アジア人観光客が世界のトラベル市場を牽引する

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2017年10月07日 13:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<先進国の人々が消費意欲を失って内に籠もる一方で、新興国のツアー客が世界中の観光名所にあふれる>


この夏はどこへ出掛けた? バリ? スペインのイビサ島? それとも近場のビーチ?


休暇旅行に出掛ければ、グローバル経済にささやかな貢献をすることになる。あまり知られていないが、観光産業は世界経済の強力な牽引車だ。世界旅行観光評議会によると、観光産業は世界のGDPの10%以上を占め、約3億人分の雇用を生んでいる。


その観光産業でここ10年ほど、大きな変化が起きている。世界各地の観光名所に押し寄せるのは、もはや欧米人のツアー客ではない。金融大手クレディ・スイスが行った大規模な調査では、新興国の消費者の大半が「何にお金を使いたいか」と聞かれて、「バカンス」をトップか上位に挙げた。台頭目覚ましい新興国の中間層が観光産業の「上得意」になっているのだ。


ご多分に漏れず、この分野でもブームの最大の担い手は中国人だ。国連世界観光機関(UNWTO)によると、昨年外国旅行をした中国人はざっと1億3500万人。彼らが使ったカネは2610億ドルで、ギリシャやポルトガルのGDPを上回る。


ドナルド・トランプ米大統領は中国の「不正な貿易慣行」をやり玉に挙げるが、アメリカの旅行業界はカナダ人、メキシコ人に次ぐ最大のお得意さまになりつつある中国人観光客の誘致に余念がない。旅行業界の関係者がいま一番知りたがっているのは、「中国人観光客を引き付けるのは何か」だ。


答えはずばりショッピング。米商務省旅行観光局の調べによると、中国人旅行者が最優先するのは買い物で、僅差で観光、その後に食事が続く。


「希望の格差」が広がる


アメリカの大手ホテルチェーンは早くから中国人客のニーズに応えようと、かゆや麺類をホテル内のレストランのメニューに加えるなどサービスに努めてきた。


メリーランド州に本社を置くホテルチェーン、マリオットは今年8月、中国の電子商取引最大手アリババ・ドットコムとの提携を発表。アリババ傘下の電子決済サービス、支付宝(アリペイ)で宿泊料を支払えるなど、中国人客の便宜を図る。


マリオットだけではない。ラスベガスのカジノホテル、シーザーズ・パレスも中国人客のためにアリペイの主要なライバルである微信(WeChat)の決済プラットフォームで支払いができるサービスを導入している。


インド人客も観光業界のお得意さまだ。現在、外国に旅行するインド人は年間ざっと2000万人だが、20年までには5000万人に上ると、UNWTOは予測している。若年層の人口比率が高く、中間層が増えつつあるため、外国旅行を楽しむ人は着実に増えるだろう。


インド人旅行者に人気があるのはシンガポール、ドバイ、バンコク、パリ、ロンドン、ニューヨーク。ヨルダンやオーストラリア、イスラエルも負けじとビザ取得手続きを簡素化するなどインド人客の誘致に乗り出している。


決済サービス大手のビザ・インターナショナルによると、25年までにアジア人が外国旅行で使うカネは最高で年間3650億ドルに達し、アメリカ人旅行者が使う金額の3倍になる見込みだ。世界の人口に占めるアジア人の割合が高まることから、こうした傾向にはさらに拍車が掛かるとみられる。今でも世界の人口の60%近くがアジアに集中しているが、30年までにはアジアとアフリカの2地域で世界の人口の80%近くを占めると予測されている。


ヨーロッパではソ連崩壊とEU誕生で人の流れが急速に拡大したおかげで、特に若い世代は国境の垣根にとらわれなくなった。20世紀の2つの大戦の舞台となった大陸で、こうした変化が起きた意味は大きい。


アジアでもここ10年ほどの観光ブームで同じような効果が期待できそうだ。もちろん中国人旅行者が東京で爆買いしたからといって東シナ海問題が解決するわけではない。だが長期的に見れば互いの国を訪れる人が増えることで、より平和なアジアに向けたムードが醸成される。


観光ブームの背景には航空機が利用しやすくなったこともある。香港大学のマックス・ハーシュ助教によると、そのおかげで「アジアの都市部に住む中間層が頭に描く地図が変わった」という。訪れる範囲が広がり、アジア人は自信をつけた。この自信が欧米とそのほかの地域の「希望の格差」になっている。


調査機関ピュー・リサーチセンターによると、新興国と途上国の人々はアメリカ人、ドイツ人たちより未来に対して楽観的だ。欧米の中間層は衰退しているが、新興国、特にアジアでは中間層に勢いがあることから未来が明るく見えるのだろう。


トランプもこっそり便乗


彼らは既にスマートフォンやアルコール飲料や自動車などの業界を大きく変えている。カラチからクアラルンプール、ヨハネスブルクからジャカルタまで、新興国の中間層は世界的な都市化の波を引き起こしつつ、世界経済の消費の伸びを引っ張ってきた。ブルッキングズ研究所のホミ・カラスによると、15年から30年までに世界の中間層の消費は29兆ドル拡大する見込みだが、そのうち先進国の中間層がもたらす増加分はわずか1兆ドルにすぎない。


中国人旅行者の増加は、世界を変えつつある3つのトレンドに合致している。その3つとは、新興国における中間層の台頭、国境を越えたヒト・モノ・カネ・情報の流れの加速、急速に進む都市化だ。


世界の人口の85%以上が北米とヨーロッパ以外の地域に暮らしている今、アジア、アフリカ、中南米――特に中国の中間層に旅行業界の未来が懸かっているのは当然の成り行きだろう。


「接続性」という言葉はグローバル化をめぐる議論で通信技術やサプライチェーンに絡めて使われることが多いが、航空機による接続性がこの四半世紀に飛躍的に良くなったことも見逃せない。そのおかげで中国人は1世代前までは考えられなかったほど広く世界各地を旅するようになった。


このトレンドに目を付けて、部屋に中国語で歓迎のメッセージが書かれたカードを置き、旧正月には赤い封筒を使うなど、あの手この手で中国人客を呼び寄せようとしているアメリカのホテルチェーンがもう1つある。


どこかって? 答えはトランプ・ホテルグループ。ビジネスはビジネスというわけだ。


From Foreign Policy Magazine


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[2017.10.10号掲載]


アフシン・モラビ(ジャーナリスト)


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