トランプ政権の最後のとりでは3人の「将軍たち」

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2017年09月05日 15:32  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<世界をハラハラさせ続ける危ういトランプと米政権。なんとか機能しているのは3人の退役将校のおかげ>


あの次期大統領の要請を受け入れるとは! ジェームズ・マティス退役米海兵隊大将の友人たちは衝撃を受けた。昨年11月のことだ。マティスが新政権での国防長官就任を前向きに検討しているのが、彼らには信じられなかった。本気か、と友人のピーター・ロビンソンは面と向かって言った。「相手はドナルド・トランプだぞ」


マティスは3年前に退役した後、スタンフォード大学フーバー研究所に在籍。スニーカーにジーンズ、リュックサックの軽装で執筆にいそしんでいた。同大学の同僚であるロビンソンによると、「この数十年における最高の軍司令官」と呼ばれるマティスは、まるで「年のいった大学院生」のように見えたという。マティスにも、その状況を変える気はなかった。トランプから国防長官就任を要請されるまでは......。


同じような要請を大統領から受けた著名な退役将軍はまだ2人いる。H・R・マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)と、ジョン・ケリー首席補佐官(最初は国土安全保障長官として入閣)だ。トランプは彼らを「私の将軍たち」と呼ぶ。もっとも、友人たちによれば、呼ばれたほうは大なり小なり不愉快に感じているらしい。


言動が予測不能で大統領という職務にふさわしくないと思われるトランプの下、政権は混乱したまま発足から半年以上が経過した。とはいえ将軍たちの友人が当初抱いた疑念は、別の感情に変わってきた。「安堵だ」と、3人を知るジョンズ・ホプキンズ大学の軍事史家エリオット・コーエンは言う。「彼らは大人の任務を果たしてきた立派な大人だ。この政権に彼らが必要なのを、神様はご存じだった」


その安堵感はアメリカの主要な同盟国だけでなく、基本的に敵である諸国にまで広がっている。北朝鮮の核の脅威が高まるなか、各国ともトランプの好戦的なレトリックに振り回されてきたからだ。


中国のある外交官は(この記事に出てくる多くの情報源と同様に)匿名を条件に、中国政府はトランプが大統領選に勝利したとき、この先どう付き合えばいいか「全く分からなかった」と告白した。しかしマティス、マクマスター、ケリーという「知的で分別ある人物として知られる人々」が要職に起用されて「いくぶん安心」したそうだ。北朝鮮情勢に関して頻繁にトランプ政権と接触している某同盟国の大使も、こう言い切る。「あの3人がいない状況など、考えたくもない」


【参考記事】トランプの北朝鮮「先制口撃」が危機を加速する


軍人、そして学者としての名声


アメリカの軍人は、最高司令官たる大統領に従うしかない。マティスやマクマスター、ケリーも同じだ。トランプからご用済みと言われれば、直ちに辞職するしかない。しかし現在の大統領と将軍たちの関係はもっと微妙だ。


トランプにとっては政治も国家安全保障も未経験の分野。一方、将軍3人は職務への真剣さや知性の高さが評価され、世間からも尊敬されている。「交渉人」トランプなら、すぐ気付いたはずだ。この3人は自分にとって「使える人間」だということに。


就任早々の入国禁止令(国土安全保障長官だったケリーに事前の相談はなかった)でつまずき、重要な法案を通せずにいる現政権の機能不全ぶりは目に余る。とはいえ「トランプの周囲にいる将軍の1人でも辞めたら、そんな問題も些細なことに思えるはずだ」と、オバマ政権で閣僚を務め、3人をよく知る人物は言う。


「致命傷になる」と、この情報源は重ねて言った。「3人のうち1人でも、病気などの個人的事情なしに政権を去るとしたら最悪の事態だ」。なぜか。「頭のおかしい連中(スティーブ・バノン首席戦略官とその一派を指す)がのさばることになるから」だと、この人物は言った(バノンは8月18日に解任された)。


