ロヒンギャ取材のミャンマー人記者逮捕  バングラデシュ当局がスパイ容疑で

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2017年09月22日 19:32  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ロヒンギャ難民を取材中のミャンマー人記者が、バングラデシュで逮捕されて2週間。安否が気遣われている。報道に制限がかかればいちばん困るのはロヒンギャだ>


ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャの人々が、ミャンマー軍の無差別攻撃から逃れて隣国バングラデシュに大挙して逃れるなか、バングラデシュで取材を続けていたミャンマー人記者がスパイ容疑で現地警察に逮捕されていたことが明らかになった。


「国境なき記者団」(RSF)やミャンマーのメディアが9月20日に伝えたもので、バングラデシュ南東部のコックス・バザールという町でロヒンギャ難民を取材していたミャンマー人フォトジャーナリスト、ミンザヤール・オー記者とアシスタントのクン・ラット記者の2人が9月8日に地元警察に逮捕された。


ミャンマーでは8月25日に西部ラカイン州でロヒンギャ武装集団によるとされる警察署襲撃事件をきっかけに軍による掃討作戦が続き、ロヒンギャ族の殺害、暴行、家屋放火などが続いている。このためこれまでに約40万人がバングラデシュに避難する事態となっており、ミャンマー政府は「人権侵害」「民族浄化」などと国際社会から厳しい非難を浴びている。


誤情報、観光ビザそしてスパイの容疑


ドイツの雑誌「GEO」の取材のためバングラデシュ入りして、ロヒンギャ難民の取材を続けていたミャンマー人記者の2人は、7日に逮捕されてから一度首都ダッカに連行されて秘密の取り調べ尋問を受けた後、コックス・バザールの警察署に戻され、現在は同署に拘置されているとみられている。


RSFや地元の弁護士などによると、2人に対する逮捕容疑は複数あるという。まず「誤った情報の流布」で、ロヒンギャ族の難民に関して「事実に基づく正しい報道をしていない」というもの。次が「誤った資格での活動」で、本来バングラデシュでの取材報道活動には外国人報道関係者は「ジャーナリストビザ」の取得が必要だが、2人は「観光ビザ」で入国し取材・報道に携わっていたという容疑。


そして最後が「スパイ容疑」でコックス・バザールの地元警察署長によると「2人はミャンマー当局のためにロヒンギャ難民の情報を収集していた疑いがある」という。バングラデシュではスパイ罪は最高で禁固5年が科せられる可能性がある。


2人の記者との面会が実現していない地元の弁護士によれば「誤った情報の流布」容疑は実態も根拠も不明であり、観光ビザでの取材活動は「軽い罪に過ぎない」、「スパイ容疑も証拠がない」などとして保釈を申請したものの、9月19日に保釈申請は却下されたといる。このため現在2人の安否が非常に気遣われる事態となっている。


記者活動が危険な国バングラデシュ


RSFが発表している「世界の報道の自由度ランキング2017年」によるとバングラデシュは180カ国中146位と低い。


2015年8月7日、バングラデシュ人の男性ブロガーが殺害され、アルカイダ系のイスラム組織が犯行声明を出す事件が起きた。この男性はブログ上にイスラム原理主義を批判する文章を掲載しており、それが原因とされている。


また2016年4月25日にはバングラデシュ人男性の雑誌編集者が殺害されている。この編集者は同性愛者であることを公表し、同性愛者などへの差別撲滅を目指してLBGT(性的少数者)支援の雑誌の編集者を務めていた。


2009年1月から2015年4月末までに記者11人が殺害され、1093人が襲撃で負傷し、293人が脅迫を受け、18人が逮捕されたとの報告もある。


RSFやメディア監視団体「ジャーナリスト保護委員会(CPJ=ニューヨーク)」などによればバングラデシュは記者にとって活動が危険な国の一つとなっている。特に国教のイスラム教の規範に基づき同性愛や風俗、原理主義、宗教対立などに関わる報道はリスクが高いとされている。


報道が脅かされてはならない


今回はミャンマーからの避難民とはいえロヒンギャ族というイスラム教徒を取材するミャンマー人記者が逮捕されたわけで、これまでとはやや異なる事例だが、押し寄せる難民への困惑がバングラデシュ政府内にあり、それが資格外活動で取材するミャンマー人記者逮捕のつながったのかもしれない。「嫌がらせ」と「見せしめ」の両面あるのではないか、とみられている。


ミャンマー外務省はダッカの大使館を通じて2人との面会を求めている。面会が実現した場合は「自国民保護」の立場から法的支援の方策を探りたいとしているほか、2人に取材を依頼したドイツの雑誌社GEOも、早期釈放をバングラデシュ政府に働きかけている。


「RSF」アジア太平洋地区のダニエル・バスタード代表は地元メディアに対し「そもそもスパイ容疑を裏付ける証拠もなく、2人の記者は法律に触れるような犯罪行為は何もしていない。2人はロヒンギャの人々が置かれている実情を取材していただけである」としてバングラデシュ当局に対して公正な司法手続きに基づく対応と即時釈放を求めている。


人道上破滅的な危機を迎えつつあるといわれるロヒンギャの実情を世界に伝えるジャーナリストの役割が損なわれるようなことはあってはならない。


[執筆者]


大塚智彦(ジャーナリスト)


PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など


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大塚智彦(PanAsiaNews)


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