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宇多田ヒカル「音楽に責任はありません」にSKY-HIが異論!「この国の問題に目を塞いでいてはいけない」「大人の責務」

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2018年09月27日 15:51  リテラ

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リテラ

写真KY-HIインタビュー掲載の「ユリイカ」(8月号)
KY-HIインタビュー掲載の「ユリイカ」(8月号)

 SKY-HIは鋭いだけじゃなくて、深い。少し前に発売された「ユリイカ」(青土社)2018年8月号のインタビューを読んで、そのことを再認識させられた。



 SKY-HIは人気グループAAAのメンバーでありながら、ラッパーとしても活動。政治や社会問題にコミットした楽曲も次々発表し、コアな音楽ファンからも熱い支持を受けている。象徴的だったのは昨年6月、共謀罪が強行採決されてから一週間後に突如YouTube上にアップされた「キョウボウザイ」だ。



〈木曜日 朝4時(Morning)/国民的行事(国会)/色を変えた常識/説明ならば放棄/何らかの事情に/何らかの理想に/良い悪いの定規/それで作るなんてホント正気?(DAMN.)〉〈燃えた家計簿に(加計)/火消しをするように/木で隠した森(Friend)/丸出しでソーリー/シンゾウには毛が生えて/舌の数は無尽蔵/HP残り36ポイント(支持率)/保護するのは秘密の方で/テロと五輪 歪なコーデ/組み合わせて出来た/それで治安維持しようぜ〉といった強度のある政権批判の歌詞が大きな話題を呼んだ。



 しかもSKY-HIは、勢いやノリだけでこうした楽曲を発表しているわけではなかった。社会が抱える問題点を冷静に見つめ、深い思索の果てに、確信犯として、こうした表現を送り出していた。



 ケンドリック・ラマーを特集した「ユリイカ」で、SKY-HIは、なぜ音楽で社会問題へのコミットが必要なのかを語っているのだが、これが非常に説得力のある内容なのだ。



「アメリカには音楽が社会をリードしているというシチュエーションがずっとありますよね」と語ったあと、SKY-HIは、日本の音楽業界についてこう批判していた。



「日本だとそういうムーブメントは起こらないですよね。あゆ(浜崎あゆみ)が流行ったから、ヒョウ柄のギャルが増える、とか、アーティストの本質にかかわらず、表層的に人々の消費欲求を刺激するに留まるものがほとんど。意識とか、生き方に影響を与えることにまで至らないと思われているし、作る側もそう考えているようなフシも感じて」



 また、SKY−HIはその背景にある、日本社会の問題にまで言及していた。



「それはGHQの陰謀だ!ってのは冗談なんだけど(笑)、日本の戦後教育のやり方を問い直すことにも繋がるような気がして。制服の問題に代表されるように、同じ格好、同じ行動、規律を乱すな、ということを是とするスタンスは、明治初期ならまだしも、現代でいまだにそれをやっているのかと呆れてしまうし……」



「GHQの陰謀」と歴史修正主義者の用語にツッコミつつ、そうした陰謀論に基づいたよくある右派の戦後民主主義批判とは真逆で、むしろ現在もいまだ残る明治軍国主義の名残のほうを批判してみせるというのは、SKY-HIの民主主義に対する強い意識が感じられる。



 さらに、印象的だったのは、宇多田ヒカルのタワーレコードのポスター問題にふれたときのことだ。このポスターには、「今をどのような時代であると思いますか」「時代と関係ないところで生きてきたのでわかりません」「その中で音楽はどのような責任を担っていると思いますか」「音楽に責任はありません」と、音楽に政治性をもちこむことを否定するようにも読める宇多田ヒカルのセリフが掲載されているのだが、その感想を聞かれたSKY-HIはこう語っている。



「『音楽で世界を変える』って言葉の方が、いまは欺瞞として捉えられがちじゃないですか。謙虚とか謙遜もすごく美しいとは思う。でも、「僕にできることなんて歌うことくらいだから」とか、「音楽をやることにしか能がない」とか、そう発言することが美徳とされていたり、逆に社会に対してコンシャスな人を「意識高い系」と冷笑する状況は、決して理想的な状態ではないと思う。日本にはいいところもめっちゃあるから、それは大事にしたいとは思うものの、この国の問題に目を塞いでいてはいけない。とくにいまって、若い子にとってマイナスとなるような問題が多いですよね。どうして日本がこういうことになってしまったのかを考えるのは、ミュージシャンだけではなくすべての大人の責務なんだけど、とりわけ俺たちミュージシャンは若い世代と触れ合う機会が多いから、その責任が重大になってくる。だから、くだらねえ歌を流しているような場合じゃないんですよ」



●SKY-HI「この国の問題に目を塞いでいてはいけない」「大人の責務」



 そう。SKY-HIは日本の音楽界では宇多田ヒカル的なスタンスのほうが評価されることをわかったうえで、その風潮自体が不自然であり、社会にコミットすること、日本の問題点を指摘することは「大人の責務」だと言い切っているのだ。こんなまっとうな覚悟を表明したアーティストがこれまでいただろうか。



 しかも、SKY-HIがすごいのは、たんに「批判する」「コミットする」だけでなく、その問題意識がどうやったら、より広く届けられるかを考えていることだ。SKY—HIは「批判的メッセージがエンターテインメントになっていくところまで押し上げていかなきゃいけない」と考えており、そのために常に試行錯誤を繰り返している。



