだろうか。


誰もが将来、高齢者になるのだから。


[筆者]


長嶺超輝(ながみね・まさき)


ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」




長嶺超輝(ライター)


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  • 事故が減ったら弁護屋の仕事が減っちゃうもんね♫
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