消費税引き上げ問題は、政策の対立軸になりうるのか? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2017年09月08日 16:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<次期総選挙を視野に入れて消費税率アップの議論が出てきたが、この問題をイデオロギー的に論じることには疑問がある>


自民党の石破茂氏は9月5日の講演で、次に衆院選があるとしたら「消費税率が最大のテーマ」になると述べ、現時点では2019年10月に予定されている消費税率10%への引き上げ方針を堅持すべきという立場を表明しました。現在の安倍政権はこれまでに2度、消費税率の引き上げを延期していますが、「単なる嫌なことの先送りでは、国家は滅びる」とかなり厳しい言い方で批判しました。


一方で、もう一人の「ポスト安倍」候補と見られている、同じく自民党の岸田文雄政調会長も同じ日に党本部でインタビューに応じ、2019年10月の消費税率10%への引き上げ方針について「市場や国際社会で、我が国の信頼を確保すること」を考えれば「引き上げは不可欠」と述べ、条件付きながら石破氏に同調する考えを示しました。


両氏ともに、この問題は社会保障制度改革に直結するものという認識のようで、「今度も先送りするなら、社会保障の具体像を示さないといくらなんでもひどい」(石破氏)、「社会保障の持続可能性の確保や財政健全化は『待ったなし』の課題」(岸田氏)という言い方で「社会保障制度改革に関する選択肢と消費税率アップを結びつけた議論」が「解散に際しては必要」という念押しをしています。


念のため、2012年6月の「三党合意」以降の消費税率アップに関わる動きを振り返っておきます。まず、2012年の時点では、


(1)2014年4月に消費税率を5%から8%にアップ。


(2)2015年10月には消費税率を8%から10%にアップ。


ということが決定されました。この間に政権交代があり、民主党の野田政権から自民党の安倍政権に代わったわけですが、(1)は予定通り実施されました。その直前には「駆け込み需要」が発生しました。ところが、同年4月以降、深刻な消費低迷が発生しました。これについては「その反動」だという説明がされていますが、その反動と思われる期間を過ぎても消費は回復しませんでした。


【参考記事】アメリカの「国境調整税」導入見送りから日本が学ぶこと


そこで、2014年11月に安倍首相は消費税率を10%に引き上げるタイミングを、1年半先送りすることになりました。従って、


(3)10%へのアップは、2017年4月1日とする。


ということになったのです。この時点では、この決定は「リーマン・ショック級や大震災級の事態が発生しない限り」変更しないということが約束されました。ところが、2016年の5月になると再び消費税率アップを先送りする動きとなり、この時は更に2年半、つまり当初予定から考えると4年の先送りが決定されています。つまり、


(4)10%へのアップは、2019年10月1日とする。


ということです。この時点で安倍首相は、「リーマン・ショック級や大震災級の事態」は発生していないが、新興国経済の低迷という事態が発生したことを理由としていました。そして、2017年の秋を迎えた現在、再び消費税率アップの問題が政治課題とされる気配が漂っています。


確かにこの問題は、解散という形で民意を問う場合、相当に意識されるのはわかります。勢いのない野党が、仮に「税率アップ先延ばし」とかあるいは「税率引き下げ」を提案してきたとしても、自民党は全体的に政権担当能力をアピールできれば負けない、であるならば「予定通りアップ」を公約に盛り込んで固めてしまおうという戦略は、善し悪しは別として理解できるからです。


これに加えて、かつて民主党政権を支持していた「財政規律派の世論」、つまり「個人や企業として余力があるので、中長期的な財政を心配できる」層、要するに都市型の富裕な無党派層を、今度は自民党として取り込めるかもしれない、石破、岸田の両氏にはそんな計算もあるのかもしれません。


ですが、2017年の現在、この問題は対立軸を作って民意を問うべき対象として、果たして適当と言えるでしょうか?


そもそも、三党合意を踏みにじる形で2度、税率アップを先送りした安倍政権の判断は「単なる嫌なことの先送り」だったのでしょうか?


これらの問いに、現時点で明確な解答を出すのは困難です。それは、この問題をイデオロギー論争として扱うことに疑問が生じるためです。


【参考記事】日本の核武装は、なぜ非現実的なのか


「中長期的な理想論では財政規律を目指して増税、短期的なサバイバル優先や感情論からは増税反対」


「保守的な国家観からは財政規律を優先して増税、庶民的あるいは左派的な価値観からは増税反対」


という対立軸が一般的にはあるようですが、果たしてそんな対立に意味があるのかということです。さらに、


「将来の社会保障が気になる現役世代は財政規律、年金生活で消費税のインパクトが強い一方で遠い将来への関心が薄い高齢世代は増税反対」


というような構図で世代間対立を煽っても、それで民意による合意形成ができるとも思えません。


ここは素直に、この間の経済の低迷は「人口減・市場縮小への恐怖」と「90年代に端を発した産業の競争力低下・国際市場開発力低下」「先端産業を中心に加速する空洞化」の結果であることを素直に受け入れ、そのうえで破綻回避のためという大前提で、


「経済に余力を残しているうちに増税して債務を減らしておいた方が得策なのか?」、それとも「思い切って消費減税をして消費喚起を図り、税収増になるまで景気を引っ張り上げることができるか実験をする価値はあるのか?」


といった命題を設定して、多角的、実務的に議論をしなければならないでしょう。とにかく、税率アップしたものの消費が大きく低迷して結果的に税収増が実現しなかった、などという事態は避けねばなりません。そうなれば、社会保障の持続可能性まで大きく損なわれるからです。


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