ハト派の大統領にタカ派の軍人が反旗を翻す――これはハリウッド映画によくあるテーマ。それが今ではグアム周辺にミサイルを撃ち込むと威嚇する北朝鮮に対して、大統領自らがけんか腰で応じる始末。東アジアのある外交官は、マティスとマクマスター、レックス・ティラーソン国務長官の「冷静沈着さ」を称賛する。「彼らは慌てないし、発言は公私共に正確で淡々としている」


8月初め、マティスとマクマスターは北朝鮮に対する軍事行動をスタッフと検討した。本誌が得た情報では、その中には北朝鮮のミサイルを無力化するサイバー攻撃も含まれていた。また複数の情報筋によると、将軍たちはトランプに、先制攻撃は大惨事を招くリスクを伴うと強く主張している。


退役後、執筆活動に励んでいたマティスがトランプ政権に入ると聞いて周囲は愕然とした Jonathan Ernst-REUTERS


40〜50年代のジョージ・C・マーシャル、21世紀の変わり目のコリン・パウエル(共に元国務長官)など、ホワイトハウスでは昔から退役将軍が大きな影響力を振るってきた。しかしマティス、マクマスター、ケリーの3人組ほどの影響力を行使して大統領に助言する例は過去にない。いずれも軍人として、学者として輝かしい名声を持つ。


コーエンが04年にイラクへ飛び、マティスに会ってマルクス・アウレリウスの『自省録』の最新英訳版を進呈したときのこと。受け取ったマティスは「さっそく蔵書から他の2つの翻訳版を取り出し、15分もかけて比較検討していた。そのうちの1冊はラマディの戦場に持参したものだった」という。


マティスは国防大学で国際安全保障の研究で修士号を取得した。コーエンに言わせれば「学ぶことをやめたことがない人間」で、蔵書は一時7000冊に達していたとされる。


一方、マクマスターは97年に発表した著書『義務の放棄』で、ジョンソン政権下のベトナム戦争における米軍の意思決定の欠陥を論じている。そこから、大統領の意向がどうあれ、大統領には常に最善の情報を伝えるべきだという教訓を引き出し、補佐官という立場で日々それを実践している。ケリーもジョージタウン大学で安全保障を研究して修士号を取得。その後、中佐時代にも国防大学で2年を過ごした。


しかし、この3人の将軍たちを結び付け、彼らの世界観を形作ったのはイラクにおける共通の経験だ。


【参考記事】日本の核武装は、なぜ非現実的なのか


オバマ外交を声高に批判


マティスがイラクに上陸した米軍を率いていたとき、ケリーは副官として、この上司の冷静沈着な判断ぶりを目撃している。例えば首都バグダッドへの侵攻中、ケリーはナシリヤの町の攻略を渋る連隊長に手を焼いて、マティスの指示を仰ぐよう命じた。するとマティスは連隊長の弁明を聞いた後、即座に彼を解任した。ナシリヤは落ち、すぐにバグダッドも陥落した。


その後、マティスは戦車と砲兵を引き揚げさせ、現地のイラク軍指揮者たちを訪ね、こう告げた。「今さら争うつもりはない。武器も置いてきた。だから、頼むから私の願いを聞いてくれ。ふざけたまねをするな。すれば1人残らず殺す」


マティスとケリーは共に労働者階級の出で、海兵隊に入隊した。少年時代のマティスはかなりのワルだったが、海兵隊に入って人が変わったという。


一方のマクマスターは若い頃から軍人を目指していた。軍隊系の高校に学び、陸軍士官学校に進んだ。湾岸戦争中の91年には戦車9台の部隊を指揮し、自軍は1台の損失も被ることなく、23分でイラク側の戦車28台を破壊した。この戦闘は今、陸軍士官学校の教材となっている。


その15年後、マクマスターはイラクの町タルアファルで非常に効果的な制圧作戦を指揮した。後に米軍司令官デービッド・ペトレアスが「増派」作戦のモデルとした戦いである。


ケリーのキャリアの頂点は、中南米と西インド諸島の米軍を指揮する南方軍司令官。この時、彼は不法移民がもたらす安全保障上のリスクに敏感になった。そして国境の開放や、不法移民を受け入れる都市を支持する政治家への嫌悪感を隠さなくなった。


