戸田恵梨香とムロツヨシだからこそ紡げた物語 『大恋愛』が伝えた“生まれてきた意味”

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2018年12月15日 11:12  リアルサウンド

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 “え? ムロツヨシが本格恋愛ドラマ?”なんて驚いた秋の日を思い出し、懐かしく笑いながら目頭が熱くなった。10年の物語をギュッと凝縮した3カ月間。若年性アルツハイマー病を患った尚(戸田恵梨香)と真司(ムロツヨシ)の愛を描いた『大恋愛〜僕を忘れる君と』(TBS系)が、ついに幕を閉じた。


参考:“戸田恵梨香不在”の寂しさがドラマと現場でリンクするーー『大恋愛』最終回の収録裏を見た


 10月に行われた特別試写会では、戸田恵梨香がムロツヨシを「どうしたら好きになれる(笑)?」とイジり、ムロツヨシは何を言っても笑ってくれる戸田恵梨香を「いい女です!」と絶賛して、ふたりで大笑い。ドラマの中でも“これはアドリブでは?”と、見ているこちらが思わずにやけてしまうようなシーンもたびたびあった。そんなやりとりを思い返すと、改めてこのふたりだからこそ描けた『大恋愛〜僕を忘れる君と』だったように思う。


 テンポ良くストーリーが進むドラマらしいドラマでありながら、そこに漂うのはリアルな信頼関係だった。コミカルな演技をする印象が強かった俳優・ムロツヨシの中に眠る二枚目さ、ストイックなイメージがあった女優・戸田恵梨香の飾らない笑顔が、回を重ねる毎に引き出されていった。今や「ムロツヨシが恋愛ドラマ?」なんて思う人はいないだろうし、「戸田恵梨香は本当にいい女!」と声を大にして言いたい。素晴らしい“演技”に魅了されるほど、ふたりの“素の魅力”が開拓されていく、そんな不思議な感覚も、このドラマが見せてくれたひとつの奇跡だ。


 最終話は、尚が忘れてしまった愛しい思い出たちが次々と映し出される。ふたりの高い演技力によって、本当に10年が経ったかのような変化。それでも、鮮明に思い出せる尚が言い放った「ピカレスクでエロティックな刺激」という独特な表現。投げ渡される黒酢はちみつドリンク。食べにくいアップルパイ。気まずいときにこそ繰り広げられるアテレコ遊び……。そうした一つひとつのアイテムやワードをきっかけに、ブワッと尚と真司の10年間が脳内に甦っていく。もはや黒酢はちみつドリンクもアップルパイも、ただの飲み物でも食べ物でもなくなっていることに気づくのだ。そして、煙突を見るたびにつぶやきたくなるはずだ、「図太く、まっすぐに」と。


 美しいものを見たとき、楽しい時間を過ごしているとき、私たちは心から“このまま時が止まってしまえばいいのに”と願う。『大恋愛』の最終話を見ているときにも何度も思った。だが、無慈悲にも時は流れ続ける。サラサラとこぼれていく砂時計を誰にも止めることはできない。だからこそ、その情景をとどめておきたいと記録する。撮影し、録画し、文章を書き、語り継ぐ。だが、記録は記憶を補う術でしかない。思い出の再生ボタンは、黒酢はちみつドリンクが、アップルパイが、図太くまっすぐな煙突が担うのだ。他の人にとっては、なんでもないものが、自分にとっては特別なものになる。


 私たちが今見ている景色もいつかはなくなってしまう。そして、私たち自身を形成している細胞も、いつかは自然にかえっていく。目の前の人とはいつか必ず別れがきて、どんなに素晴らしい記録も受け継がれなければ消えてしまう。そう思うと、人生はなんて儚くて、あっけないのだろう。いつか必ずやってくる喪失に向かって、私たちは日々構築し続けている。どこがゴールかも、いつ終わるかもわからない模索の毎日。


 それは以前、ムロツヨシがインタビューで話していたように、山登りに例えられるかもしれない。地道に登ってきたはずが、思わぬがけ崩れにあい、傷つくこともある。しんどくて、苦しくて……それでも、私たちはそれぞれの山を登り続ける。


 そのエネルギーは、きっと一瞬の奇跡にほかならない。伝説級の感動を呼んだ結婚式が、尚の記憶が一瞬戻った奇跡の瞬間が、真司の生きる糧となるように。忘れたくない情景が、何度でも心を温め、奮い立たせてくれるのだ。


 『大恋愛』は逃れられない悲しみを描きながらも、どこか一筋の光が差し込むような温かな気持ちに包まれたのは、死してもなお自分の生きた日々が誰かの生きる励みになるという、希望を見せてくれたからかもしれない。それこそが生まれてきた意味があるというものだ。今日もまた、誰かと生きることを大切に。前向きに、優しく、またそれぞれの山を登っていこう。(佐藤結衣)


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