ネットの向こうには怪物しかいないのか? 真木よう子主演『炎上弁護人』が突きつける“人間の本質”

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2018年12月15日 10:02  リアルサウンド

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 NHK土曜ドラマスペシャル『炎上弁護人』は間違いなくオススメだ。一足先に拝見させていただいたのだが、約1時間15分、夢中で観てしまった。ネットの炎上を扱ったドラマは最近多く見受けられるが、よりチャレンジングかつ丁寧に、“魑魅魍魎蠢くネットの向こう”の奥底に何が潜んでいるのかを深く掘り下げた、質の高いヒューマンドラマに仕上がっている。


 「炎上」と真木よう子。タイトルだけでも、現実とドラマの中をどうしても重ねずにはいられない、話題性を狙った起用だと思われることは確かだろう。実際ドラマの中でも、ネット炎上と戦う弁護士でありながら、自身もネット炎上に遭ったことがあるという役柄のため、思わずドキリとさせられる部分もある。主演である真木本人のTwitter炎上問題へのバッシングばかりが過剰に取り上げられてしまった、昨年放送ドラマ『セシルのもくろみ』(フジテレビ系)最終回。この回におけるツギハギだらけの終盤を懸命に繋ぎとめるかのような、真木演じるヒロインの演説は、あくまで物語の中の話ではあるがどうにも空しかった。


 芸能人に関わらず現代社会を生きる誰の日常にとっても無関係とは言えない「炎上」。NHKは10月末に前後編仕立てで放送された野木亜紀子脚本、北川景子主演土曜ドラマ『フェイクニュース』でもSNSの炎上問題をテーマに掲げている。『フェイクニュース』は、「つぶやきは、感情を食べて、怪物になる」というキャッチフレーズにあるように、いろいろな人の出来心や悪意、自分のサイトのPV数があがるという個人の利益の追求に、政治家の思惑まで絡むことで、真実ではないことが大衆の熱狂へと変わり新たな真実が作り上げられてしまい、ヒロインもまたその渦の中で踊らされかねないという現代社会の底知れない恐怖を描いていた。


「ネットの向こうは、嫉妬とか悪意が渦巻いている、魑魅魍魎の世界だと思ったほうがいい」


 『炎上弁護人』における真木よう子演じる渡会美帆自身も、序盤でそう言う。だが、本当にそうなのか。ネットの向こうは底知れない怪物しか潜んでいないのかということを真摯に突き詰めたのが、この『炎上弁護人』である。


 まず、特筆すべきは、信頼できるスタッフである。『お母さん、娘をやめていいですか?』『この声をきみに』(共にNHK総合)という昨年の実に優れたドラマ2作品をプロデュース・演出した笠浦友愛が、『お母さん、娘をやめていいですか?』脚本の井上由美子と再びタッグを組んだ。


 『きらきらひかる』『昼顔』『白い巨塔』(共にフジテレビ系)、『緊急取調室』(テレビ朝日系)など、井上由美子の手がけたドラマはジャンルを問わず多岐に渡るが、いつもその根底に感じるのは、深く優しい、人間を見る目である。


 10月期、井上は2本のドラマ脚本を手がけた。テレビ東京ドラマBiz枠の『ハラスメントゲーム』と『炎上弁護人』である。『ハラスメントゲーム』においても、何事も「ハラスメント」と言われかねないリスクの多い現代社会を、糾弾されることを恐れず、歯に衣着せぬ言葉で人と正面から向き合う50代のコンプライアンス室長・秋津(唐沢寿明)の視点から描いていた。様々なタイプのハラスメント事案の奥に潜む、働く人たちそれぞれの思いを紡ぎ出したのだ。失言や失敗が許されない窮屈な時代、それは『ハラスメントゲーム』が描いた会社においても、『炎上弁護人』が描くネットの世界においても言えることだ。それでもその奥にいる人々自体はいつの時代も変わらず同じように、悩んだり苦しんだりしながら必死で生きている。そのことを考えさせてくれるのが、井上由美子脚本と、彼女の描く登場人物たちなのではないか。


 仲里依紗演じるフォロワー20万人の主婦「マザー・テレ美」こと、ネット炎上に遭い、弁護士・渡会に救いを求めにくる依頼人・朋美は、ネット上で膨らんでいく虚像とは裏腹に、ごく普通の孤独な主婦だ。実に軽薄な若者といった感じの演技が新境地の岩田剛典演じるくせ者WEB記者・馬場の、さわやか過ぎる笑顔が凍りつく瞬間は必見である。渡会と朋美が戦うマンション業者の女社長・小柳ルミ子とその代理人のやり手弁護士を演じる小澤征悦も実にいいが、片桐はいりの好演がなにより光る。


 ネットは「共感」メディアだ。「共感」は時に悪用され、偽物の真実を作り上げる。それでも。真木よう子が真っ直ぐ見つめるその先に何があるのかを、ぜひ確かめていただきたい。(藤原奈緒)


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