マクマスターらはいずれもイラク戦争に従軍。その体験が彼らの世界観に大きく影響した Craig F. Walker-The Denver Post/GETTY IMAGES


ケリーには、アフガニスタンで息子を失った最高位の米軍司令官という別の顔もある。海兵隊員だった息子ロバートは10年に、アフガニスタンで地雷を踏んで死亡している。


14年に、ケリーはロバートの父としてカリフォルニアの戦没者遺族の会議に出席した。彼はイラクで警察署をトラック爆弾から守って戦死した海兵隊員2人の勇気をたたえた。海兵隊員らの軍人魂に対する賛辞が実に感動的であったのは、ケリーもまた戦死者の親だったからだ。


3人の将軍のうち、軍における地位が最も高かったのはマティス。ペトレアスの後を継いで中央軍司令官に就任したが、13年に突如、辞任した。多くの人はそれをオバマ政権(当時)への不信任とみた。


マティスは、イランの核開発に関する交渉でホワイトハウスは譲歩し過ぎだと不満を募らせていた。退役後にはオバマ外交への批判を始め、その声は徐々に大きくなっていった。そして14年にはワシントンの戦略国際問題研究所で講演し、容赦なくこき下ろした。シリアやイラク、リビアで状況が悪化し、テロ組織ISIS(自称イスラム国)の台頭を招いたのに、「大統領とその外交顧問は責任逃れの驚くべき才能を持っている」と批判したのだ。


【参考記事】アメリカはウクライナで「航行の自由」作戦をやるべきだ


トランプに振り回される


国外での「混乱」を受け継いだとするトランプの発言はオバマの擁護者たちをいら立たせているが、それをずっと前に言い出したのがマティスだ。


今、マティスがその混乱を整理する中心人物になったことは驚きだ。彼はトランプ否定派ではないが、昨年の共和党大統領予備選でトランプが勢いを増していた頃、保守派の知識人ビル・クリストルから、対抗馬として出馬するよう要請を受けていた。また初めてトランプに会ったときも、率直に「選挙運動中のあなたの発言の一部は受け入れられない」と告げたそうだ。しかしトランプは、彼の懸念を一笑に付したという。「大丈夫。心配ない」


トランプは国防総省でのマティスの権限拡大を容認した。マティスはまず中東政策の再建を推進した。シリアのアサド政権が再び自国の国民に化学兵器を使用したときはシリアへの空爆を支持し、マクマスターと共にヨルダンやエジプト、サウジアラビアや湾岸諸国など、アメリカの伝統的な同盟国との関係を強化した。


前大統領と違って、トランプは細かいことに口を出さない。アフガニスタンにおける米軍の出口戦略の修正も、マティスらにほぼ丸投げしている。


そのせいもあって、マティスは大統領周辺とほとんど衝突せずにこられた。しかしトランプの衝動的な言動に不意を突かれることはある。


6月、サウジアラビアなどがカタールと断交したときのこと。トランプはツイッターで、カタールは過激派組織に資金を提供していると非難した。慌てたマティスは大統領に、カタールにある米空軍基地は中東における重要な拠点で、断交は軍事行動の大きな妨げになると進言した。以後、トランプはカタールの孤立化をあおるのをやめた。


トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)の米軍入隊を禁じるとトランプがツイートしたときもマティスは愕然とした。トランプは「将軍たち」と相談した結果だと書いたが、マティスは初耳だと明言。報道官を通じて、国防総省はツイッターに反応せず、大統領の正式な指示を待つと述べた。


内輪もめに巻き込まれるという点で、マクマスターはマティスほど運がない。国家安全保障を担う重要機関であるNSCではバノンとの対立に手を焼いた。対立はバノンの更迭という形で幕を閉じたが、2人はあらゆる点で意見を異にしていた。バノンは保護貿易派だが、マクマスターに言わせれば保護貿易は主要同盟国との関係を危うくする。また孤立主義者のバノンはアフガニスタンなどでの軍事介入に深い懸念を示すが、マクマスターとマティスとケリーは3人とも、アフガニスタンから手を引けば9・11同時多発テロを引き起こしたアルカイダとタリバンが再び連携する危険があるとの見解だ。


