おとぎ話『美女と野獣』が多様性に目覚めたら

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2017年04月28日 18:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<おなじみのプリンセスが21世紀版に変身。斬新な設定と俳優陣が魅力的な話題作>


ケネス・ブラナー監督の美しい実写版『シンデレラ』、CGを見事に駆使したジョン・ファブロー監督の『ジャングル・ブック』......。2年前から、古典的名作を現代の子供向けによみがえらせてきたディズニーの最新の成果が『美女と野獣』だ。


ビル・コンドンが監督した本作は、91年の長編アニメ『美女と野獣』の実写版リメーク。主人公のベル(エマ・ワトソン)は、田舎町に住む芸術家モーリス(ケビン・クライン)の一人娘だ。外の世界を知りたいと思いながらも、妻を亡くした父親のために家にとどまり、読書や空想にふけっている。


父親が野獣(ダン・スティーブンス)の城に閉じ込められたと知ったベルは、助け出そうと城に向かい、身代わりとして死ぬまで野獣の下で暮らすと約束する。野獣はかつてハンサムな王子だったが、傲慢さのせいで魔女に呪いをかけられた。


王子を野獣に、召し使いたちを家具や食器に変えてしまった呪いが解けるのは、野獣姿の王子が誰かを真に愛し、相手にも愛されたときだけ。しかも魔法のバラの花びらが全て散る前にその誰かが現れなければ、呪いは永遠に解けなくなる。


本作の衝撃は、ディズニーの定番のプリンセスの1人を21世紀版にアップグレードしたことだ。ベルはもはや「捕らわれの乙女」ではない。恐怖に震えて助けを待つ代わりに、シーツでロープを作って窓から逃げ出そうとしたりもする。


ベルのフェミニスト的性格はあちこちに感じられる。父親には「強情」と言われるし、自分の知性に見合わない退屈な結婚で妥協しようとせず、町の人気者だが頭の鈍いガストン(ルーク・エバンス)の求婚を断る。


【参考記事】21世紀版『美女と野獣』で描かれる現代の女性像


控えめ過ぎるゲイの描写


本作を見る世界中の少女にとって、強く賢いヒロイン像は大きなエールになるだろう。とはいえ、もう1つの社会的少数派の描き方はいまいちだ。


『美女と野獣』は、ゲイ専門誌アティテュードによって、ゲイの主要キャラクターが登場する初のディズニー映画と称賛された。ガストンの子分、ル・フウ(ジョシュ・ギャッド)だ。


同性愛者らしき登場人物は、執事で置き時計のコグスワース(イアン・マッケラン)など、ほかにもいる。だが彼らの性的志向は、やんわりとほのめかされるだけ。保守派の顔色をうかがった感じがするし、子供は見ていても気付かないだろう。


現代の子供は世界の多様性にどんどん目覚めている。幼いうちに自分は出生時の性とは違う性だと意識する子もいるし、同性の両親の下で育つ子もいる。だからこそ、性的少数派を控えめに描くのは問題だ。


ゲイの人物を登場させたコンドンの意欲は買う。しかし、これでは臆病過ぎる一歩としか思えない。ゲイという在り方はいまだに、多数派の異性愛者が受け入れやすい形に薄めて提示しなければならない存在なのか。同性愛者の観客はそんな感想を持ってしまうはずだ。


一方、俳優陣は素晴らしい。『ハリー・ポッター』シリーズ以来、初の大作に主演したワトソンも、スティーブンスもはまり役だ。エバンスは気取り屋のガストンを喜々として演じ、ギャッドの演技は笑いを誘う。


【参考記事】ディズニー映画のヒット率が高まっている理由


最大の見どころは、しゃべる調度品に扮した助演陣。マッケラン、スタンリー・トゥッチ、オードラ・マクドナルド、ググ・バサ・ロー、ユアン・マクレガーら豪華キャスト。中でも、ティーポットに変身させられた料理人を演じるエマ・トンプソンの温かみのあるコックニー方言が最高だ。


アニメ版の名曲の魅力もしっかり再現している。ワトソンの歌声は時に怪しいものの、調度品が歌って踊るミュージカルシーンは素晴らしい。ファンにとってうれしいことに、アニメ版で主題歌を歌ったセリーヌ・ディオンも、本作のために作曲された「時は永遠に」であの美声を披露している。


ブラナーの『シンデレラ』に匹敵する美しい映像にも息をのむ。城のインテリアや衣装は細部まで工夫を凝らしており、CGの使い方も効果的だ。野獣の外見はリアルそのもの。特殊効果満載のミュージカルシーンは子供たちの心を奪うだろう。


遠い昔からあるおとぎ話に、『美女と野獣』は新しい命を吹き込んでみせた。




[2017.5. 9号掲載]


トゥファエル・アフメド


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