 たとえば、今年6月、SKY-HIは「The Story of“J”」という楽曲をYouTube上に投稿した。その楽曲は、日本、アメリカ、北朝鮮の関係を、それぞれ、J、メアリー、コディと擬人化させ、二人の男と一人の女の人間関係を描きながら、ペリー来航から、太平洋戦争を経て、先日の米朝首脳会談までの歴史に例えるという、いわゆる「ストーリーテリング」ものの楽曲だ。



 この曲は前述した「キョウボウザイ」への反省にもとづいて制作された、とSKY-HIは「ユリイカ」のインタビューで語っている。「キョウボウザイ」は左右それぞれの立場から賛否両論を巻き起こしたが、その一方で、あまりに直接的過ぎるため、社会的な事象に関心のない「中間層」にはまったく届かなかった。そういった層に届かせるために採ったアプローチが、「The Story of“J”」で採用された擬人化やストーリーテリングで、よりエンターテインメントとして練られたものにしようと試みた、というのだ。



 しかし、「The Story of“J”」でもやはり反省点はある。5分足らずの尺なので仕方のない部分があるとはいえ、「The Story of“J”」は歴史を描くには、あまりにもざっくりとし過ぎていると批判する声もあった。たとえば、韓国で生まれ育ち兵役経験もあり、大阪大学に留学し現在は大阪を拠点にラッパーとして活動するMOMENT JOONによる指摘は参考になったと語る。



「The Story of“J”」が発表された直後、MOMENT JOONはツイッターに〈SKY-HIさんの歩み、ずっとずっと応援してるけど、あれほどの影響力を持ってるからこそ、もっと慎重になってほしい。特に彼個人と直接関係していないトピックで、皆の注意を喚起する目的の時事的な曲であればあるほど〉といった文章を投稿。その後、SKY-HIとMOMENT JOONの間でメールのやり取りがあった。そこで学んだことを彼はこのように語っている。



「ほとんどの韓国人が生まれたときからずっと戦争を意識せざるを得ない状況にあることを、身をもって知っている。そして、日本はその原因を作った国の一つですよね。だから戦争を終わらせようとしている韓国人の平和意識と、日本人の持っている平和意識は、根本的に違うと彼は言っていて。その点に関して、俺はそれの平和意識の違いについては知らなかったし、知らなかったことは恥ずかしい(中略)俺たちは自分の意識を変えなければならない、間違った意識を根付かせてはならないと、反省も含めて思ったんです」



●SKY-HI「音楽や表現に批評性が育たないと、国としては民主的じゃない」



 その後、8月に配信されたミックステープ「FREE TOKYO」のなかの1曲「Name Tag」は、MOMENT JOONをフィーチャリングしたものだ。



 また、「FREE TOKYO」には、韓国のラッパーReddyをフィーチャリングした「I Think, I Sing, I Say feat. Reddy」もあり、ミュージックビデオが公開されているが、そこではこんなパフォーマンスがされている。



 SKY-HIが日本語で〈アメリカンとソングライト/チャイニーズの奴がギターでride on/イスラムのファンにツイートで対応 アレイコム/お粗末なGoogle翻訳もご愛嬌〉とラップすれば、Reddyが韓国語で〈日本で出会った友達は身体に彫ってたんだよBuddhaのタトゥー/俺は祈った後で言うJesus name/俺の女は持っているbaptismal name〉(YouTube上の動画についている和訳より)と応じる、そして、SKY-HIが歌う〈アホにバカにインテリ、芸能、ブサイク/俺の友達に唯一ないのはヘイトクライム〉というフレーズ。それぞれがそれぞれの文化を尊重し、差別を憎むというメッセージを、エンタテインメントあふれるパフォーマンスにするという試みだった。



 社会性のある楽曲を歌えば、立場やスタンスの違いから様々な反応が起きる。なかには厳しい批判もあるだろう。大抵のミュージシャンはその状況に嫌気が差したり、周囲の大人から面倒なことに首を突っ込まないように諭されたりして、社会的なメッセージを出すことを止めていく。



 そんななかSKY-HIは違う。むしろ、意見のなかから取り入れるべきものは積極的に取り入れていき、自分の表現を刷新しようと努める。



SKY-HIがそこまで、社会問題を表現することと必死で格闘しているのは、それくらい、危機感が強いからだ。SKY-HIは「ユリイカ」のインタビューでこうも語っていた。



「日本の音楽がアメリカみたいになるべきだというのではなくて、音楽や表現に批評性が育たないと、国としては民主的じゃないし、平和的じゃない。誰も何も言わないで、黙ってにこにこやるのが「平和」だと思う感覚が育っているのはまじでやばいと思うから」



 この国で、批判的メッセージをエンタテインメントとして定着させるというのは、とてつもなくハードルの高い目標設定であると思うが、これだけ社会や表現の問題に深く強く向き合っているSKY-HIを見ていると、期待を抱かずにはいられない。

(編集部)


このニュースに関するつぶやき

  • 良く分からないが日高が炎上芸人でやっていることが志井るずと同じまで読んだ。
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  • RADWIMPSの「HINOMARU」を徹底的に叩いていたLITERAよく言えたもんだなぁ〜🤪
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