ケリーは海兵隊員だった息子をアフガニスタンで亡くした Nikki Khan-The Washington Post/GETTY IMAGEES


トランプは海外の紛争から撤退し、貿易相手国に強硬姿勢を取り、イランとの核合意を破棄すると約束して大統領選に勝利した。バノンが経営していたブライトバートなど、ネット世代の白人ナショナリスト「オルト・ライト」がひいきにするウェブサイトは、こうした公約をマクマスターが骨抜きにしていると非難を強めている。


イランの件は言い掛かりだ。マクマスターは核合意からの離脱を望まない、故に親イラン派だと、オルト・ライトは決め付ける。しかしマクマスターは合意を「史上最悪の取り決め」と批判したトランプと同意見で、イランの影響力を「有害で中東の不安定化につながる」と述べている。その一方でヨーロッパの同盟国はアメリカが合意にとどまることを求めていること、離脱に踏み切れば外交に問題が生じることも、嫌というほど理解している。


間もなく混乱は収束しそうだ。ケリーが首席補佐官に起用され、北朝鮮情勢が緊迫してきたことで、「将軍たち」の足場は盤石になりつつある。7月31日、ニューヨーカー誌の取材で下品な暴言を連発したアンソニー・スカラムッチ広報部長が直ちに解任されたのも、ケリーが強く迫ったからだ。


【参考記事】北朝鮮「グアム包囲計画」はまだ生きている


大統領の暴走を阻止できるか


「ケリーはスカラムッチをトランプ政権の面汚しと見なした」と、事情通は言う。ケリーは大統領に対して単刀直入に、こうした混乱は終わりにしてもらいたい、今後は私のやり方でやらせてもらうと告げた。大統領は了承し、スカラムッチは就任からわずか10日でホワイトハウスを追われた。


ケリーはまた、マクマスターとマティスに人事の裁量を任せるべきだと大統領に忠告。翌日マクマスターは情報活動シニアディレクターのエズラ・コーエンワトニックら、それまでトランプに庇護されていたバノン派の4人をNSCから追い出した。「ケリーが首席補佐官に着任した日は、バノンにとっては最悪の日、マクマスターにとっては最高の一日になった」。ある当局者は、感慨深げにそう言った。


マクマスターの権威に太鼓判を押すかのように、トランプは声明でオルト・ライトを牽制した。「マクマスターと私は非常にうまくやっている。わが国に尽くしてくれる彼に感謝する」


だが3人の将軍にとって、いい日はなかなか続かない。


8月5日に国連安全保障理事会が北朝鮮への追加制裁を採択すると、北朝鮮は「アメリカに代償を支払わせる」と反発、さらなる核実験やミサイル発射の用意があると挑発した。これに激高したトランプは8日、挑発をやめなければ「見たこともないような炎と怒りに直面する」と応戦。あまりに大げさな物言いに、誰もが唖然とした。マクマスターとマティスとティラーソンは慌てて韓国や日本に対し、すぐに軍事衝突が起きることはない、外交努力を続けると請け合った。


「知ってのとおり、トランプは切れやすい」とマクマスターの側近は言う。「しかしマティスとマクマスターとケリーの意見には、たいてい耳を貸す。つまり、口ではとんでもないことを言うが、とんでもない行動には出られないということだ」


とはいえ、「将軍たち」の意見を最も必要とする最悪の事態が起きたときもトランプは耳を貸すだろうか。そう尋ねると、この側近は肩をすくめた。「そればかりは分からない」


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[2017.9. 5号掲載]


ビル・パウエル(本誌シニアライター)


このニュースに関するつぶやき

  • バカ殿に仕える三将軍という図式ですね。他国のリーダーたちも、バカ殿をバイパスして直に将軍たちと話をした方が世界のためになりそうw
    • イイネ!5
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