「炎と怒り」発言のトランプに打つ手はない?

7

2017年09月22日 18:22  ニューズウィーク日本版

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ニューズウィーク日本版

<軍事的手段を辞さない構えの米軍幹部に対して、大統領が先制攻撃に逃げ腰なこれだけの理由>


北朝鮮が9月3日に行った水爆とみられる6度目の核実験で改めてはっきりしたのは、金正恩(キム・ジョンウン)体制発足後、北朝鮮の核兵器開発プログラムが目覚ましい進歩を遂げている、ということだ。


トランプ米政権発足後最初のミサイル実験となった2月12日以降、北朝鮮は毎月1〜2回のペースでミサイル実験を行ってきた。特に朝鮮半島での緊張が高まったのは8月初旬。金正恩国務委員長がグアムに向けてICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射準備を進めていると発言し、これに対してドナルド・トランプ米大統領が、挑発的行為が続けば北朝鮮は「これまで世界が見たこともないような炎と怒り(fire and fury)を見ることになる」と警告してからだ。


アメリカはこれまでどのような安全保障問題についても一貫して武力攻撃の選択肢は排除しない、という立場は取ってきた。しかし、大統領自身が「炎と怒り」のような扇動的な言葉を使うことは極めて異例だ。トランプのこの発言は、国外はもちろん、国内からも「私の知る偉大な指導者は、行動に移す準備が整っていない限り脅しの言葉は使わない。トランプ大統領に行動に移す用意があるとは思えない」(ジョン・マケイン上院軍事委員会委員長)といった批判を浴びた。


それでも、アメリカの武力攻撃をめぐる臆測は今も飛び交っている。特に今回の核実験の直後、ジョゼフ・ダンフォード統合参謀本部議長と共にホワイトハウスを訪れたジェームズ・マティス国防長官が「グアムを含む米国の領土、あるいは同盟国に対するいかなる脅威も、効果的で圧倒的な大規模な軍事的報復を見ることになるだろう」「われわれは(北朝鮮という)国の全滅を望んでいるわけではない」と発言したことは、アメリカの「本気度」を示すもの、とも受け止められた。


とはいえ、アメリカが北朝鮮に武力行使をするのはそれほど単純ではない。北朝鮮の核・ミサイル施設を空爆により破壊すればそれでおしまい、といった単純なものではないからだ。


北朝鮮に対してアメリカが何らかの攻撃をした場合、北朝鮮の報復は(1)目標に到達しないリスクを冒しても既に攻撃を宣言しているグアムをミサイルで狙う、(2)在日米軍基地を攻撃する、(3)在韓米軍を攻撃する、(4)韓国を攻撃する――の4つの選択肢のコンビネーションになる。ただこの全ての場合において、日本あるいは韓国(もしくは両方)に被害が及ぶことになる。


つまり、アメリカの一存だけでは武力行使というオプションを取ることはできず、日韓両国の同意を取り付ける必要がある。だが、実際に「戦争」を目の前に突き付けられたとき、日本も韓国も容易には武力行使に同意しないだろう。


またトランプがツイートでいら立ちをあらわにしている中国も、朝鮮半島で再び戦争が起こることは望んでいない。中朝国境で大混乱が起きるだけでなく、韓国と自国との間の緩衝地帯のような北朝鮮がなくなれば、アメリカの影響が自国の国境手前まで広がるからだ。北朝鮮に対する武力行使の際には、米中間で何らかの「落としどころ」の合意が必要になるが、それも簡単には実現できない。


さらに北朝鮮に対し軍事攻撃オプションを取ろうとする場合、日本、韓国、中国に居住する民間のアメリカ人、米軍の家族、大使館員などを退避させる必要がある。本格的な戦闘に備えて在日米軍基地経由で米太平洋軍の指揮下にある部隊を動員する必要も出てくる。いずれも北朝鮮に気付かれないように進めるのは至難の業だ。北朝鮮情勢で米中が協力を深めることをよしとしないロシアが今後、どのような動きを見せるかも不透明だ。


特に注目すべきなのは、マティス、ダンフォード、さらにジョン・ケリー大統領首席補佐官はいずれも、イラク・アフガニスタンで01年以降続いている出口の見えない戦いの当事者だったということだ。


明確な出口戦略がないまま始まった戦争が長期化したことで米軍が受けたダメージを身をもって体験している彼らにとって、日本・韓国といった同盟国への根回し、中国・ロシアとの調整を考えると北朝鮮に対する軍事攻撃は非常にハードルが高い。つまり、「言うは易し、行うは極めて難し」なのだ。


アメリカは無策で終わるのか


トランプですら9月7日、訪米中のクウェート首長との会談後に臨んだ共同記者会見の席上、北朝鮮情勢について聞かれ「不可避なものは何もない」「軍事オプションを取ることは望んでいないが、その可能性はあるということだ」と、トーンダウンしてきている。


状況が打開できない、武力行使オプションの現実性も低い――となると、これまで専門家の間では一種のタブーとされてきた「北朝鮮を核保有国として認めた上で核・ミサイルプログラムの規制を目指す」政策目標が現実味を帯びてくることを意味するのだろうか。


そのような議論は、93年に北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言して以来、アメリカはもちろん国際社会が目指してきた「北朝鮮の核プログラム廃棄」という目標、特にジョージ・W・ブッシュ政権以来アメリカが一貫して主張してきた「包括的、検証可能かつ不可逆的な放棄」という目標を諦めることを意味する。この結果は金正恩の思う壺であるだけでなく、これまで国際社会が一貫して取り組んできた核軍縮・不拡散体制にとって極めて大きなダメージになる。


それだけではない。ニッキー・ヘイリー米国連大使が9月4日の国連安保理緊急会合で発言したように、核保有国には、非核保有国を核兵器で攻撃しない、他国に対して核を使った恫喝は行わない、核兵器のこれ以上の拡散を防ぐ、といった責任があるが、北朝鮮が「責任ある核保有国」として国際社会で振る舞う可能性は極めて低い。


ただ、アメリカは無策のまま時が過ぎるのをよしとはしない。特に、「オバマ政権時代の8年間の無策が現在のような状態を招いた」と批判してきているトランプ政権ならなおさらだ。ヘイリーは、9月4日の安保理緊急会合で「もう十分だ(enough is enough)」と述べ、対北朝鮮石油禁輸など、より厳しい制裁を国連加盟各国に求める安保理決議の採択を呼び掛けた。当面は、この決議案の全会一致での採択を目指し、特に中ロと水面下での激しいやりとりが行われることになるだろう。


北朝鮮の核保有をなし崩しに認めてしまえば、国際社会にとってもトランプにとっても脅威が増すだけだ。


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル! ご登録(無料)はこちらから=>>



[2017.9.19号掲載]


辰巳由紀(米スティムソン・センター日本研究部長、キャノングローバル戦略研究所主任研究員)


このニュースに関するつぶやき

  • 忘れているかもしれませんが、今年米軍はシリアをトマホークで空爆しております。ただし、シリアと違って北朝鮮は中露に隣接しているのもまた事実なわけですけども。
    • イイネ!1
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(6件)

前日のランキングへ

ニュース設定